対談

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか

東アジアから未来を遠望する【前編】
内田樹×姜尚中

2019年末から2020年にかけて、またたく間に世界を覆った新型コロナ・パンデミック。これまでの常識や価値観が大きく揺さぶられ、先行きが見通せない不安の中、これからの時代はどう動いていくのか。

今年に入り、それぞれ著書『朝鮮半島と日本の未来』(集英社新書)、編著『街場の日韓論』(晶文社)を上梓し、混迷を極める日韓、そして朝鮮半島情勢の行く末を論じた姜尚中氏と内田樹氏が、新型コロナ禍で激変した世界秩序と日本が進むべき「未来」を縦横無尽に語り合った緊急Zoom対談を前・中・後編の計3回にわたりお届けする。

「街場」の議論が「玄人」を超えるとき

 今日は新型コロナウィルス感染症をめぐる昨今の情勢について、内田さんにぜひ色々とうかがいたいと思っていたんです。

僕が住んでいる軽井沢もホテルの従業員に陽性反応が出たというので大騒ぎになっていて、もうどこにも居場所がなくなるような感じですが、そちらの様子はいかがですか? 

政治学者・姜尚中氏(撮影:三好妙心)

内田 「Go Toトラベルキャンペーン」で日本中に広がってしまいましたからね。

僕が主宰する武道と哲学研究のための学塾「凱風館(がいふうかん)」は神戸市内にありますが、神戸市内に最初の新規感染者が出た3月から、緊急事態宣言が解除される5月末までは休館していました。7月中旬から段階的に再開したのですけれど、ここにきてまた県内市内の感染者数が急増してきたので、再度休館です。しかし、いつまでも自粛しているわけにもゆかないので9月から「最大限の安全措置を講じつつ」じわじわと再開する予定です。「感染するのも自己責任、生計についても自己責任」とされている以上、市民が自分で判断するしかありませんからね。

本当は今年の6月にはバンコク、11月には韓国に講演旅行に行く予定だったんですけれども、バンコクは飛行機が飛ばなくてダメ。韓国も難しそうです。

 韓国で内田さんの著作は随分出版されているんですよね。毎年のように韓国で講演されているんでしょう?

内田 朴(パ朴)(パク)東(ドン)()燮(ソプ)((さんという方が熱心に翻訳してくださっているおかげです。今の日韓関係はまるで「ゴルディアスの結び目」(注:複雑にもつれて手に負えないような難問)のようにもつれていますけれど、なんとかそれを解きほぐす糸口をみつけたいと思って、4月に編著『街場の日韓論』という本を出しました。

 内田さんの「街場」シリーズの中でも出色の一冊だと思います。論者の顔ぶれがとても良くて、平田オリザさん、中田考さん、山崎雅弘さん……あと鳩山友紀夫さんも寄稿していますね。

内田 残念だったのは、韓国の方にもおふたり寄稿を依頼したのですけれど、それぞれのご事情でかないませんでした。

 逆にそれで良かったんじゃないでしょうか。僕が『街場の日韓論』を読んでいてドキドキワクワクしたのは、論者の多くが「素人」だったということもあると思うんです。

「玄人(くろうと)筋」と言われる専門家の場合、やっぱりクリシェ(手垢にまみれた言葉)から入っていって、なかなかその枠組みを抜け切らないんですよ。

そういう「玄人」の議論をもってして、日韓、日朝、朝鮮半島の問題は何十年もうまくいっていない現状を考えると、やはりこの本のような街場の自由な議論から入っていくということに解決の糸口があるのではないかと思います。

論者の方たちは重い問題だからと口をつぐんだり、あるいは「ゴルディアスの結び目」を一刀両断にするような一見わかりやすい解答に飛びついたりするのではなく、「わからないことはわからない」と試行錯誤を重ねながら、自由に議論されていますよね。僕は、この本からとてもインスピレーションを受けました。

内田 この本、日本の日韓問題の専門家からはほぼ無視されていますが(笑)、幸いなことに、すぐに韓国語訳のオファーが来ました。それから、在日コリアンの方たちが出している「抗路」という雑誌でも座談会を組んでもらいましたし、駐大阪大韓民国総領事は「日韓の市民的連携のためにご努力いただいてありがとうございます」と、わざわざ凱風館までお礼に来られました。

素人が書いた本でしたけれども、韓国市民との間に、これまでになかったタイプの繋がりができたとしたら、嬉しいですね。

次ページ   新型コロナ禍を契機に、日韓は連携できるか?
1 2 3 4
次の回へ 

プロフィール

内田樹×姜尚中

 

内田樹(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論  近代の終焉を超えて』『アジア辺境論  これが日本の生きる道』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)等多数。

 

姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え  10年後の「悩む力」』(いずれも集英社新書)など多数。小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか