対談

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか

東アジアから未来を遠望する【中編】
内田樹×姜尚中

パラグライダーの事故で北朝鮮に不時着した韓国財閥令嬢と、彼女をかくまう北朝鮮将校の「禁断の愛」を描き、日本でも大ヒットした韓国ドラマ『愛の不時着』。メインとなるラブストーリーだけではない、このドラマの様々な見どころはどこにあるのか。熱い議論の中から、不穏さを増す北朝鮮情勢への向き合い方が浮き彫りになる。

 

『愛の不時着』で韓流にハマった

 韓流ドラマの話題が出たところで、今回はぜひ内田さんと『愛の不時着』の話をしたかったんです。

僕は韓国映画はよく観ているんですが韓国のドラマは初めてで、内田さんが観ていらっしゃると知って観始めたんですよ(笑)。

韓流、韓流と言われるとなんだか心の中で落ち着かないところがあったんですけど、すっかりおもしろくなってしまって、今は『梨(イ)泰(テ)院(ウォン)クラス』を観ています。

政治学者・姜尚中氏(撮影:三好妙心)

内田 あれもおもしろいドラマですよね。僕も韓流ドラマを次々観てるんですけど、ネットフリックスに大量にあるので、なかなか終わらないんです(笑)。

韓国ドラマって約10年おきに大ヒットが出るんです。最初は『冬のソナタ』、2度目が『宮廷女官チャングムの誓い』で、『愛の不時着』は3度目なんです。ご覧になって、どうでしたか?

 『愛の不時着』では北朝鮮の軍と、党の事実上の指揮下にある政治局との対立も描かれていて、ドラマの作り手は北朝鮮の状況をなかなかしっかりと見ていると思いました。

たとえば、主人公リ・ジョンヒョクの父親は生粋の軍人ではなく、総政治局長という党の枢要(すうよう)の地位にいる設定ですよね。特に金(キム)正(ジョン)恩(ウン)体制になってからは党中心の権力構造にシフトし、軍を抑え込んでいます。

日本ではあまり理解されていないことなのですが、ドラマではそのあたりのところをちゃんと押さえていましたね。

内田 『愛の不時着』の制作にあたっては脱北者にインタビューするなど、随分リサーチしたと聞いています。北朝鮮の生活の再現も非常にリアルだそうですね。

 そう思います。あのドラマを観ていると、北朝鮮の体制は問題があるけれども、泣きも笑いもする、血が通った人間がいるということが伝わってきますよね。

「北朝鮮はひどい、許せない」で思考停止している人の思考を積木くずしのように崩してくれたという点で、『愛の不時着』は画期的だったと思います。北朝鮮にも有閑マダムがいるとか(笑)、あのドラマを観なければ知ることはなかったでしょうしね。

しかも、『愛の不時着』は日本も含め、世界中に広がっているわけですから、北朝鮮の人たちに対するイメージをかなり変えたんじゃないでしょうか。

内田 僕もそう思います。

 ある時期まで、韓国の子供たちは“北朝鮮の人間にはみな角が生えている”と本当に思っていたんです。

1968年に北朝鮮の特殊部隊が大統領官邸に突入しようとした「青(せい)瓦(が)台(だい)襲撃未遂事件」が起こったとき、捕えられた隊員を見た小学生が「角が生えていない」と言ったという有名なエピソードがあるんです。

それから半世紀が経って、こういうドラマが出来上がるほどになったと思うと感慨深いですね。

内田 北朝鮮から韓国に来たスパイが市民に紛れて暮らしているうちに近所の人たちとだんだん仲良くなって……というタイプのドラマは以前からありましたし、『愛の不時着』とほぼ同時期の映画『工作(ブラック)・金黒星(ヴィーナス)と呼ばれた男』も、韓国のスパイが北朝鮮の中枢に入り込んでいくのだけれど、これも最終的には南北のカウンターパートの間の友情で終わる話でした。体制的には南北間の交流はないけれども、個人の信頼関係は構築できるという構成は『愛の不時着』と共通しています。

でも、『愛の不時着』はかなり意図的に作られたという気がするんですよ。

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プロフィール

内田樹×姜尚中

 

内田樹(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論  近代の終焉を超えて』『アジア辺境論  これが日本の生きる道』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)等多数。

 

姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え  10年後の「悩む力」』(いずれも集英社新書)など多数。小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

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