対談

世界的流れに逆行して、なぜ今「大麻使用罪」を創設するのか?

『世界大麻経済戦争』発売記念対談 矢部武×亀石倫子 前編
矢部武×亀石倫子

集英社新書から8月17日に発売された『世界大麻経済戦争』が、反響を呼んでいる! 

著者の国際ジャーナリスト・矢部武氏は、1970年代のアメリカ留学時代に海外の「大麻文化事情」に触れ、25年前からはアメリカ・カリフォルニア州における「医療用大麻解禁運動」を取材開始。そしてこの度、世界中で違法とされてきた大麻が、産業・医療・嗜好用の3分野で脚光を浴び、さまざまな関連ビジネスが盛り上がりをみせている現状を同書でレポートしている。

ただし、日本だけはこの世界的な大麻経済 “グリーンラッシュ” から大きく遅れをとり、貴重なビジネスチャンスを失っている。なぜなら、わが国では取締機関の “過剰宣伝” によって、「大麻」が「ヘロイン」「覚せい剤」「コカイン」などと同じく「恐ろしい害をもたらす違法薬物」だと思い込まされているからだ。
そればかりか、日本は世界的な大麻解禁・合法化の流れに逆らい、さらなる大麻の“厳罰化”を進めようとさえしている。

さすがに、こうした現状に対する疑問の声は日本国内でも強まり、『世界大麻経済戦争』の内容に共感する人たちが続々とでてきた。今回、出版を記念した著者対談に応じていただいた弁護士の亀石倫子氏も、そのひとり。これまでに数多くの違法薬物事件と関わってきたなかで、大麻取締法の矛盾点、問題点を強く実感するようになったという亀石弁護士に、大麻取締りの現状と将来の展望について矢部氏と語ってもらった。

 

  大麻の人体への影響はカフェイン以下!

  まず、この対談記事をスムーズに理解できるよう、「大麻問題をめぐる基礎知識」を以下にまとめたので、ご一読いただきたい。

■布や縄の素材、病気治療など、大麻草は古代から世界中で栽培され、日本の皇室でも即位儀式などには麻布の衣装が使われてきた。

■しかし、1948年の「大麻取締法」によって、日本では大麻草の無許可栽培、所持、譲渡が違法となり、懲役刑または3万円以下の罰金刑が定められた。1953年には大麻取締法の一部が改正され罰金刑は廃止。その後、法改正のたびに懲役の量刑が増してきた。

■日本の大麻規制はGHQ主導で実施された。エネルギー企業、石油を原材料とする化学繊維メーカー、製紙業など、大麻と競合する産業からの強い要請(圧力)により、アメリカ本国で大麻が事実上の禁制品となっていたため、被占領国も従わされた。

■大麻草の学術名は「カンナビス」。医療・嗜好用では葉と花穂を乾燥させたものが「マリファナ」、樹脂を固めたものが「ハッシシュ」。さらに産業原料用の「ヘンプ」など、いくつもの名前が使い分けられている。

■大麻は100種類以上のカンナビノイド(薬効成分)を含み、そのうち高揚感、解放感などの精神活性作用や幻覚・酩酊効果を発揮する成分を「THC(テトラヒドロカンナビノール)」、抗炎症・抗不安・鎮痛作用などの高い治療効果を発揮する成分を「CBD(カンナビジオール)」と区別している。

■日本では嗜好用大麻の有効成分THCを、習慣性と中毒性の強い有害物質と決めつけてきた。しかし各国の専門機関の研究では、大麻が健康に及ぼす悪影響は少なく、「カフェイン」を上回るものではないことが判明している。

■1970年代には、米国カーター大統領が「個人の薬物所持に対する罰則は、その薬物を使って被る損害を上回ってはならない」という意見を発表。このカーター声明を境にアメリカ各州で大麻所持の刑事罰が軽減され、嗜好用と医療用大麻解禁の機運が高まった。ただしアメリカ合衆国全体の「連邦法」で産業用大麻が合法化されたのは、つい最近の2018年。今後さらなる連邦法改正を経て、全面的な合法化への扉が開くと予想されている。

■ところが、アメリカをはじめ世界的な大麻解禁と合法化への機運に反し、日本の厚労省は今年6月に突如として、従来の「栽培罪」「所持罪」「売買」に加えて「大麻使用罪」の新設案を発表。その意図について、さまざまな憶測を呼んでいる。

■大麻のがん治療効果と末期症状緩和効果を求めて大麻を使用し、2016年に逮捕された末期がん患者・山本正光氏(当時58歳)の裁判(公判途中に山本氏は死亡)で弁護側は「末期がん治療のための医療目的の大麻所持を禁じるのは、生存権などを保障した憲法に違反する」と主張し、国内外から大きな注目を集めた。

 

なぜ常識はずれの「大麻使用罪」を新設するのか

矢部 私が亀石さんのお名前を初めて知ったのは、2020年秋に俳優の伊勢谷友介さんが大麻取締法違反で逮捕され、大手メディアが“伊勢谷叩き”をくり返していたときでした。日曜のテレビ番組で「日本の大麻取締法は不合理。海外では大麻の使用を刑罰に問わない非犯罪化が進んでいる」と主張され、こんな弁護士さんが日本にもいたのかと、いつかお会いして、お話しをしたいと楽しみにしておりました。

亀石 私がSNSやメディアで大麻取締法に批判的な意見を述べると、すぐにバッシングの嵐になります。そのほとんどは、「弁護士なのに法に違反した者を擁護するのか」「大麻は覚醒剤やコカインに手をだすきっかけになるので、解禁などもってのほか!」といった、取締機関の広報内容を鵜呑みにした反論意見ばかりでしたけど。

亀石倫子弁護士


矢部
 とにかく日本では、厚労省による「ダメ。ゼッタイ。」のキャンペーンが子供の頃から頭に刷り込まれている。だから、いくら外国の研究事例などを挙げて説明しても頑として受けつけず、議論にならない場合がほとんどです。これはもう大麻に対する誤解、認識不足以前に、インテリジェンスの欠落といえます。
 私の場合、1970年代の留学先が、かつて若者の反戦思想や大麻文化の発信地だったカリフォルニア州バークレーだったので、日常生活を通して大麻と他のドラッグの違いを知りました。知人のなかにはヘロイン、コカインなどで死んだ人もいましたが、大麻にはまったく危険性を感じたことはありません。

『世界大麻経済戦争』著者の矢部武氏


亀石
 私も、たくさんの薬物事件の弁護活動で同じことを感じました。例えば、覚せい剤常習者の多くは、ろれつが回らなくて何を言ってるのかよくわからないし、幻覚、幻聴、被害妄想のせいで、放火や傷害などの二次犯罪につながることも珍しくありません。でも大麻については、そんなケースは一件もありませんでした。学生やサラリーマンなど、まったく普通の社会人だという印象しか受けないのです。
 私自身は大麻を使ったことも、使いたいと思ったこともなく、そういう知人が周りにいるわけでもありません。大麻を吸って自動車を運転したり、未成年者の乱用については規制が必要だと思っています。でも、大麻所持で刑事罰を受ける若い人たちと接してきたなかで、この法律はどう考えても間違っていると、強い問題意識を抱くようになりました。
    伊勢谷さんの事件のように、少量の大麻所持で極悪人扱いして芸能界から追放する今の日本は、異常としかいえません。どれほどの有害性が大麻にはあるのか? という最も重要な科学的議論が、ごっそりと抜け落ちているのです。

矢部 きわめて大雑把に、違法薬物を一緒くたに禁じているのが日本の現状ですね。でも海外では何十年間も大麻を病気治療に利用してきた人も多いので、「医療用大麻」の合法化が加速化しています。
 日本国内でも収益性が高い「産業用大麻」について、事業化を望む声が日増しに高まっているのに、厚労省は違法成分のTHC含有量を減らした産業用大麻の法的な基準作りもやろうとはしていません。それどころか、もっと厳罰主義を強め、逮捕者を増やそうとしているとしか思えない「大麻使用罪」の新設案まで持ち出してきた。こうした常識はずれの動きを、亀石さんはどうお考えになりますか?

亀石 戦後しばらくは日本国内にも多くの大麻農家がありました。大麻取締法によって、繊維を取る茎は残せるけれども、すべての葉は焼却処分が義務づけられたので、その作業中に煙を吸って起きる「麻酔い」までは違法化できず、「使用罪」だけは除外されたと聞いています。
 今回の「大麻使用罪」新設案について厚労省は、「他の違法薬物には使用罪があるのに、大麻だけ例外というのはおかしい」と、これまた違法薬物すべてを混同した乱暴な理屈を挙げ、さらに「30歳以下の若者層に大麻が広がるのを抑えるためには、所持罪だけでは不十分で使用罪が必要」と主張しています。でも、使用罪の創設が若者層の大麻蔓延防止に役立つという根拠はまったく不明で、とうてい納得できるものではありません。

(後編につづく)

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関連書籍

世界大麻経済戦争

プロフィール

矢部武×亀石倫子

矢部武(やべ たけし)
1954年、埼玉県生まれ。国際ジャーナリスト。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。銃社会、人種差別、麻薬など米深部に潜むテーマを描く一方、教育・社会問題などを比較文化的に分析。主な著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)『大統領を裁く国 アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』『携帯電磁波の人体影響』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)『大麻解禁の真実』(宝島社)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)。

 

亀石倫子(かめいし みちこ)

大阪市立大学法科大学院を卒業後、刑事事件専門の法律事務所である弁護士法人大阪パブリック法律事務所に入所。2016年に、法律事務所エクラうめだを開設。刑事裁判のみならず、離婚や男女トラブルなども数多く手がける。著書に『刑事弁護人』(講談社現代新書)

 

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