集英社新書から8月17日に発売された『世界大麻経済戦争』(矢部武・著)は、違法とされてきた大麻が、産業・医療・嗜好用の3分野で脚光を浴び、さまざまな関連ビジネスが世界中で盛り上がりをみせる現状を同書でレポートしている。
ただし、日本だけはこの大麻経済「グリーンラッシュ」から大きく遅れをとり、貴重なビジネスチャンスを失っているばかりか、世界的な大麻解禁・合法化の流れに逆らい、さらなる大麻“厳罰化”を進めようとしている。
この現状に異議と危機感を訴える一人が、弁護士の亀石倫子さんだ。この厳罰化「大麻使用罪」はいったい何が問題なのかを、矢部氏と語ってもらった。
使用罪創設=厳罰化は「取締り利権」のため?
矢部 大麻使用罪新設を検討するために組織した「有識者会議」にも、多くの問題があるようですね。
亀石 その会議議事録に目を通すと、取締りを強化したい厚労省に都合のいい資料ばかり出しているんです。メンバ-も、医療、マスコミ、弁護士など、それぞれ専門分野が違い、大麻の医療目的利用や産業用大麻に関する規制緩和などと一緒に刑事罰の創設まで議論している。新しく何かを刑法で取締ることの重大な意味をどこまで理解しているのか、疑問を感じるような意見も出ていました。
しかも、有識者会議のなかでは反対意見や慎重意見もでていたのに、最終的には「使用罪の創設へ」みたいな取りまとめになっています。一応、議論するポーズだけは示したけど、結局は使用罪を創設したいという本音が丸見えで、腹が立ちました。
矢部 有識者会議の意見は、まだ正式に新法創設の方向には決まってはいませんよね?
亀石 記事掲載の翌日、私は使用罪反対署名簿を厚労省へ届けがてら有識者会議トップに会い、「記事発表のように、使用罪創設が決まったわけではないないですよね?」と確認したら、「あれはメディアが勝手に書いたことだ」と返答されました。実際には厚労省側が書かせているのだと思いますけどね。会議のあり方もメディア報道も、結論ありきでアンフェアそのもの。まともな議論ができないのです。
矢部 ミスリードを百も承知で、厚労省の意向を右から左へ書き流すだけの御用新聞そのものですね。
今やアメリカやカナダだけでなく、アフリカ、中南米、イスラエル、アジアと、世界中で大麻使用の非犯罪化が止め難い流れになってきたので、厚労省も危機感を抱き、今のうちにと急いで使用罪新設を持ち出したのでしょう。
厚労省が最終的に行政判断の指針にする二つの国際機関「世界保健機構(WHO)」と「国連麻薬委員会(CND)」は、全面合法化にまではまだ至らないものの、医療用大麻の効果は完全に認めたので、もはや「ダメ。ゼッタイ。」を大麻に当てはめるのは無理だと厚労省もわかっているはずです。
亀石 心強いことに、最近は日本の大麻取締り政策に対する強い疑問の声がネットを中心に高まってきました。大麻使用罪の議論でもメディアの反応に少しずつ変化が現れ、大手新聞社や地上波TV番組が、前よりは聞く耳をもつようになったという印象があります。
にもかかわらず、医療用大麻の解禁や、産業用大麻に対する規制緩和については前向きに議論を進めつつ、なおも世界の流れに反する使用罪創設=厳罰化に走る裏側には、よく噂される「取締り利権」があるように思えてなりません。
矢部 「大麻取締り利権」の構造は1930年代のアメリカで最初に作られました。高い税金を課すことで大麻栽培を事実上不可能にする「マリファナ課税法」は、大麻の生産拡大を恐れた石油産業と化学繊維メーカーの後押しもあり、1937年に制定されましたが、これは「禁酒法」の廃止で数千人の連邦捜査官が職を失った時期と重なります。これによって連邦捜査官たちは、新たに大麻生産・販売業者などの取締りという仕事にありついたのです。
しかし現代では、こんな「使用罪新設=取締り利権」を作らなくても、厚労省麻薬取締部の失業を防ぎ、誰もが納得のいく対処方法は考えられます。
まず医療用大麻を解禁した場合、患者、医者、生産・販売業者を登録制にしてデータベース化することで、どこの農家が何本の大麻を育て、どう流通したのか簡単にモニタリングできます。そして大麻の流通と使用を厳密に管理しながら、品質向上の研究も援助していく。これこそが厚労省本来のあり方で、数百人規模といわれる麻薬取締部員の仕事も、増えこそすれ無くなることは決してないでしょう。
亀石 犯罪の取締りは本来、警察と法務省の役割ですからね。その法務省といえば、直近の『犯罪白書』で薬物犯罪の特集に多くのページをさいています。ただし記述内容は刑罰うんぬんよりも、治療と更正の支援にウェイトを置き、これは世界的な薬物政策の流れに沿っています。
薬物事件は罰より治療、そして非犯罪化するべき
矢部 アメリカでは70~80年代にかけて、主にハードドラッグの乱用に対する厳罰主義を掲げた「ウォー・オン・ドラッグス(麻薬戦争)」を推進しました。しかし乱用者は一向に減らなかったので、89年から一部の州で「ドラッグ・コート」というまったく違った方向性の制度に取り組みが始まり、短期間のうちに全米へ広がりました。
この取り組みは裁判所が主導し、違法薬物事件の公判のなかで、依存症者に更正プログラムを受けさせて回復をめざすものです。むろん社会に重大な悪影響を及ぼした薬物犯罪者は刑務所で服役させられますが、裁判所に委託された医師が、刑務所送りか薬物治療か、治療なら入院か通いか、期間はどれほどかなど、厳密な診断で細かい方針を決めます。そして仮に1年間の更正プログラムを受けたなら、それは服役期間と同じ扱いになるのです。
ところが日本の厚労省は、アメリカで30年前に失敗した麻薬戦争をなんとこれから始めようとしている感じを受けます。
亀石 今のところ日本にドラッグ・コートの制度はないですが、それと共通した方向へ法務省の薬物政策がシフトしつつあることは確かです。一昔前までの薬物犯罪者の弁護活動では、治療の必要性を記した医師診断書、治療計画書などを提出して執行猶予や量刑軽減を求めても、なかなか裁判所・検察は聞く耳を持ちませんでした。しかし今は、治療回復を支援することに理解を示す判断が多くなってきたと実感しています。
矢部 しかし現在でも、ひとたび大麻取締法違反で逮捕されると、拘留、起訴、仕事を失うわ学校には行けなくなるわ、事実上の社会的抹殺を強いられます。とにかく今、政府にも国民にもメディアにも早急に考えてほしいのは、大麻は危険なものではなく、十分にコントロールが可能だということ。そして嗜好用に使った場合も、不当に重い量刑を科すのはやめるべき時期にきているということです。
亀石 きわめて有害で依存性が強い薬物と大麻を同等に扱って刑罰を下すのは、根本的に間違っています。ましてや健康被害がほとんどない大麻の場合は、余計に刑罰をあたえる必要はないのです。
矢部 世界でも厳しい薬物政策をとってきたことで有名なマレーシアでは2019年6月、政府の閣僚(保健大臣)が「40年間に及ぶ麻薬戦争は機能しなかった」と失敗を認め、「薬物の非犯罪化と医療用大麻の合法化が必要となるだろう」と発言しましたが、その経緯は実に興味深いものでした。2018年に大麻オイルと乾燥大麻を末期がん患者などに売った男に死刑判決が下ったのですが、マハティール前首相などが判決の再検討を求めるという論争を巻き起こし、大麻犯罪に対する死刑判決の廃止と医療用大麻の合法化を求める声が一気に高まったのです。
亀石 矢部さんのご本にもでてくる山本正光さんの医療大麻裁判(前編の基礎知識参照)のように、私は刑事事件の弁護士として、裁判を通じて何か強いメッセージを立法府に伝えられるような案件に関われないものかと、いつも考えているんです。なぜなら伊勢谷さんのような単純所持事件の弁護をやっても、「とにかく日本の法律に違反したのだから、弁解の余地はない」とされるので、有意義な問題提起はできそうにもありません。
しかし、山本・医療大麻裁判のように、争点が人道的問題と憲法13条の生存権にまで広がるなら、社会に対して問題提起し、メディアや世論に関心を持ってもらうことが期待できます。
それと、これは私自身が2018年に経験したことですが、今の日本では選挙活動で大麻取締法の問題にふれるのは、ただただ支持者を減らすことに直結するのでタブーになっています。その原因は、やはり大多数の日本国民が大麻問題を自分で考えるための正確な情報が入手しにくいからでしょう。
だからこそ、最新の大麻事情を詳しくレポートした矢部さんのご本を、できるだけたくさんの人たちに読んでいただき、問題意識を高めていただきたいと切に願う次第です。
矢部 ありがとうございます。大手メディアについても、最近は大麻解禁問題について組織内部で密かに戦う意志を固めた記者もでてきているようです。少しずつ、希望の光は輝きを増してきたと信じています。
(了)
プロフィール
矢部武(やべ たけし)
1954年、埼玉県生まれ。国際ジャーナリスト。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。銃社会、人種差別、麻薬など米深部に潜むテーマを描く一方、教育・社会問題などを比較文化的に分析。主な著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)『大統領を裁く国 アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』『携帯電磁波の人体影響』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)『大麻解禁の真実』(宝島社)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)。
亀石倫子(かめいし みちこ)
大阪市立大学法科大学院を卒業後、刑事事件専門の法律事務所である弁護士法人大阪パブリック法律事務所に入所。2016年に、法律事務所エクラうめだを開設。刑事裁判のみならず、離婚や男女トラブルなども数多く手がける。著書に『刑事弁護人』(講談社現代新書)