プラスインタビュー

亡き父の足跡を辿る鉄旅が浮かび上がらせた「戦争」

『鉄路の果てに』著者・清水潔氏インタビュー
清水潔

清水潔氏と言えば、カバーを隠して売られた「文庫X」で大きな話題を呼んだ『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』、数々の賞を受賞し高い評価を受けたドキュメンタリー番組「南京事件―兵士たちの遺言」など、骨太な調査報道で知られる気鋭のジャーナリストだ。

最新刊『鉄路の果てに』で、清水氏は鉄道聯隊(れんたい)に所属していた父の足跡を求め、中国東北部からシベリアまでを鉄路で辿る。どこか私的な旅行記のような趣を持つ本書は、どのようにして生まれたのだろうか。清水氏は語る。

「今回、旅の道連れになってくれた作家の青木俊(しゅん)さんは、これまでも何度か旅を一緒にしてきた仲で、前から『冬のシベリア鉄道に乗りに行こう』と誘われていたんです。

私も”鉄ちゃん“なので、いつかシベリア鉄道には乗りたいと思っていましたが、実際にはなかなか踏み出せずにいました。そんな気持ちが変わるきっかけになったのは、一昨年の秋に実家を取り壊すことになったとき、亡くなった父の書斎で一冊の本をたまたま見つけたことからです」

それは、シベリア抑留者の体験記だった。清水氏が何気なく開いた表紙の裏側には10センチほどのメモ用紙が数枚貼り付けられ、そこには「私の軍隊生活」と題する短い記録、その端に「だまされた」という一言が、亡き父の字で記されていたという。そして本の表紙裏に印刷されていた地図には、赤いサインペンで線が引かれていた。

「戦中戦後に父が移動した場所を結んだ導線でした。日米開戦の翌年に陸軍に招集され満州へ渡った父は、敗戦でソ連の捕虜となり、バイカル湖付近で約3年抑留された後、舞鶴(まいづる)に復員しています。

地図の赤い線は航路を除けばすべて鉄道による移動で、しかも後半はシベリア鉄道。この地図を見たとき、『これがあれば、父親の戦争を辿れるかもしれない』と。そして、それまではどこか曖昧だったシベリア鉄道に乗る目的が見えた気がしました」

ジャーナリスト・清水潔氏(撮影:内藤サトル)

父が過ごした極寒のシベリアを追体験するには、旅は真冬でなければならない。清水氏は地図を見つけてからの約1カ月で膨大な資料調査を含めた準備を進め、出発点となるソウルに降り立った。

ソウルからハルビン、中露国境、イルクーツク……本書では、ときには珍道中的な清水・青木コンビの旅の歩みと共に、戦争に突き進んでいった日本の負の歴史と鉄道との深い関わりが克明に記されていく。

「ここ数年、太平洋戦争に至るまでの日本の近代史を取材していますが、調べた事実をびっしり書いた分厚い本を書いたとしても、なかなか読んではもらえませんよね。

だから、この本では『歴史ゾーン』と『青木コンビとのおバカシーン』が入り乱れる、かなり欲張った構成にしました(笑)。我々の旅に同行しながらタイムスリップしていただく感じでいろいろなことを考えてもらえたら、と思っています」

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プロフィール

清水潔

1958年東京都生まれ。ジャーナリスト。日本テレビ報道局記者・特別解説委員、早稲田大学ジャーナリズム大学院非常勤講師などを務める。新聞社、出版社にカメラマンとして勤務の後、新潮社「FOCUS」編集部記者を経て、日本テレビ社会部へ。著書は『桶川ストーカー殺人事件――遺言』『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―』(共に新潮文庫)、『「南京事件」を調査せよ』(文春文庫)など。2020年6月放送のNNNドキュメント「封印〜沖縄戦に秘められた鉄道事故~」は大きな反響を呼んだ。

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