対談

過疎地と福祉を食いものにする“制度ハック”の罠・前編

『障害者福祉ビジネス』著者・市川亨×『過疎ビジネス』著者・横山勲 対談
市川亨×横山勲

記者はどこまで「当事者」になれるのか

横山 「読者」という点について、市川さんにぜひ伺いたかったことがあります。市川さんは共同通信におられます。通信社の記事は全国に配信されますが、記者自身にとって「読者の顔」ってなかなか思い浮かびにくいのではないかと。我々のような地方紙には「地域の読者」という明確な顔があるわけですが。

 これってテレビや全国紙もそうだと思うんですが、社会という茫漠とした荒野に向かってメガホンで叫んでいるようなところがあり、「誰に向かって書いているのか」が曖昧になりがちなのではないかと。ところが、市川さんの本を読んでいると、取材対象となった現場の人たちの「顔」がずっと見えているような親近感を覚えたんです。私の場合、13年ほどの記者生活の中で出会った町の人たちや、「うち何十年来の読者よ」と言ってくれる地域のおばちゃんの顔が浮かび、「あの人たちを裏切るような仕事はできない」という手触り感を持って記事を書いてきた気がします。市川さんも、現場で出会った一人ひとりを「自分の読者」として向き合ってこられたのではないか、という読後感がありました。

市川 ありがとうございます。そうした感覚はあるかもしれませんね。私自身、障害のある子どもの親という「当事者」でもあり、普段の生活でも親仲間や支援スタッフの方々と直接触れ合っている日常がありますから。

 ただ、共同通信の記事は各地方紙に載っても「共同」のクレジットが明示されないことが多いため、読者からの直接の情報提供が届きにくいという難しさがあります。ネットに記事を出して「情報をお寄せください」と呼びかけるのですが、「この企業について調べているから情報をください」とは書けません。現場で絶対に疑問を抱いている人たちがいるはずだと信じながら、どうやってその生の声に辿り着くかという点では非常に苦労しました。

横山 市川さんの場合、その「当事者性」というものが、取材を進め本にまとめる上での核心的なモチベーションになっていたのでしょうか。

市川 それは間違いなくありますね。端的に言えば「ふざけんな」という感情的な怒りです。

横山 実は、私はこの「当事者性」というものにずっと悩み続けているんです。私はいつも当事者になれない。今回、福島県国見町の取材では、自分が記事を書くことによって現実が大きく動き、町政の展開を左右する局面にまで直面しました。河北新報という看板以上に、「横山という一人の記者が何を書くか」に事態が委ねられてしまったとき、「自分は一人の人間として、この町に責任を持てるのか」と強い戸惑いを覚えたのです。

 ドキュメンタリー映画の『能登デモクラシー』を撮った五百旗頭幸男監督は、記者から一歩踏み込んで能登のまちづくりの当事者になろうとしています。すごいなと尊敬する反面、私には真似できない。いくら真剣に取材しても、最後は「記者という職業」を通して関わっているに過ぎず、自分はその町の住民ではないという限界がある。市川さんは、ご自身の当事者性と記者の立場をどう整理されていたのですか。

市川 でも、私は横山さんの本から強い当事者意識を感じましたよ。「地方紙の記者として、自分たちの自治体が食い物にされている」という横山さん自身の怒りが全編に溢れていましたから。ただ、記者がどこまで踏み込むべきかという迷いは私にも常にあります。「問題点を指摘するだけで、どうすればいいのかという解決策までは示さないのか」と問われることも多いです。今回の本では、自分なりに考えた対応策を最後に提案していますが、私たちの役割はあくまで「いま何が起きているか」という問題提起までであって、その後の制度設計や町の未来は、行政や住民自身が議論して決めるべき領域ではないかとも思うのです。

 もし記者が当事者として深く入り込みすぎてしまえば、かえって書けないことも出てきてしまう。一歩引いた第三者の立場だからこそ厳しく書ける事実があるはずです。……と言いながらも、実は私、最近「社会福祉士」の資格を取ろうと勉強しているんです。

横山 えっ、めちゃくちゃ当事者じゃないですか!(笑)

市川 いや、仕事を辞めた後に現場で働く選択肢もあるかなと思っていて(笑)。「お前、現場の大変なケアをやったこともないくせに偉そうなこと書くな」と言われたら、反論できませんからね。

横山 でも、飛び込みたくなる気持ちは本当によく分かります。国見町で取材していた当時、百条委員会を立ち上げる段階になって町議会議員から「横山君、これからどうすればいいんだ」と相談されたことがありました。でも私は「私はただの記者ですし、いずれ異動します。町をどうするか決めるのは皆さんです。僕が指南したらコンサルと同じになってしまう。自分たちで考えて解決してこそ町の未来があるはずです」と伝えました。

 期待していただけるのはありがたい反面、記者はそこでしっかりと線を引かなければならないのだと痛感しました。

市川 記者が結果の責任まで背負う必要はないし、背負うべきでもないと思います。もし私の記事によって悪質な施設が規制され、結果として受け皿が減って「介護難民が生まれたら責任を取れるのか」と問われても、そこは社会全体で制度を再構築すべき問題であって、記者が背負い込める話ではないですから。

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プロフィール

市川亨×横山勲

市川亨(いちかわ とおる)

1972年山梨県生まれ。共同通信記者。慶応義塾大学文学部卒業後、1996年共同通信社入社。地方支局を経て、厚生労働省キャップ、ロンドン特派員、生活報道部編集委員などを務める。社会保障分野に関する取材を約20年間続け、ホスピス型住宅と訪問看護の不正に関する調査報道で2025年度日本医学ジャーナリスト協会優秀賞。

横山勲(よこやま つとむ)

1988年、青森県出身。河北新報編集部記者。執筆に加わった連載「止まった刻
とき
検証・大川小事故」は2018年度新聞協会賞受賞。自ら中心となって取材執筆した「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は第29回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞し、その書籍化『過疎ビジネス』はベストセラーに。

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