善意を食いものにする「合法」の仕組み
横山 市川さんはご著書の中で「性善説には限界がある」と書かれていますよね。市川さんは、そもそも人間を信じていますか。
市川 基本的には信じていますよ。もちろん記者という職業柄、常に疑ってかかる習性はありますが、根本では信じています。横山さんだって、最終的には人を信用したいと思っているのではないですか。
横山 私は人を信じられないんです。人間は自分を含め、だらしなくて金に狂う悲しい動物だと思っている。そして、みんな「悲しい動物であってはならない」と理性で必死に踏みとどまっているのだとも思っている。だからコンサルの島田さん(編注:東日本大震災の被災地発の防災ベンチャー「株式会社ワンテーブル」代表取締役社長だった島田昌幸。『過疎ビジネス』で追及対象となったキーパーソン)や悪質な経営者を見ていると、ものすごく「人間くさい」と感じてしまう。島田さんには、取材中ずっと複雑な感情を抱いていました。彼も北海道の田舎出身なんですよ。私自身もそうですが、生まれ育った田舎には愛憎がある。もし裕福な家に生まれていたら、というルサンチマンを抱え、「自分なら故郷を変えられる」という万能感が金や支配欲で歪んでいったのではないかと、個人的に想像しています。一歩間違えれば自分だって向こう側に落ちていたかもしれない。気を緩めればあっち側へ行きそうな自分がいるからこそ、私は彼を絶対に否定せざるを得ないし、怒らざるを得ないのです。
市川 私の本に出てくる経営者たちも、事業を始めた当初は「社会的に意義のあることをしたい」という思いを持っていたはずです。それが制度の隙間に気づき、金儲けの誘惑に絡め取られて変わっていってしまった面があるのではないかと思います。
性善説の限界について言えば、私がどうしても許せないのは、知的障害のある人たちがターゲットにされている場合です。本人たちは制度の複雑な仕組みを理解できないし、不当に搾取されていても声を上げて抵抗することすらできません。抵抗できない弱者を食いものにして私腹を肥やす人たちに対し、当事者の親としても、「ふざけんな」という怒りがすべての取材の原動力でした。
横山 わかります。人間の感情の中で、怒りが一番エネルギー効率がいいですよね(笑)。怒りがなければ、あんな過酷な取材はやり切れません。市川さんの冷静で客観的な筆致の奥底にも、凄まじい怒りのマグマが流れているのを確信していました。
市川 ええ。高尚な正義感などではなく、まさに剥き出しの怒りです。そして、現場で誇りを持って働いている介護職や看護師のプライドが、悪質なビジネスによって踏みにじられていることへの憤りでもありました。

横山 国見町の町議会議員が語った「雑魚でも生きる」という言葉が、私は本当に大好きで(編注:国見町に入り込んだコンサル側から「地方議員なんて雑魚」との侮辱的な発言があったと伝わる中、真相を暴いた町議会の調査特別委員会(百条委)委員長が放った言葉)、最近は座右の銘にしているくらいです。ルサンチマンを抱えながらも、泥臭く踏ん張って生きる地方の人たちの意地のようなものを感じます。
そうした現場の善意や弱者を踏みにじる連中が、不正を指摘されたときに必ず口にするのが「ルールには違反していない」「合法だ」という開き直りです。制度の抜け穴をハックして大儲けするシステムを放置している国の責任は極めて重いですよ。
市川 まさに「合法の仮面をかぶった公金の収奪」です。しかも、それを国や自治体が傍観している。横山さんの『過疎ビジネス』で描かれた「企業版ふるさと納税」のスキームも、内閣府の制度設計があまりに緩すぎました。企業が自治体に寄付したお金が、コンサルへの業務委託費を経由して事実上のキックバックとして還流していく。「還流ではありません」と言い張れば行政も手を出せない仕組みを、国が野放しにしている。医療や福祉の現場でも、まったく同じ構造が起きています。
横山 ええ。国が作った歪な制度を利用して甘い汁を吸う連中がいる一方で、その制度の皺寄せを一番受けて苦しんでいるのは、いつだって真面目な現場です。
私が地域医療を取材した際も、診療報酬の点数設計がもたらす過酷な葛藤を突きつけられました。勤務医の先生に「入院日数を調整すれば点数を高く取れますよね」と浅薄な質問をしてしまったとき、先生から厳しく諭されたんです。
「現場の医者は患者が元気になるまで診続けたいに決まっている。だが、あと2日入院を延ばせば点数が一気に減り、経営側から『退院させろ』と圧力がかかる。それでも点数が低いまま入院を延ばし、後で院長に怒られているのが現場の医者なんだよ。医者が金儲けばかり考えているように言うのは的外れだ」と。現場の葛藤も知らずに決めつけていた自分の不明を心底恥じ入りました。
市川 でも、そこまでご自身を責める必要はないと思いますよ。実際に経営の数字をシビアに追わざるを得ない病院側の現実があるのも事実ですからね。
横山 現場の医師の個人的な思惑とはまったく別の次元で、組織として動いているんですよね。病院をつぶさないための経営努力としては当然なんでしょうが、患者を目の前にする医師の使命感と、組織としての経営の論理との間には、個人の思いだけでは埋められない溝が横たわっているのだと痛感しました。
市川 現場に悪意が無くても、点数を維持し、経営を成り立たせるために、在院日数の管理や人員配置のやり繰りに追われざるを得ない。制度そのものが現場にそうした行動を強いているわけです。本来、医療や福祉は市場原理を持ち込んで利益を最大化するような領域ではないはずなのに、手口をハックした営利企業だけが肥え太り、真面目な現場ほど疲弊していくという逆転現象が起きていますよね。
横山 そもそも、過疎地の公共交通とか周産期医療なんていうのは、最初から採算が合うはずがないんです。雪山で遭難者を救助するときヘリの採算なんて計算しませんよね。命を救う行為は赤字だからこそ税金を投入する。憲法で生存権が保障されている以上、採算が取れなくても生活の足や医療を守ることこそが税金の使い道であり、行政が存在する理由です。
市川 市場原理では成立しないセーフティネットを支えるためにこそ、公の役割があるわけですからね。
横山 ええ。それなのに、やれ「民営化だ」「KPI(成果目標)だ」と経済の論理を持ち込んできた。私たちは支え合って生きるコストとして税金を納めている。制度をハックして私腹を肥やす連中に対し、「これはお前たちが好き勝手に弄んでいい金ではない」という憤りが、私の取材の根底にずっとありました。
※【後編】「制度という『図』を現場という『地』に押し付ける傲慢――過疎と福祉を追う二人の記者が突きつける、日本社会の『主客転倒』と監視報道の危機」へ続く
プロフィール

市川亨(いちかわ とおる)
1972年山梨県生まれ。共同通信記者。慶応義塾大学文学部卒業後、1996年共同通信社入社。地方支局を経て、厚生労働省キャップ、ロンドン特派員、生活報道部編集委員などを務める。社会保障分野に関する取材を約20年間続け、ホスピス型住宅と訪問看護の不正に関する調査報道で2025年度日本医学ジャーナリスト協会優秀賞。
横山勲(よこやま つとむ)
1988年、青森県出身。河北新報編集部記者。執筆に加わった連載「止まった刻
検証・大川小事故」は2018年度新聞協会賞受賞。自ら中心となって取材執筆した「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は第29回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞し、その書籍化『過疎ビジネス』はベストセラーに。
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