座談会

「隠されていることを明らかにする」ということが、政治を行なう上での基本的なインフラになる

泉房穂と「石井紘基」を語り尽くす夜 第2回
泉房穂×石井ターニャ×紀藤正樹×安冨歩×今西憲之(司会)

『わが恩師 石井紘基が見破った 官僚国家 日本の闇』(泉房穂著・集英社新書)の出版を記念して、2024年10月1日、新宿のロフトプラスワンで、トークイベント”泉房穂出版記念 恩師・石井紘基元衆議院議員を語り尽くす夜”が開催された。
 元明石市長で衆議院議員も務めた泉氏の恩師にあたる、石井紘基の死から22年。石井氏と生前交流のあったジャーナリストの今西憲之氏を司会に、今回の本で泉氏と対談を行なった、石井紘基をよく知る3名もゲストとして登壇。
 石井氏の長女である石井ターニャ氏、石井氏と共にカルト被害者救済に尽力してきた弁護士の紀藤正樹氏、そしてzoom出演で、石井氏を財政学者として再評価している経済学者の安冨歩氏が、「今を生きる石井紘基」をテーマに、日本のこれからを泉房穂と語った。

 *本稿はイベントの談話を記事用に編集したものです。

構成=高山リョウ 写真提供=石井ターニャ 撮影=内藤サトル(泉氏)、楠聖子(安冨氏)

真理を見抜く力を持っていた石井紘基

〈安冨 石井さんと他の国会議員の大きな違いは、やはりその思想的な深さだと思うのです。ソ連というシステムをあらわに見て、かつその暴力性を深く理解し、それと同じ構造が日本にあるということに戦慄しておられたと思うのです。
 ですから石井さんが亡くなられた状況にしても、今のプーチン政権下で、システムに都合の悪い人間が次々に消えていくこととよく似ているし、それは国家システム、関所システム全体が「この人物は危険だ」というふうに感じて、それで消したのではないかと思うのです。
 もちろんそれは誰かが意図して、誰かに命令してやらせたと思うのですが、全システムの総意として、「石井紘基を消さなければならない」というような暗黙の意思決定が行なわれたと思うのです。 『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』より

 経済学者で東京大学名誉教授の安冨歩氏。2010年代から、東大の授業で石井紘基の著書を教科書に使うなど、石井紘基の「財政学者」としての業績を初めて評価した人物といえる。この日のトークイベントにはzoom出演で参加した。

今西 今回こちらの『わが恩師 石井紘基が見破った 官僚国家 日本の闇』という本で、自ら対談に出てみよう、泉さんとしゃべってみようというお気持ちは、どの辺りからありましたでしょうか。

安冨 これは私自身が石井紘基の本を書きたかったということがあります。ただ、書き切れなかったんですね。基本的には個人的に忙しかったということだと思いますが。それとともに、石井紘基という人の本を書くためには、生前にご存知の方々に話を聞かないといけないし、私では書けないなと思っていました。そしたら、泉房穂という政治家がいて、石井紘基の弟子だということを知ったので、1回お話を聞きたいなと思って、まだ明石市長をなさっているときに、『はらっぱ』(子ども情報研究センター)という子どもを守るための団体の機関誌の連載でインタビューさせていただいて、それからお話をさせていただくようになりました。

 その泉房穂さんがこうやって本を出されるということだったので、そこで対談をさせていただいて私の考えを述べさせていただければ、自分では書けなかった石井紘基の本を出せると。もし私が一人で書いても多分誰も読まないと思うんですけど、泉さんが出されたら大変よく読まれていて、二重の意味で本当にすばらしいことだったなと思っています。

安冨歩氏

今西 それで、私が感心したのは、石井先生がいわゆる民営化というものに強く反対をしてこられた。特殊法人などを民営化すると、国政調査権すら及ばなくなる。そうすることによって、官僚のやりたい放題になるということを予告していた。それが実際そのとおりになりました。私も長く石井先生と交流を持たせていただいて、やはり特殊法人の民営化に石井先生はすごく危機感を抱いておられて、改革しないといけないというお話をよくされておられました。先生は経済が御専門なので、詳しくお尋ねできればと思います。

安冨 戦前の日本は、官僚のほかに軍人(陸軍、海軍)がいて、宮廷があって、財閥があったんですね。議会と合わせて「五権分立」と言ってもいいかもしれません、そういうふうに権力が分散的だったのです。ところが、戦後の日本というのは、GHQの介入によって財閥が解体されて、宮廷が解体され、陸軍、海軍が解体されて、残ったのは官僚システムだけでした。そうして戦後の日本は、官僚システムのみが支配するような経済や社会に変わってしまったのだと思っています。

 このことはなぜ起きたかというと、アメリカがそうやって官僚中心のシステムにしてしまうことによって支配を、安定的な支配をできるというふうに設計したのではないかと思うのですが、これは単なる仮説で立証はまだできていません。ただ、そうではないかと思っています。それで、国民の目から全く届かない形で間接的な支配のシステムをつくって、その官僚システムの中に複雑怪奇な構造をつくり、見えないようにして官制経済というものをつくり、国民を搾取しているというのが基本ですね。

 プライバタイゼーション、いわゆる民営化というのは、本来はそういうシステムを解体する目的で行うものです。これは日本に限ったことではなくて、官僚的システム、国家システムが市場の経済システムと大きく相互依存関係になって、そこに巨大な搾取構造をつくっていく。そういう形を取っているのは多分世界共通だと思います。これに対する攻撃が、本来の民営化です。

 ところが、日本で実際に起きたことは、民営化と称して、公金の流れを国民から完全に見えないようにする、その方法を思いついたということで、これは常に官僚システムがやることですね。何か理由をつけて、たとえば、「医療を拡大しなければならない」という名目で国民皆保険制度をつくっているのに、実際の目的は何かというと、そこに巨大な利権システムをつくることであったりする。その巨大な一例が、郵便事業の民営化だと思うのですが、その民営化に賛成する、反対するという議論はずっと行われてきましたが、石井紘基のように「民営化は利権を隠蔽する手段である」と見抜いた方は、やはり少なかったのではないかと思います。

 私は大学に勤めていて、国立大学法人化、大学院重点化を経験したんですけれども、ある大学の、それに反対しておられた先生が、法人化の目的は何かというと、「国立大学を文部科学省の天下り先にするためだ」と言っておられました。実際そうだったんですね。日本の国立大学は、国立大学法人化と大学院重点化とによって、官僚の天下り先になってしまいました。

 私自身がこの様子を身を以て体験していましたので、石井紘基の主張がその現実と完全に一致していることから、石井の「真理を見抜く力」に感銘を受けるとともに、「真理を見抜くということは予言ができるということなんだな」と思うようになりました。

このとてつもなくすごい学者は誰なんだ?

安冨 石井紘基という政治家について、実は生前は、私は本当に知らなかったんですね。最初に名前を聞いたのは、お亡くなりになった時のニュースだったと思います。その時は事件の恐ろしさには注目しましたけれども、石井紘基という政治家の仕事については残念ながら知りませんでした。

 私の著書に『経済学の船出』(NTT出版、2010年、一月万冊で復刊)という本がありまして、こちらを書く時に、これは日本社会に限らないんですけれども、まず「利益というものがどこから出るか?」という大きな経済学上の問題があります。普通に大学で教えている経済学では、「利益はゼロになる」という謎の理論になっているのですが、現実の社会では利益がなかったら誰も行動しないわけで、「どこから利益が出るか」というのは経済学の本質的な問題なのです。ですが、あまり誰も真剣に考えていない問題なんですね。私はその問題について、「コミュニケーションの結節点を押さえることで関所のようなものをつくり、そこで利益が生み出される」という一般則があるのではないかと考えたわけです。

 その観点から日本社会を見た時に、どこにどうやって関所がつくられ、守られているのかという問題を考えました。それで、これも日本に限った話ではないのですが、大きな関所をつくることに成功した企業や業界というのは、常に国家権力システムと結びつきます。というより、そういうものの結びつきとして国家権力システムが成立していると思うのですが、その国家権力システムと関所システムとの関係性を、特に財政という観点から見ている研究者を探したのです。

 ところが、私の見た限りでは、アカデミックな研究者で、そういう観点から日本の財政を論じている人というのは、いませんでした。困ったなと思っていたところに、経緯はよく覚えてないのですが、石井紘基の仕事というものを知ったんですね。それで、YouTubeの石井紘基の番組とかを見て、「この人がそうかもしれない」と思って、主著を拝読したのです。『日本が自滅する日』(PHP研究所、2002年)ですね。これを読んで衝撃を受けたのですが、まさしく財政学の観点で日本経済の構造を明らかにしておられました。そして、私が予想していたよりも日本社会の状態はひどかったという、二重の衝撃を受けたんですね。

 それで、「このとてつもなくすごい財政学者」が、暗殺された議員であったということの意味を悟って、3度目の衝撃を受けたんです。事件の後、2009年に、民主党政権が成立しましたけれども、もし石井紘基が健在であって民主党政権が成立していれば、日本の官僚システムはただでは済まなかったと思うのですが、見事に事前に消してあったということに深い衝撃を受けました。

 そして、本で予言されていることが、その後着々と実現していっているありさまを見て、先ほども言いましたが、「予言する力」というものに衝撃を受けました。特に大きかったのは、プライバタイゼーション(民営化)の名の下に、あたかも関所的な官僚経済システムが自由化されるかのようなふりをして、実はそうすることによって、国政調査権すら及ばないようなところに利権を隠してしまうことになる。「だから民営化をしてはならない」と石井さんは警告しておりましたけれども、見事にそのような形で民営化がなされていって、国家権力に巣食うシステムは、国民の、今では国会議員の手すら及ばないところに行ってしまっているわけです。

 そういう観点から「アベノミクス」というようなものを見ても、官制経済の本質が明らかになるように感じました。日本銀行を見ても、民主党政権が終わった段階だったら120兆円ぐらいだった資産が、現在は700兆円を超えるようなとんでもない規模のものに拡張しています。数百兆円を生み出し、中央銀行を巨大化させて何をしたかというと、基本的には「官制経済システムの延命をしていた」と私は理解しているわけです。こんな観点に到達しうる知識は、石井紘基という学者の著作以外では得られなかったと思っています。

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関連書籍

わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇

プロフィール

泉房穂×石井ターニャ×紀藤正樹×安冨歩×今西憲之(司会)


泉房穂(いずみ ふさほ)
弁護士、社会福祉士、前明石市長、元衆議院議員。1963年、兵庫県明石市二見町生まれ。東京大学教育学部卒業後、テレビ局のディレクター、石井紘基氏の秘書を経て弁護士となり、2003年に衆議院議員に。その後、社会福祉士の資格も取り、2011年5月から明石市長を3期12年つとめた。著書に『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来』(集英社新書)『社会の変え方 日本の政治をあきらめていたすべての人へ』(ライツ社)『政治はケンカだ! 明石市長の12年』(聞き手=鮫島浩、講談社)他多数。

石井ターニャ(いしい たーにゃ)
1972年、東京都生まれ。石井紘基氏の長女。幼少からNHK教育テレビにて「ロシア語講座」をはじめテレビ、舞台などで活動。大学在学中「ロシア語会話」にレギュラーアシスタントとして出演。大学卒業後には、国会議員である父親の秘書としても活動。通訳、撮影コーディネーター、ライター、テレビ番組アシスタント、情報番組のコメンテーターも務める。また、民間会社、衆議院議員の公設第一秘書などを経て、子育てを機に各地で農業や食に関する様々な活動にたずさわる。

紀藤正樹(きとう まさき)
1960年、山口県宇部市生まれ。リンク総合法律事務所所長。弁護士(第二東京弁護士会所属)。市民の立ち位置から、一般の消費者被害から宗教やインターネット、SNSにかかわる消費者問題、被害者の人権問題、児童虐待問題等に尽力している。著作に『カルト宗教』『決定版 マインド・コントロール』(共にアスコム)、『議論の極意』(SB新書)等多数。

安冨歩(やすとみ あゆみ)
1963年、大阪府生まれ。東京大学東洋文化研究所名誉教授。京都大学経済学部卒業後、銀行勤務。京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。博士(経済学)。著書に『「満洲国」の金融』(日経・経済図書文化賞、創文社)、『複雑さを生きる』(岩波書店/一月万冊復刻版)『生きる技法』(青灯社)等多数。

司会 今西憲之(いまにし のりゆき)
1966年、大阪府生まれ。ジャーナリスト。大阪を拠点に週刊誌や月刊誌の取材を手がけ、権力の腐敗や原発問題について精力的に執筆。

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「隠されていることを明らかにする」ということが、政治を行なう上での基本的なインフラになる