対談

人類の岐路ともいえる激動の時代に必要な「プロ意識」とは?『はじめての日本国債』著者が神田眞人前財務官に訊く

服部孝洋×神田眞人

2025年1月に刊行された『はじめての日本国債』(集英社新書)は、「国の借金」とだけ見なされがちな国債を通して、日本経済の見方を養う新しい経済学の入門書である。本記事では著者である東京大学公共政策学部の特任准教授・服部孝洋が聞き手となり、財務省の神田眞人顧問のインタビューを実施。いまの時代に求められる専門性や政策に携わる人間の在り方を訊く。


『はじめての日本国債』(集英社新書)

服部 私が所属する公共政策大学院では政策を担う人材を育成するという側面も有しています。私が実際に学生と接していると公務員だと人事異動が多く、専門性が身につかないのではないか、という声が聞かれ、公務員の志望にも影響を与えているように感じます。人事のご経験がある神田顧問は、この点についてはどのようにお考えでしょうか。

神田 現在のような激動し、不確実性の高い社会では、複合的な知見、ひいては哲学や歴史が与えてくれるような教養や大局観、これに基づいた革新的な試みが求められています。私の親友である各国の政官学リーダー、民間会社のCEOは、いずれも、幅広い実務経験からも読書などからも博学で、好奇心にあふれている方ばかりです。また、どんな会社でもある程度の役職になると、調整などの仕事が重要になります。例えばコンサルがやっていることも、要するに、役所がやっていることと近くて、いろんなケースから抽出した法則みたいなものをヒアリングして、把握できた状況に当てはめてアドバイスしているわけです。

その意味で、みんなある意味ジェネラリストともいえるのですが、ただ、プロ意識が必要だという点がすごく大事です。民間も公的機関も関係なく、この乱世で何が答えかがわからないときには、とにかく一生懸命、例えば時代の変化に合わせて高い付加価値を国民に提供する必要があり、過去以上にプロフェッショナリズムが必要なのです。問題解決に資する専門的知識を鍛えることと、広い視野、経験を持つこと、これらはどっちも必要で、全く専門的知識のない存在も、総合的な視座がない存在も問題です。いわばハイブリッド人材が最強となります。

人事の運用では、人材育成のプロセスの中で幅広い視野を持つ人材を育成する一方で、相対的によりフォーカスしたエリアの専門性を確保する、そのバランスが必要となります。よくいわれてるのは、二つぐらい専門分野を持ち、ジェネラリスト的に働くというものです。いわゆるT字型人材とかΠ字型人材などといわれるものですね。

服部 国債市場の実務家は非常に専門家が進んだ世界です。私の知っている債券の市場参加者は入社以降、債券ビジネス一筋という人も少なくありません。この観点でいえば、官僚は、プロ集団に対峙し、望ましい政策を作る必要があるともいえますが、神田顧問ご自身はどのような形で専門性とジェネラリストのバランスを取られたのですか。

神田 私が一番長くいたのは、10年ほどいた主計局なんですが、次に長かったのは6年いた世界銀行なんです。因みに併任ですがOECDの委員会議長は8年やりました。主計局という非常にドメスティックな場所と、世界銀行という国際的な組織を行ったり来たりしており、例えていえば、環境の違う場所を行き来するサウナにいるようです。二つの場所での経験にシナジーがあり、いろんな分野の人と出会えてよかっただけでなく、仕事においても極めて有益でした。例えば、海外にいるときに最先端の世界のベストプラクティスやセオリーなどを学ぶ一方で、世界のルールメイキングのときに日本の国益をどうやって入れていくのかという作業ができます。国内にいるときは、海外で勉強したものの中で日本に適用できるものについて導入を図ることもあります。海外の新たなパースペクティブや知見の導入自体、ともすれば内向きになりがちな国内組織に先進性、多様性、開放性を齎す貢献ができるのです。また、多くの物事が国際社会で決まってしまう中、日本が必要とする国際秩序は何なのかということを、国内でいろいろ悩みながら勉強し、海外に行ったときにそれにチャレンジすることができる。

例えば主計局では多くの省庁の担当をさせてもらいましたが、相手の省庁はその分野の専門であるわけです。尊敬すべきカウンターパートであり、必ず謙虚に教えて頂く姿勢で意見交換してきました。相手の省庁の中でも細分化された局や課であれば猶更です。そうすると、僕らの強みというのは、幅広いパースペクティブを持っていることにあります。極端にいえば、普通の国民の目線、偉大なる素人として一から考えることも大切です。いろんな仕事をすることが様々な教訓や成功事例、幅広い政策手段を獲得し、そのシナジー効果を持って、それ自体が専門性になることがあります。

だから、両方必要であって、一人一人がハイブリッドであるべきだというのが私の考えです。役所にきたら、そういった楽しいことが両方できる人生になりますよそうして自ら成長できて社会貢献もできる、と学生に伝えたいです。

服部 公務員の場合、異動が多いので、書籍を読むなど、より一層自己研鑽が必要な側面もあるとおもいます。『はじめての日本国債』も異動が多い公務員が情報のキャッチアップができるように、という思いも込めて書きました。

服部孝洋氏(撮影:内藤サトル)

神田 仕事と直接関係のない勉強をすることも極めて重要です。公務員の場合、身近な役人や政治家、言論界、実業界以外の人、つまり、芸術、スポーツ、科学技術、芸能界までと貪欲に出会ったり、専門外の書物を読むことが人生を広げ、新しい発想を得ることができます。それは可能で、毎晩のように色々な業態、国籍、年齢の方々から学んできましたし、刺激を楽しんできました。私はSNSについては、いわゆるエコーチェンバーやフィルターバブルの問題があると思っていますが、組織で働く経験自体も狭いところに留まっていると、似たような方とだけ共鳴し合ってしまうリスクがありますよね。

また、大きな仕事はチームでやるという視点も大切です。一人では大したことはできませんが、みんなで協力してやれば、その数百倍、数千倍のことができます。組織としてやるときは、一人一人の個人の知恵を蓄積しながら、政府あるいは世界全体でその知恵を有効活用するという姿勢です。過度に専門性だけ重視してる人たちは、チームで取り組むという観点が欠けてるときがあるかもしれないし、逆にジェネラリストを重視している人たちは、実は何ら本当のプロフェッショナルな付加価値なしに、薄っぺらい調整をやったふりだけになってしまうリスクもあるわけです。

服部 ありがとうございます。そうはいいつつも、学生間で官僚になることの人気が低下していること自体は、公務員自身も感じていることだとおもいます。最近では、国家公務員が辞める傾向にあることも多く報道されます。こういった流れはどう考えていますか。

神田      世の中がいい意味でも悪い意味でもすごく変わったということです。言ってみれば、時代が流動的になり、保守的に組織にしがみついたり、リスクテイクから逃げていれば人生が保証されるような時代ではないということは、多くの人はわかっています。むしろ逆で、世の中が流動的なのだから、無限のオポチュニティ(機会)が広がっており、そこに自由に羽ばたくことができるようになった。そのこと自体は、昔のように、大企業や役所に何とか入って、死ぬまでへばりつくよりははるかにましだと思います。

世界情勢が人類の歴史的な岐路と言っていいぐらい変化しており、古今東西から学んで、教科書に載ってない答えを自ら考え、関係者に説明して、実現していかなければいけない、そういう時代なんです。それは公務も民間も変わらないと思います。そのためには自分で考える論理的な思考力も必要だし、幅広い関心を持つことも必要です。それがないと、いい仕事ができないし、でも逆に、その力があればあるほどリターンもある。つまり、より大きな仕事ができる、よりやりがいがあって、豊かな人生になるんだろうという気がします。

欧米だけじゃなくて、途上国のエリートはもっと勉強してますよ。もっと夢があって、アンビションがあって、社会を私が変えるんだ、そのために勉強するんだ、はい上がるんだ、といったハングリー精神があります。グローバルな労働市場はもうそうなってるので、努力しないと満足のいくような成果が得られないかもしれません。単に組織の歯車でいて幸せになれるかといったら、そういう時代ではないんだと思います。下手したらAIの奴隷になってしまいかねません。

服部 公務員の働き方は、当然、政治の影響を受けますが、政治家に振り回されると考えている学生も多い気がします。その点はどうでしょうか。

神田 私自身はそういう経験が全くないんです。いろんな耳障りなことを、歴代政権の偉い人たちに言ってきましたけど、クビにもとばされてもないでしょう。むしろ、偉い人はイエスマンばかりに囲まれるのも判断を誤るので心配になると思います。しっかり理論武装して、正しい志をもって対応すれば、政治も理解してくれることが多いですし、逆に、そのプロセスをうまく通さなければ、大きな改革はできませんから、やるしかないわけです。そんなに苦痛だとおもったことはないですし、結構、達成感はあります。

是非とも学生の皆さんに、公務員になる面白さ、やりがい、責任感、達成感を伝えたい。揺るがないのは、例えば地震や津波があったら、公務員が真っ先に駆けつけます。世界の金融危機が起こったら、時には徹夜でやるときもあると思います。でも、それはそれだけ社会に必要とされてる役割であり、むしろ頑張って、そのときのために勉強しておいて、少しでも社会を守れたり、あるいは、1人でも助けることができて、勉強しておいてよかったという幸せを実感することができると思っています。

一方、有事じゃないときは、読書をしたり、霞が関以外の人との交流したり、いろんな人と交わりあい、趣味を充実させ、スポーツなどで心身を健全化する必要があります。また、最近では働き方改革も驚くほど進んでいます。今では、残業時間も平時には劇的に縮減されているし、育児休暇の取得も進んでいます。定時退庁、長期育児休暇などが当たり前になったことは素晴らしいことです。もちろん、まだまだ直さなければならないところはありますが、誤解のために人気が落ちている点もあり、正確な情報を伝えていく必要があると思います。

神田眞人氏

服部 最後に、教育については常に話題になっていますが、今の大学の教育、あと、今の学生に期待することを聞かせていただけますか。

神田 最初に結論から言うと、知的好奇心で、とにかく何でも欲張って勉強するということです。教育の機会のない途上国や貧しい家庭の方々からすると、大学で勉強できるということは本当に有難いことなのです。乱世になっている今、しっかりと勉強したら、これまででは考えられないような、大きく社会を変える、あるいは自己実現ができるチャンスが、今の学生の世代では無限に広がってるわけです。私の世代からすると羨ましいくらいです。やらなきゃ損です。

また、大学でやってほしいのは、最先端の研究に加え、最低限の教養ですよね。専門性の進化だけじゃなくて、幅広い視野を育む、要するに、ちゃんと常識を持って、それから古今東西の経験とか知見を謙虚に吸収したうえで、この乱世に適用する材料を持ってから社会に出てほしい。古典を読まない人は、謙虚さに欠けると思います。

好奇心を豊かにして、いい社会にしたい、それで、自分は何ができるのだろうかということを考えさせる。大学はそうするための気づきと、知的な武器を与える場であったほうがいいと思います。

そうするために、大学自身に一番求められていることは、オープン、開放性と多様性だと思うんですね。私もここ数カ月でも多くの海外のキャンパスでキーノートスピーチをやっていますが、老若男女、いろんな国籍の人がばんばん質問をし、まさに多様です。いろんな人が出たり入ったりする。その知的なエコシステムの中核に、大学が存在する必要があると思います。

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はじめての日本国債

プロフィール

服部孝洋×神田眞人

服部孝洋(はっとり たかひろ) 経済学者。東京大学公共政策大学院特任准教授。2008年野村証券入社、2016年財務省財務総合政策研究所を経て、現職。著書に『日本国債入門』(金融財政事情研究会)、共著に『国際金融』(日本評論社)。SNSやホームページでも、一般の読者に向けての情報発信を積極的に行っている。

神田 眞人(かんだ・まさと) 内閣官房参与・財務省顧問 1965年、兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業、オックスフォード大学経済学大学院修了(M.Phil)。1987年に旧大蔵省に入省、主計局を中心に各役職(主計局次長、総括審議官等)を歴任し、2021年から24年まで財務官を務めた。。世界銀行理事代理やOECDコーポレートガバナンス委員会議長も長年努め、次期アジア開発銀行に選出され本年2月に就任予定。

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