『僕と「先生」』で考えようとしたこと
成田 せっかく加藤典洋さんの話になったので、もう少し続けましょう。長瀬さんの新刊『僕と「先生」』は長瀬さんが加藤さんと学生時代に出会ったときからの14年間を回想しながら、そこで何を学んだかを批評的に考えるエッセイでした。長瀬さんは、加藤さんから丹念なテクスト読解の手ほどきを受けています。物語年表と作中で舞台になる場所の地図を作ること、それが加藤さんの教えだったと記されています。
長瀬 はい、大学1年生の春、最初に教わったのがまさしくそのようなテクストの読解方法でした。それは加藤さんの読みの基本で、そのあともずっとぶれませんでしたね。ただ、『僕と「先生」』でも書いたことですが、その読み方と加藤さんにとっては論敵であった小森陽一さんが実践していたテクスト論はいったいどのように違うのか、ずっと気になっていて。
先日、『群像』で渡邉英理さんと対談をした際にその話をしたら、渡邉さんも小森さんから最初に教わったのは物語年表と地図を書くことだったそうです。つまり、反テクスト論者の加藤さんとテクスト論を牽引していた小森さんはいがみあっていたけれど、学生に対するテクスト読解の教え方は一緒だったことになる(笑)。
成田 いい話ですが、少し複雑な気持ちにもなりますね(笑)。小森さんはご指摘のように、作家論・作品論的な読み方が主流だった文学研究の世界に、テクスト論という新たな研究手法を導入した、いわば先達でした。加藤さんはそうした小森さんと対峙し続けますが、読みの教え方はじつは一緒だったということになります。小森さんが今日ここにいたら、どう応答するか。ぜひ聞いてみたかったですね。
長瀬さんの本でまず目を引くのは、「先生」という言葉にカッコがついていることです。おそらくそれが『僕と「先生」』という本のひとつの核心でしょう。

長瀬 加藤さんは誰かに僕ら(元)学生のことを紹介するときに「若い友人」という言葉を使っていたんですが、なぜそのような呼び方をするのかずっと不思議だったんです。加藤さんと付きあった14年間を振り返ってみると、加藤さんにはどこか「師匠」と呼ばれるのを嫌がっていたふしがあった。「教える→教えられる」の一方通行的な関係を学生と結ぶことを避けていたのではないかと思わされる部分があったわけです。そんな加藤さんとの関係をとおして、批評とは、思想とは何かを考えてみたくて、「先生」とかぎかっこをつけました。
成田 それもいい話だと思います。加藤さんもやはり「戦後啓蒙」を忌み嫌っていたということでしょう。「戦後啓蒙」ではないかたちでの教育のあり方を考えていたのですね。今回の話にもつながることですが、そのような加藤さんの姿をとおして「戦後」とは何かを問う長瀬さんの問題意識が、『僕と「先生」』には色濃く映しだされていると読みました。
戦後をめぐる3つの位相
成田 『僕と「先生」』のなかで、長瀬さんは(加藤さんの論に依拠しつつ)「戦後」を3つの位相に分けて考えていますね。「第1の位相」は「戦前」生まれの人たち。彼らは戦争経験を軸に、民主主義を根づかせるべく、熱心に戦後啓蒙を行いました。「第2の位相」はそうした彼らの子どもたちです。啓蒙に対して疑問符をつけ、そこに権威主義的なきな臭さを感じとる。まさに加藤さんはその世代の人間でした。加藤さんだけではなく、小森さんも私も「第2の位相」に入るでしょう。啓蒙への疑義が有りますが、こうした世代から隔った場所でものを考えているのが、長瀬さんたち「第3の位相」の人たちという整理でした。

長瀬 そうですね。やはり「第2の位相」の加藤さんにとっては1968年の学生闘争が大きな経験だったのだと思います。だから今回の本でも、加藤さんと学生闘争の関わりから論じました。あのとき、加藤さんには大学の関係者が非常に権威的な振る舞いをしているように見えた。その反発から学生運動に染まっていった。彼らの信じる「正しさ」の観念に取り込まれて、硬直化していった。その結果として「零落」し、挫折を味わいながら就職をした。そこに加藤さんの批評の原点があったのだと僕は思っています。成田さんは60年代の学生闘争をどのように経験されましたか?
成田 ストレートな「問い」ですね(笑)。巻き込まれていましたが、根のところで大きな影響を受け、エリート主義や上昇志向には強い反発をもつようになりました。これは体制においてみられただけではなく、反体制を言う側にも刻印されていたことへの批判が、私にとっての「68年」となっています。
話を、加藤さんに戻しましょう。加藤さんと私はおそらく3歳ほどの差しかないのですが、経験は大きく異なります。1968年に大学にいたかどうかで、学生運動経験は大きく異なるというのが、同時代人としての私の解釈です。もう少し言うと、バリケードの内側にいた人たちと外側から状況を眺めていた人では、目に映ったものが違う。私は1970年に大学に入学しましたから、後者でした。
ですから「第2の位相」のなかでも、「68年」の「戦後」の経験には微妙な差異があります。「第3の位相」の長瀬さんから見ると、その差異は区別がつかず同一に映り、ほとんど意味がないと思われるでしょうけれども、当人にとっては大きなものなのですね。たとえれば、「戦前」の世代の男性のばあい、実際に戦地に行った人とそうではない人の戦争経験は異なるはず、ということになるでしょう。
長瀬 なるほど。それは僕にはわからない感覚なので、とても示唆に富むお話です。
成田 ただ、同時代人は、当事者意識を持てば持つほど、歴史化はしにくくなります。その意味で、「第3の位相」を自覚する長瀬さんが、どのように「戦後」を歴史化するか、強い関心があります。
長瀬 そこはしっかりと解像度を上げて考えたいです。『大江健三郎を読む』を構成するという仕事からは、その視座を与えてもらった気がします。「第2の位相」と「第3の位相」の違いは結局のところ、戦後というものに対する当事者性の有無なんですよね。その感覚を僕は今後取り戻さなきゃいけないと考えています。
大江を読むという経験は僕にとって、その当事者性をいかに見つめるかということでもあるんですよ。大江が当事者として考えてきたことは刺激的でもあるけれど、「第3の位相」にいる僕にはそこに距離を感じざるをえないのが正直なところです。大江は日常生活のなかに当事者としての戦後経験がどのようにあるのかを小説のなかで思弁してきた。その感覚が失われた今、どのような物語を僕らが決して自由主義史観に回収されない方法で作りだせるのかを考えたいと思っています。そのときポイントとなるのは「はたして他者の記憶を僕らが語れるのか」ということだと考えています。
成田 すばらしい問題意識です。
長瀬 ありがとうございます。しかしその問題意識を持っているのは僕だけではないでしょう。たとえば、今年『はくしむるち』という小説で三島由紀夫賞を受賞した沖縄出身の豊永浩平さんは卒論で『水死』を論じたそうですが、そのときに加藤さんの『水死』論に大きな影響を受けたと語っていました。そこから大江とも加藤さんとも違う、自分なりの問題意識を作りだし、戦後について考えている。彼は現在23歳ですから僕よりも全然若いですけど、同時代を生きる人間として、彼のような作家が書いた小説を読み・論じることで、大江とも加藤さんとも異なる戦後論を紡ぎだせればなと考えています。
成田 「第3の位相」からの応答、実に楽しみです。大いに期待しています。きょうは、どうもありがとうございました。(了)
プロフィール

成田龍一(なりた りゅういち)
日本女子大学名誉教授。専門は近現代日本史。著書に『近現代日本史との対話』『増補「戦争経験」の戦後史』『戦後史入門』など。
長瀬海(ながせ かい)
ライター・書評家。近著に『僕と「先生」』、共著に『韓国文学ガイドブック』など。
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