プラスインタビュー

父親の不在、毒親、アダルト・チルドレン…コロナ禍後の家族の行方を、信田さよ子さんに聞く

信田さよ子

父と母のことを振り返ることはやったほうがいい

自分に向き合おうとしない男たちは絶対的な「悪」である。しかし、それを「悪」とだけ呼んだのでは不十分であり、むしろ問題を隠してしまうかもしれない。たとえば「毒親」という言葉。家族の中の問題をあぶり出す言葉ではあるが、信田さんはこの言葉を自分からは使わないと言う。

「私、あんな嫌な言葉はないと思っています。毒親は相手を定義する言葉。なおかつ、毒とののしることで何かをなした気分になり満足してしまう。それが危険だと思っています。だから、原宿カウンセリングセンターのスタッフはもちろん、来談されるクライエント(相談者)も誰一人毒親という言葉を使わないよう心がけています」

毒親が相手を定義するのに対して、AC(アダルト・チルドレン)は自分が受けた被害を認知する言葉。ゆえに『家族と厄災』の中で、ACは親からかけられた言葉の呪い(「あんたは結婚したら絶対に不幸になるから」など)を解く言葉なのだと書いている。そして、毒は親なのではなく、「親を許せない」という言葉を禁じるこの国の常識(マジョリティ)なのだと(「第5章 親を許せという大合唱」)。

『家族と厄災』(2023年、生きのびるブックス)

「親との関係もそうですが、性虐待でも同じようなことがあるんですよ。被害を訴えると、『あなたの考えすぎよ』とか『たいしたことじゃない』と言われるわけです。それが社会の常識なんです。だから、1回訴えて信じてもらえないと、もう2度と言わなくなる。そうやって抱え込んでいく。それは男女問わずあります。旧ジャニーズ事務所の性加害の問題を見てもそう思いますね」

信田さんはこれまで『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』など、主に女性に訴えかける著書が多かった。しかしコロナ禍の最中に大きな話題になった『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』は、性別を問わず反響が大きく、いまも版を重ねている。コロナ禍によって、家族と社会の問題があらためてクローズアップされているのだと思う。そこで、私自身の興味もあり、こだわるようだが、男性読者に伝えたいことを信田さんに聞いた。

「親との関係をちゃんと見直してほしいですね。とてもいい親だったということでもいいし、どんな親のもとで頑張って生きてきたかでもいい。もちろん、大嫌いな親だったでもいいですけど。親との関係を振り返るのは実は前向きなことなんです」

信田さんは、『家族と厄災』で歴史学者の加藤陽子さんの言葉を引き、古代ギリシアでは過去と現在は前方にあって見ることができるが、未来は後方にあるから見えないと考えられていたと書いている。

「過去を振り返ることを、ネガティブだとか、後ろ向きだと言うのは間違っています。後ろにしか未来はないって思ったほうが実はポジティブなんですよ。自分と向き合う経験の乏しい男性にこそ、自己啓発的な、新自由主義的な言説に惑わされずに、親との関係を見直して、自分がどうやって育ってきたのか、これからの人生で何が本当に大事なのかを見直してほしい。男も女も等しく親の子どもだから、自分の父と母のことを振り返ることはジェンダーに関係なくやったほうがいいと思いますね。男性にはそれを一番言いたいです」  

これからどう生きるかのヒントは、これまでどう生きてきたかにしかない。コロナ禍が落ち着き、社会生活が進み出したからこそ、信田さんの言葉をかみしめたい。

取材・文/タカザワケンジ
撮影/内藤サトル

※本文は雑誌『kotoba』2024年冬号に掲載された「kotobaの森 著者インタビュー」を、加筆修正したものです。

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プロフィール

信田さよ子

信田さよ子(のぶた さよこ)

公認心理師・臨床心理士、原宿カウンセリングセンター顧問、公益社団法人日本公認心理師協会会長。1946年生まれ。お茶の水女子大学大学院修士課程修了。駒木野病院勤務、嗜癖問題臨床研究所付属原宿相談室室長を経て、1995年、原宿カウンセリングセンターを設立。著書に『母が重くてたまらない』(春秋社)、『アダルト・チルドレン』(学芸みらい社)、『家族と国家は共謀する』(角川新書)など。

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