対談

第1回 「スパイを見つけろ!」が社会を変えた

誰が「スパイ」とされるのか?思想統制と防諜体制、沖縄戦、そして現代日本
荻野富士夫×林博史

全国のデパートなどで防諜展覧会や講演会、映画などが何百回、何千回も

 先ほど「防諜リテラシー」ということを話しましたが、戦前において軍機保護法を改正(もともとは日露戦争に向けて1898年に成立)時に、単に「外国人のスパイや、外国人とつながっているスパイを取り締まる」というより、防諜ということに対して、国民の中に理解を深めなければいけない、と軍の資料に書かれています。まさに「防諜リテラシー」と呼ぶべきことを、軍が盛んに展開していったのです。それには「国民防諜」という言葉が使われました。

 ただ最初の頃は、防諜標語を作ったり防諜ポスターを作ったりするなど、いろいろやったがあまり定着しなかった。そもそも「防諜」という言葉自体、一般の人にはなじみがなかったからです。軍事関係者に使われたり、法の条文などにも出てきたりしましたが、一般の人が「ボウチョウ」と聞いて思い浮かべるのは裁判の「傍聴」とか、「膨張」でした。そういう中で「防諜」ということを強調していくために、官の指導、統制が行われたのです。

陸軍省『防諜』(1939年、防衛省防衛研究所所蔵)より

 そこには防諜標語以外にも、たとえば防諜ポスターを読売新聞が一般募集して陸軍省後援で「防諜ポスター展」が開催され、高島屋百貨店など全国を巡回していきました。防諜展覧会などで多くの人を動員する、ということが内務省の資料に出てきます。1940年には防諜に関する講演会が全国で3000回以上行われ、映画も約600回上映されています。この40年頃から「防諜」という言葉が一般の人々に普及、定着していきました。

 大阪の漫才でも「防諜漫才」が作られました。戦後もずっと漫才作者だった秋田実の漫才台本が残っています。漫才のネタとしても防諜が扱われたのです。

「真の日本人たれ」と呼びかけ、「日本人ファースト」と同じような演説をしていた

 1941年、42年には、国を挙げて植民地を含む全ての地域において「防諜週間」が設定されました。42年の段階で作られた「国民防諜六訓」というスローガンの中に「日本人たるの自覚こそ防諜の根本である」とか「言葉を慎み、不用意に秘密を漏らすな」「不平不満は利敵行為である」などということが盛り込まれます。「真の日本人たれ!」ということがさかんに言われるようになった。

 アジア太平洋戦争が41年12月に始まって、もう米英など連合国を敵として戦っているわけですから、敵国のスパイが日本国内でやすやすと事件を起こすことはない。だから防諜の対象となるのは日本人と、中立国の外国人になります。「領事館などに情報を持っていって金銭をもらおう」というような日本人を例に挙げて、日本国民を監視・取締りの対象にすることになったのです。

「防諜は国民の心がまえ一つである」をかかげて、その中心になって全国を回って講演活動をしたのが陸軍省で防諜、軍機保護法などを担当した防衛課です。そこの大坪義勢中佐は本も多数書いているし、各地で講演もしています。名古屋での講演では「外国人に心酔して居る婦人などが、よく彼らの手先に使われる……どうも日本の女は、日本人以外の者が無暗
むやみ
と好きなようだが、これは何事か。大和撫子
なでしこ
などという言葉は、こうした近代女性には使用禁止に願いたいと思う。
すべ
て日本の女は外国人と結婚すべからず、今女は余って困って
りましょうが、ぜひ日本人と結婚するのです。そうして立派な子供をうんと産むことです」と言っています。

 今の参政党が言う「日本人ファースト」というようなところに、防諜の根本があるということを語っているのです。

 右側のこの漫画は、『国家総力戦防諜講義』(1941年)の中に載せられていた挿し絵です。パーマ、マニキュアをし、赤い口紅をつけ、ハイヒールを履いたこういう「有閑夫人」はけしからん、とされた。

大坪義勢『国家総力戦防諜講義』(1941年)より

「真の日本人になれば、付け込まれる隙はないんだ」と主張し、「真の日本人」になるために、欧米の思想は徹底的に排除、排撃されます。

 陸軍憲兵学校教官の西沢幹雄の『国民防諜と其の指導』(1943年)という本には「
ず、教育の根本に立ち返り、自由主義、物質主義の舶来思想を一擲
いってき
して、真の日本精神に
もとづ
く公民を錬成することが第一の国民防諜の要諦である」と書いています。

 44年になると、『血戦防諜』というすごいタイトルの本も出てきます。著者の三谷節次は、防諜協会という内務省の下に置かれていた組織の主事で、もともと映画やアニメの制作者で、戦後またアニメ業界で活躍していく人ですが、こう書いています。

「防諜の根本は、日本人が、ほんとうの日本人になることである。立派な日本精神を持つことである。無意味な外国崇拝をやめることである……我々の頭の中にある外来思想、
すなわ
ち自由主義や個人主義思想も徹底的に排除して、真に日本人に立還らねばならない」

 軍機保護法や国防保安法などの防諜法令を遵守することは「日本精神」を持ち続けることだとされ、「日本的な一億一心」ということが強調されました。

 当時の日本で1億人というのは、植民地も含めた1億です。つまり朝鮮や台湾などにおいても、「国民防諜」ということが強調されるようになったのです。こういう「日本人たれ!」という非常に道徳的な強制律として防諜法令は機能し、国民をしばりあげ、統制し、動員していった。治安維持法とはまた別の意味で、むしろこちらの方が広く網をかぶせていった。

 こういう「防諜リテラシー」の教育がもたらしたものが何であったのか。

 その典型例を、作家の野坂昭如(*10)さんが週刊朝日1980年4月18日号に書いています。「天晴
あっぱ
れ軍国少年の鑑」に自分もなるところだった、と。

 野坂さんはアジア太平洋戦争開戦時に11歳。満洲事変の時に1歳で、物心つく前から戦争の時代に入っていたので、シャワーのように「忠君愛国」・「国体明徴」の教育を受けてきた。大人ならもう少し冷静に見られるにしても、子供たちは全て教えられたとおりに信じ模範的に行動した。それで野坂少年は、神戸港を撮影している青年を「不審者」として交番に通報したのです。

 こういう例は各地にあって、地方紙などでこういう子供たちが、「天晴れ軍国少年の鑑」「軍国少女の鑑」として表彰され、ずぼらな大人たちに警鐘を与える役割を果たしました。

 また、野坂さんと同世代で、今年3月に亡くなった山中
ひさし
さんは、『ボクラ少国民』シリーズや数多くの児童読物、ノンフィクションでも知られる作家ですが、北海道の小樽で1931年に生まれ、小樽と神奈川県の平塚で、まさに「少国民」として愛国・軍国教育を疑いなく受けた世代です。ですから、だまされた恨みつらみをエネルギーとして、『少国民』シリーズなどを、膨大な資料と自らの経験を元に執筆し、当時の教育状況を明らかにしようとしました。

*10 のさか あきゆき。1930鎌倉生まれ。幼い頃養子に出され神戸で育つ。45年の神戸大空襲で養父を失い、その後、妹を栄養失調で亡くした。63年に作家デビュー、67年『火垂
ほた
るの墓』『アメリカひじき』で直木賞。『火垂るの墓』はジブリのアニメにもなった。2015年没。

 現在、対外調査庁の設置とか、その次の段階で本格的な防諜法を作ることが予定されていますが、まずそこでは思想選別、排除というパージ的なことが行われ、標的にされた人は職場を追われ、社会からも追われる形になります。これ自体、非常に大きなダメージですが、まだ刑罰として処罰されるわけではない。

 しかしその次の段階では「極端な思想」を持つこと自体が、犯罪として罰せられるようになる。今まさに問題になっている「国旗損壊法」で処罰する、ということも、結局こういうようなところにつながっていく。

 スパイ防止法が強行成立したとしても、すぐにそこまで行くとは思いませんが、当局、警察、自衛隊などがこれを運用していく中で、運用拡大が行われ、やがて「法改正をしてしまえ」となる恐れがあります。治安維持法も拡張解釈をしてきて、「さすがにこれは拡大解釈だけでは限界で、無理だ」となった時に法改正をした。それが1941年の2度目の改正=改悪でした。

 ですから、一度こういうものを作ってしまって、思想選別から思想排除、そこから処罰に至るような芽とか根っこみたいなものを、その中に埋め込ませてしまうのが非常に恐ろしい。

 今すぐそれが発芽しないにしても、5年、10年という単位の中で、そういうものが当局側の恣意的な形でほしいままになってくる。そういうことを私は予想をせざるをえません。

(第2回に続く)

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関連書籍

プロフィール

荻野富士夫

(おぎの ふじお)

1953年、埼玉県生まれ。小樽商科大学商学部教授を経て、2018年に定年退官。同大学名誉教授。専門は日本近現代史、とくに治安体制・思想統制史。主な著書に『特高警察』(岩波新書)、『よみがえる戦時体制――治安体制の歴史と現在』(集英社新書)、『検証 治安維持法――なぜ「法の暴力」が蔓延したのか』(平凡社新書)、『「国体」とは何か――教育勅語から八紘一宇へ』(地平社)、『治安維持法と「国体」』(大月書店)等多数。

林博史

(はやし ひろふみ)

1955年、神戸市生まれ。現代史研究者。関東学院大学名誉教授。主な著書に『沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』(集英社新書)、『沖縄戦と民衆』『沖縄戦が問うもの』(大月書店)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』『米軍基地の歴史 世界ネットワークの形成と展開』『帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設』(吉川弘文館)、『朝鮮戦争 無差別爆撃の出撃基地・日本』(高文研)、『BC級戦犯裁判』(岩波書店)、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社)等多数。

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