対談

第2回 事実を語ることが罪とされた

誰が「スパイ」とされるのか?思想統制と防諜体制、沖縄戦、そして現代日本
荻野富士夫×林博史

2026年2月末、アメリカとイスラエルの先制攻撃によって始まった対イラン戦争。ホルムズ海峡封鎖で原油が日本にほとんど届かない事態が続いているが、高市政権は備蓄を切り崩しながら「石油もナフサも足りている」と強弁。
一方、「節約が必要だ」と言った業界幹部が政府から聞き取りを要請されたり、ポテチのパッケージを白黒にした企業が「売名行為だ」と内閣官房から批判されるなど、言論統制と呼ぶべき事態が起こっている。
この状況下、5月に国家情報局設置法を成立させ、さらにスパイ防止法を成立させようとする政権の狙いとはいかなるものなのか?
よみがえる戦時体制 治安体制の歴史と現在』著者の荻野富士夫氏と、『沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』著者の林博史氏の共同企画。第2回は第1回の荻野氏のレクチャーを受け、おふたりの対談をお届けする。

構成:稲垣收/写真:内藤サトル

防諜の狙いは「スパイ摘発」だけではない

林博史氏

 戦争中の「防諜」というのが、まさに今の問題とつながっている、という荻野さんの問題提起でした。それを踏まえて、お話させていただきます。まず戦中の話から。

 私は沖縄戦の研究をやりながらも、戦中の防諜の問題をきちんと詰めてこなかったことをすごく反省していて。高市政権はそんなに長く続かないだろうと思い、つい油断していたら総選挙で圧勝して「これはちょっとまずい。防諜の問題を本格的にやらないといけない」と痛感しました。

 たぶん今の人たちには「防諜」と言っても何のことか分からないと思いますが、実はスパイ活動には、大きく分けて2つあるんです。

 1つは諜報、つまり「敵国の軍事情報やその他の情報をいろいろ集めていく」という諜報活動。もう1つは「謀略、宣伝」活動です。つまり、敵国民に働きかけて、戦意を喪失させたり、不安を醸成して反戦気分、厭戦気分を作り出し、戦意を低下させること。流言飛語(噂やデマ)の取締りも、これとの関連です。

 スパイというとスパイ映画のように「どこかに忍び込んで金庫から軍事機密を盗み出す」というようなことを思い浮かべる人が多いでしょうが、そんなスパイは実際にはあまりいなくて、むしろそうじゃない方が多い。スパイとは「諜報活動」と「謀略宣伝活動」の2種類があって、防諜というのはこの両方を防ぐことだと、当時から内務省や軍も言っています。

 諜報、軍事情報などを探ることは戦争を遂行する上で極めて重要なので、それに対する防諜は、どの国でも、どの時代でもやることです。

 しかしそのことが今、単に「機密を守る」というだけではなくて、たとえば「ちょっと見聞きしたこともしゃべってはいけない」とか、「景色がいいと思って写真を撮ったら、後ろに軍艦や港が写っていると、そういうのはダメだ」という、国民の自由や言論を封じ込めていくことにも使われる。そういう危険性もすごくある、ということを伝えなくてはなりません。

 たぶん最近のスパイ防止法制に対する反対論の中で、戦争中の問題というと大体、軍機保護法を取り上げて、その危険性を指摘する例が多いと思います。しかしこれは防諜に対する研究があまり進んでないということのあらわれで、軍機保護法の危険性は確かにありますが、それ以外に「謀略、宣伝に対する対策としての防諜」、この危険も極めて大きいのです。

 防諜に関しては、荻野さんがいろいろ書かれていますが、たぶん1940年、41年ぐらいから謀略対策としての防諜が非常に強化されてきた。

 これは、今の高市政権が「外国による影響工作」ということばをさかんに使っていますが、まさにそれに当たるんです。つまり、「影響工作で日本国民の意識・世論を変えていこうという勢力を抑えるのだ」と。

 これは、自民党の中での、今回の国家情報会議設置法の説明で、内閣官房が作成した概要というのがあるんですが、そこで「影響工作への対処を含む」とあります。

 しかし法案の方には「影響工作」という言葉は、探してみても、なかった。ところが内閣官房が作った説明には「影響工作」という文言があった。国民に注目されやすい法案の方では、その言葉を削っているので、非常にズルいやり方をしている。この「影響工作」というのは、まさに謀略対策だと思います。

 先ほど荻野さんも言われたように、「軍事機密を保護する、守る」というのとは全然違う。

「軍や政府に対する不平不満、批判そのものがスパイ工作、謀略工作の結果だ」、「だから、不平を言うのはスパイの手先だ」、「スパイが国民に不平不満を持たせて、そういうことを言わせる。それで国民全体の士気を下げようとしている。軍や政府に対する批判、不平を言う人は、その手先になっているんだ」という形で人々の言論を一切封じていこう、ということでしょう。

2026年5月27日、参議院本会議で「国家情報会議」設置法が賛成多数で可決、成立し、立ち上がって一礼する木原稔官房長官。写真:毎日新聞社/アフロ
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プロフィール

荻野富士夫

(おぎの ふじお)

1953年、埼玉県生まれ。小樽商科大学商学部教授を経て、2018年に定年退官。同大学名誉教授。専門は日本近現代史、とくに治安体制・思想統制史。主な著書に『特高警察』(岩波新書)、『よみがえる戦時体制――治安体制の歴史と現在』(集英社新書)、『検証 治安維持法――なぜ「法の暴力」が蔓延したのか』(平凡社新書)、『「国体」とは何か――教育勅語から八紘一宇へ』(地平社)、『治安維持法と「国体」』(大月書店)等多数。

林博史

(はやし ひろふみ)

1955年、神戸市生まれ。現代史研究者。関東学院大学名誉教授。主な著書に『沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』(集英社新書)、『沖縄戦と民衆』『沖縄戦が問うもの』(大月書店)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』『米軍基地の歴史 世界ネットワークの形成と展開』『帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設』(吉川弘文館)、『朝鮮戦争 無差別爆撃の出撃基地・日本』(高文研)、『BC級戦犯裁判』(岩波書店)、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社)等多数。

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