排外主義はいったん広まると抑えるのが非常に難しい
荻野 私が軍機保護法のこと自体を少し調べるきっかけとなったのは、特定秘密保護法(*1)の反対運動の中で、です。それからもう10年以上たっていますが、今こういう時になって、やはり戦前・戦中の防諜法令全般について目を向ける必要があると思います。
単に取り締まるだけではなく、国民に対する「国民防諜」という言葉が出てきて、そういうもので、ふだんから監視社会を作り上げて国民をがんじがらめにしていき、統制し、動員していった。
そういう防諜法令は、治安維持法と補完し合い、補強していたんですが、治安維持法とは役割を少しずらしたものとして理解したほうがいいですね。一緒くたにするのではなくて。
*1 第2次安倍政権の下、2013年12月に公布、2014年12月に施行。漏えいすると国の安全保障に著しい支障を与えるとされる情報を「特定秘密」に指定、これを取り扱う人を調査・管理し、外部に知らせたり、外部から知ろうとする人などを処罰する、というもの。国会審議の過程で、国民の反対が大きくなったが十分審議されず、疑問も解消されないまま強行採決された。一番の問題は、官僚が「特定秘密」を勝手に指定でき、国民に知られたくない情報は何でも秘密にされかねない点。たとえば沖縄返還協定の際に日米間に密約があったが、米国でその事実が公表された後も、日本では認めていない。それどころか、秘密を暴いた記者が犯罪者として処罰されている。(日弁連のWebサイト記事より要約)
日本弁護士連合会:秘密保護法とは?より
――相互に補完しながら、全体として国民を締め付けていった、ということですね。
荻野 ただ、実際には防諜法についての統計とか、実際の処罰の記録などの資料は非常に乏しいのです。でも、そういう統計に載ってこないような、警察に逮捕されたけれども、「説諭」のうえで釈放になった事例というのがたくさんあったはずです。
先にアニメの『この世界の片隅に』の主人公の話をしましたが、あの主人公のように、丘の上で海の絵を描いていたら憲兵につかまった、しかし、怒られてから釈放された、というようなケースは、統計に載ってこないですね。しかし日常的にはそういうものが非常に多くあったと思いますね。
林 私が表で示したのは、内務省警務局が把握している数字ですから、実際その前に警察官が「これはけしからん」と警告というか、脅して処理したのも、たくさんあると思います。
――逮捕までいかなくても、警察署にしょっ引かれて、殴られたり蹴られたりとか、警察側の記録には残らない部分がかなりあったのではないでしょうか。ある13歳の少女が、持っていた本の中の与謝野晶子の詩「君死にたまふことなかれ」(*2)の一節に赤線を引いていたら、持ち物検査で見つけられ、特高に取り調べを受け、死ぬかと思うほどの暴行を受けて、その後しばらくして憲兵隊にも呼び出されて同じような暴行を受けた、という話を思い出します。
*2 1904年(明治37年)に与謝野晶子が詩歌・文芸雑誌『明星』に発表した詩。日露戦争に出征した弟に対する、「どうか死なないで」「天皇陛下は自ら戦に出ないのに、死ぬのが人の名誉である、というのでしょうか。天皇の御心は深いはずだから、そんなことは思わないはずです」という思いをうたった。
「君死にたまふことなかれ/すめらみこと(天皇)は、戦いに/おほみづから(自ら)はい出ませぬ/かたみに人の血を流し/獣の道に死ねよとは/死ぬるを人のほまれとは/大みこころの深ければ/もとよりいかで思されん」
林 内務省警保局に関する資料に出てきますね。その少女は、勤労動員されて会社の寮に住んでいて、寮の持ち物検査のときにその本を見つけられて特高に通報されて拷問を受けるのですね。

「排外主義を煽ることで勢力を取り戻そう」という政党の動きが戦前にあったが今の与党や参政党も同じ手法をとっている
――前回も申し上げましたが、今、SNSの言論空間を見ていると、右派と目される人たちの言説はやっぱり同じ空気感をはらんでいて本当に怖いですね。すぐ「日本から出て行け!」などと書きますし。しかもいろんな法律が決まっていって、運用次第では、一気に国全体の空気を支配してしまうような環境になり得ない状況です。
林 排外主義的な気分が広まってしまうと、それを抑えるのはすごく大変ですね。
――そうですね。参政党の話がありましたが、参政党だけでなくて自民党の去年の総裁選の時も、総裁候補全員が「外国人問題」ということを前面に出していて、一般の人たちに「外国人はやっぱり危険なのか」と思わせ、不安にさせるような発言をしていましたし。ヒトラーによるユダヤ人排斥もそうですが、敵を外国人とか異民族に設定すると、ごまかしやすいのでしょうか。
林 それと関連するのが、1930年代に軍が台頭してきて政党内閣が潰れ、その後、既成政党が排外主義を宣伝し始めたことですね。つまり「排外主義を煽ることによって、もう一度自分たちの勢力を回復していこう」と。一部にはもちろん、「軍と一緒になってやっていこう」という思惑も入るんですが。
そういう意味で、軍や内務省や官僚だけでなく、政党までもが排外主義を煽っていった。その中で1931年の満州事変から、国民が排外主義的な気分に染まっていった、ということがあって。全体がそうなってしまうと、それを抑え切れなくなるんです。
荻野 今の、既成政党という点で言えば、政友会がまさにそういう形でした。
1935年には天皇機関説事件が起こり、「天皇機関説」(*3)を唱えた貴族院議員の美濃部達吉(東京帝国大学名誉教授、憲法学者)が貴族院から追放され、翌年には右翼に銃撃される事件がありました。

しかし実は右翼、国家主義者たちは29年ぐらいから何度も美濃部を告発していたんです。告訴したけれども検察はそれを受けない、という形だったのが、35年になると、天皇機関説事件という形で、当事者たちも予想しなかったほど、非常に大きな、時代を画する事件になった。
それは国粋主義団体である原理日本社の主張に政友会が乗っかったり、在郷軍人会なども乗っかっていったから、35年で堰を突破するような状況になったんです。
*3 「国家を一つの生命体として捉え、天皇は国家を構成する機関のトップであり、国務大臣の助けを借りて統治する」という考え方。美濃部が天皇機関説を唱えたのは1912年(大正元年)に発表した『憲法講話』の中だった。それ以降、通説とされており、大正天皇も昭和天皇もこれを支持していた。美濃部自身が35年2月に貴族院で行った「一身上の弁明」では、天皇機関説をこう説明している。「いわゆる機関説と申しまするのは、国家それ自身を一つの生命であり……一つの法人と観念いたしまして、天皇はこの法人たる国家の元首たる地位にありまし、国家を代表して国家の一切の権利を総攬し給い、天皇が憲法に従って行わせられまする行為が、即ち国家の行為たる効力を生ずるということを言い現わすものであります」
しかし軍人や右翼などはこれを理解せず「天皇陛下を機関車や機関銃にたとえるとは何事か!」と憤激した者もいた。

プロフィール

(おぎの ふじお)
1953年、埼玉県生まれ。小樽商科大学商学部教授を経て、2018年に定年退官。同大学名誉教授。専門は日本近現代史、とくに治安体制・思想統制史。主な著書に『特高警察』(岩波新書)、『よみがえる戦時体制――治安体制の歴史と現在』(集英社新書)、『検証 治安維持法――なぜ「法の暴力」が蔓延したのか』(平凡社新書)、『「国体」とは何か――教育勅語から八紘一宇へ』(地平社)、『治安維持法と「国体」』(大月書店)等多数。

(はやし ひろふみ)
1955年、神戸市生まれ。現代史研究者。関東学院大学名誉教授。主な著書に『沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』(集英社新書)、『沖縄戦と民衆』『沖縄戦が問うもの』(大月書店)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』『米軍基地の歴史 世界ネットワークの形成と展開』『帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設』(吉川弘文館)、『朝鮮戦争 無差別爆撃の出撃基地・日本』(高文研)、『BC級戦犯裁判』(岩波書店)、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社)等多数。
荻野富士夫×林博史









速水健朗×福尾匠
アレックス・カー