対談

第3回 防諜体制強化が、沖縄戦で何をもたらしたのか?

誰が「スパイ」とされるのか?思想統制と防諜体制、沖縄戦、そして現代日本
荻野富士夫×林博史

戦前・戦中と進んだ全国での防諜体制作りが、実際に地上戦が行われた沖縄で住民たちや兵士たちの意識にどう作用したのか? そこで行われた「スパイ処刑」の実態とは?
沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』の著者で、沖縄戦研究で知られる林博史氏と、『よみがえる戦時体制 治安体制の歴史と現在』の著者で、戦前・戦中、そして戦後の防諜体制や治安体制の歴史に詳しい荻野富士夫氏との共同企画。第3回は「防諜体制が沖縄戦でどのように作用したか」について、林氏のレクチャーをお届けする。

構成:稲垣收/写真:内藤サトル

沖縄にも浸透していた「国民防諜」

林博史氏

 全国的な防諜体制作りが行われ、それが戦場になった時にどのように展開していくのか、そういう問題として沖縄戦のことを考えてみたいと思います。

 前提となるのは、沖縄でも本土と同じように防諜体制、防諜週間の取り組みが行われていた、ということです。特に、第32軍が1944年3月に沖縄に編成されてきてからは、多くの住民が住んでいるところに大勢の日本軍兵士が来るので、当然、「軍事機密を保護する」という防諜も非常に強化されました。

 人々が住んでいるそばで陣地や飛行場を作ったりするので、そういう軍事機密の保護という点での防諜ももちろんやりますが、一方で、「謀略対策としての防諜」も強化されていった。内務省の方針もそうでしたが、特に「住民たちの間の動向調査」を軍と県、警察が一体となって進めていきました。

 その中で1944年3月には北部の山原
やんばる
の方で「国士隊」という秘密戦の組織が作られました。これは役場の職員や学校教員、警察官等々、地域の幹部を中心に、特に住民の調査をして報告するものです。たとえば反軍・反官的分子がいるかどうかとか、外国からの帰省者、移民帰りは特にチェックされました。また、反戦・厭戦機運がどうなっているか、一般民衆の敵意の程度、不平不満の言動などを監視する住民組織を作れ、というものです。そうやって民衆を監視し、取り締まる仕組みがどんどん作られた。

「秘密戦ニ関スル書類」

 そういうことを前提とした上で、沖縄戦でどうして大勢の人々がスパイ視され、殺されたのかを考えていきたいです。

 ある研究者はこれに関して「軍機保護法があったからだ」という議論を以前からしています。私はそれについて全然相手にしなかったのですがその研究者が自信を持って何度も繰り返し言うので、特に新聞などのメディアがそれを繰り返し報道しました。「軍機保護法があったから、沖縄の人がスパイ視されて殺されたんだ」と。

 彼はそれ以上の具体的なことは何も語っていませんが、それについては、きちんと批判しないといけないと思います。

竹富島の小学校でも防諜講話が行われ、子供たちに両親を監視するよう促した

 先週、沖縄に行って見つけた資料があります。八重山列島の石垣島のそばにある竹富島の、竹富国民学校で1941年5月12日~18日の防諜週間に行われた講話の、手書きの資料です。これは国民学校の上級生と中等学校の下級生に対しての講話でした。陸軍省防衛課の大坪義勢少佐がしゃべった話を、小学生向けに分かりやすくして書いています。

「皆さん今から防諜の話を簡単に致します」
「防諜とはスパイを防ぐことです」
「マッチ不足、米不足、木炭不足、砂糖不足と日本人自身が騒ぎ立てて、その上買ひしめ売り惜しみと少し不足に拍車を入れ本当に不足して居るやうな現象にしてしまふ不心得者が非常に多く、これを幸ひと戦争をして居ると今にいろいろのものが益々ますます不足し………巧妙な外国側の宣伝に踊らされて遂には銃後の思想を動揺させ、反戦気分を作り出し、敗戦に導かうとする外国のスパイ行為に乗せられてしまふことになるのです」
「外国側の宣伝に都合のいい事実を外国の力で日本の中に発生させるのです」
「買い溜み(買いだめ)、売り惜み闇取引をしたお父さんやお母さん達は、知らず知らずに外国のスパイの手先に使はれたことになるのです」
「防諜はどうするか」「おしゃべりをするな、うっかり軽々しく信ずるな、持ち物は紙屑までも注意せよ、買溜め、売り惜み、闇取引のやうな私欲を止めよ、贅沢をするな、無駄を省け、写真や出版物に気をつけよ……外国人との交際には注意せよ、国産品を愛用し外国製品の使用を止める等結局一億一心あの日の丸のようにまじり気のないほんたう(本当)の日本人ほんたうの日本精神に生れ代りあの日の丸の形のやうに一分の隙もなくまん丸に結束し生き抜くことです」
「防諜を行なふことは……国民の心構へ一つで出来るのです」

 これは、大坪義勢の「防諜の話」(日本放送協会編『陸軍軍事学講座』日本放送出版協会、1941年5月)の内容をほとんどそのまま、ですます調に直して、小学生に話しかけるような調子にしたものです。

 要するに、「お父さん、お母さんたちが知らないうちにスパイの手先になっているかもしれないから、よく注意するように」という内容です。このように、子供たちを使って親や近所の大人たちを監視させるということも、しばしば行われたのです。

 41年4月30日、八重山警察署長から、八重山農学校長、各国民学校長宛てに「落書調査の件」という通達があって、子供たちを使って学校内外の落書きの一斉調査をやらせました。竹富国民学校長からの報告には「該当事実」はなかったと書いてあるんですが……。警察の資料、特高(特別高等警察)の資料を見ていると、落書きをずいぶん摘発して調べています。警察が自分たちで発見するだけでなく、町内会を使ったり、このように子供たちを使って落書きを探させて、報告させるようなことをしていたのでしょう。

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プロフィール

荻野富士夫

(おぎの ふじお)

1953年、埼玉県生まれ。小樽商科大学商学部教授を経て、2018年に定年退官。同大学名誉教授。専門は日本近現代史、とくに治安体制・思想統制史。主な著書に『特高警察』(岩波新書)、『よみがえる戦時体制――治安体制の歴史と現在』(集英社新書)、『検証 治安維持法――なぜ「法の暴力」が蔓延したのか』(平凡社新書)、『「国体」とは何か――教育勅語から八紘一宇へ』(地平社)、『治安維持法と「国体」』(大月書店)等多数。

林博史

(はやし ひろふみ)

1955年、神戸市生まれ。現代史研究者。関東学院大学名誉教授。主な著書に『沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』(集英社新書)、『沖縄戦と民衆』『沖縄戦が問うもの』(大月書店)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』『米軍基地の歴史 世界ネットワークの形成と展開』『帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設』(吉川弘文館)、『朝鮮戦争 無差別爆撃の出撃基地・日本』(高文研)、『BC級戦犯裁判』(岩波書店)、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社)等多数。

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