対談

第4回 普通の人が標的になる。防諜と排外主義の行き着く先

誰が「スパイ」とされるのか?思想統制と防諜体制、沖縄戦、そして現代日本
荻野富士夫×林博史

小泉政権から始まった「国民を煽ることで人気を得る」手法

2005年9月26日、衆議院本会議で郵政法案反対派だった議員たちが多く陣取る一角を横目に所信表明演説をする総理大臣、小泉純一郎(左下) 写真:毎日新聞社/アフロ

 そういう意味で、思い起こすことがあります。

 私は自民党の保守本流のことを別に支持しないですが、彼らは、そういう国民の排外主義を煽るような政策は、これまでかなり抑えていたと思うんです。

 自民党の一部にそういう排外主義的な議員はいたけれども、やはり戦争に対する反省が党内にあって、「国民の感情を煽るようなことをやるとまずい」という思いがあったのでしょう。

 だから、彼らは基本的に経済成長を目指し、経済的な実益を与えることによって支持を得る、ということでやってきた。それがいろんな腐敗を生んだ面もありますが、国民の排外感情を煽るようなことは控えてきた。

 それが小泉純一郎内閣(2001年~06年)以来、変わってきた。小泉純一郎は国民に直接訴えて、ワンフレーズで感情を煽ることによって成功した。その経験を、おそらく大阪の維新を作った橋下徹などが学習して、国民の不安を煽ることによって成功してしまった。

 自民党の中でもそういう勢力が出てきて、自民ではないですが、参政党なんかはまさにその典型です。NHK党などもそうです。

――小泉政権で内閣官房長官を務め、後に総理になった安倍晋三氏もそうですね。

 そういう「感情をうまく煽って支持を得る」ということが今、常態化してしまっています。自民党内でも保守本流が持っていたバランス感覚、良識が完全に吹っ飛んでしまった。だからすごく怖い状況なんです。

荻野 1985年に、さっきお話しした国家機密法案というのが中曽根内閣の時に出て、反対運動が起こって廃案になったんですけれども、翌86年、もう1回出そうとしたんです。その時点で、もちろん反対運動も続いていたわけですが、自民党の中からも慎重論が出てきて、意見書が提出されたんです。

 当時、自民党の若手議員だった鳩山由紀夫(のちに民主党政権で首相になった)や大島理森
おおしま ただもり
谷垣禎一
たにがき さだかず
(後の自民党総裁)、村上誠一郎らが反対し、そういう声が自民党の中で公然と上がったということもあって、「無理やりはできないな」ということで断念したんです。

 それが86年で、それからくすぶり続けつつも、表に出ることはなかったのですが、2013年に安倍内閣が特定秘密保護法を作り、一部を「特定秘密」という形で、官僚の分野に制限する形で、まず突破口を開いた。

 その後、「特定秘密保護法の経済安保版」というべき「重要経済安保情報保護・活用法」(*4)も2024年にできました。

 これは戦前の話で言うと、明治時代に作られた軍機保護法が1937年(昭和12年)に全面的に改正され、39年に軍用資源秘密保護法が作られ、軍需工場などの機密(設計図、製品の製法その他)を対象にするという形で広げていった。また、閣議決定や御前会議などは国家機密の保護対象になっていなかったので、1941年に国防保安法を作った。そういう流れを思わせます。

1941年5月12日東京、防諜週間のポスター、スパイに警戒せよ。写真:毎日新聞社/アフロ

 ただ、国防保安法自体は、基本的にはそういう国家機密に一般人が直接タッチすることはないので、取締りの対象になったのは高級官僚などで、取締り件数自体は軍機保護法などに比べれば、かなり少なかった。しかしそれが核になっていったことは間違いありません。

 ほぼ同時に、治安維持法の2度目の改正が1941年に実現しています。そこで司法手続を簡略化してしまいました。それまで三審制だったのを二審制にし、弁護人を制限し、検事の権限を強くするといった形で。しかも軍機保護法などの事件も、これから二審制でやる、というふうに適用してしまいました。

 国防保安法というのは、そういう防諜対策の理念というか、考え方を基本としているので、適用件数自体は少ないですが、実際には、いろんな法令を防諜の論理で適用していくという仕組みのベースになった。だから図式的に言うと、国防保安法というのが一番根本になっていました。

 最初に(第1回)お話ししましたが、GHQ(連合国軍総司令部)が1945年10月4日に出した「人権指令」の中で、例示して廃止を命じた防諜法令の中のトップは国防保安法だったと思います。その次に軍機保護法が来るという順序だった。

*4 経済安全保障上の機密情報を扱う民間人らを身辺調査する「セキュリティー・クリアランス(適性評価)制度」の導入を柱とし、2024年5月10日の参議院本会議で可決、成立。東京新聞(電子版2024年5月11日)では「防衛や外交など4分野の情報保全を目的とした特定秘密保護法の経済安保版。半導体など重要物資の供給網に関する脆弱性や重要インフラなどに関して国が保有する情報のうち、流出すると安全保障に支障を与える恐れがあるものを『重要経済安保情報』に指定。重要情報を扱う人の身辺調査をする『セキュリティー・クリアランス(適性評価)』制度を導入する。情報漏えいには5年以下の拘禁刑などを科す」と定義づけている。(リンク先↓)
政府は民間人にも「身辺調査」を行う…経済安保情報保護法が成立 「特定秘密」も拡大へ 懸念すべき点とは:東京新聞デジタル

――そして、そういう防諜法令による被害の最たるものが沖縄だった、という話につながるわけですね。

 そうですね。

「沖縄での戦争が不利になったり、負けたのは、沖縄人のスパイのせいだ」という言い方も、あちこちでされました。東京でも九州でも、台湾でも言われていたので、これは誰かが振りまいたというよりも、「絶対の正義であり、常に勝ち続けてきた皇国の軍隊が負けるなんてありえない。裏切り者がいるからだ」とみなされたのではないでしょうか。負けた責任を「沖縄人がスパイをしたからだ」と言って押しつけたのではないか。

 そういう意味で、防諜政策だけで説明していいかどうかは分からないですが、少しでも政府や軍に従わない者をスパイ視するような発想が根底にあったと思われます。

 今の日本の場合、沖縄戦のようにスパイとして人が処刑される状況に、すぐにはならないでしょうが、政権批判をする人が「非国民」として攻撃されたり、「外国勢力の手先」「中国の手先」などと誹謗中傷される事態はすでに起きているし、スパイ防止法などができてしまうと、今後より激しくなってしまうでしょう。そういう観点で、沖縄戦の経験をもう一度きちんと振り返る必要があると考えています。

荻野 防諜政策の行き着いたところが、国民の日常生活においても、野坂昭如(*5)さんが書いている「天晴
あっぱ
れ軍国少年の鑑」というような、「人を見たら怪しいと思え、スパイだと思え、それを通報しろ」というような空気が生まれてくる、という話をしましたが(第1回)、今の林さんのお話を聞いて、沖縄戦のように、戦場という極限状態の中では、よけいにそういう状況が生まれやすくなる、という視点も重要だなと思いました。

*5 のさか あきゆき。1930鎌倉生まれ。幼い頃養子に出され神戸で育つ。45年の神戸大空襲で養父を失い、その後、妹を栄養失調で亡くした。63年に作家デビュー、67年『火垂ほたるの墓』『アメリカひじき』で直木賞。『火垂るの墓』はスタジオジブリのアニメにもなった。2015年没。

(了)

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関連書籍

プロフィール

荻野富士夫

(おぎの ふじお)

1953年、埼玉県生まれ。小樽商科大学商学部教授を経て、2018年に定年退官。同大学名誉教授。専門は日本近現代史、とくに治安体制・思想統制史。主な著書に『特高警察』(岩波新書)、『よみがえる戦時体制――治安体制の歴史と現在』(集英社新書)、『検証 治安維持法――なぜ「法の暴力」が蔓延したのか』(平凡社新書)、『「国体」とは何か――教育勅語から八紘一宇へ』(地平社)、『治安維持法と「国体」』(大月書店)等多数。

林博史

(はやし ひろふみ)

1955年、神戸市生まれ。現代史研究者。関東学院大学名誉教授。主な著書に『沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』(集英社新書)、『沖縄戦と民衆』『沖縄戦が問うもの』(大月書店)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』『米軍基地の歴史 世界ネットワークの形成と展開』『帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設』(吉川弘文館)、『朝鮮戦争 無差別爆撃の出撃基地・日本』(高文研)、『BC級戦犯裁判』(岩波書店)、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社)等多数。

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