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椎名林檎を論じて見えてきた現代の大衆と文化

「2021すばるクリティーク賞」受賞者、西村紗知さんインタビュー

西村紗知
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2017年に創設された「すばるクリティーク賞」。評論の新人賞が減少傾向にあるなか、文芸誌「すばる」の編集部が主催し2021年で4回目を迎える。1月6日発売の「すばる2月号」で発表された2021年の受賞作は、西村紗知さんによる「椎名林檎における母性の問題」だ。

この論考では、J-POPのフロントランナーの一人、椎名林檎の作品における表現の特異性を論じながらも、彼女の楽曲や発言から、すべてのものを無批判に受け入れる「母性原理」が全面化していることを指摘。そしてそれは、日本の大衆の主体性のなさ、成熟できなさを映し出してしまっていると鋭く論じ、発表直後から大きく話題を呼んだ。西村さんはなぜ、椎名林檎を論じたのか。音楽を中心に、表象文化全般について執筆活動を行う批評家、伏見瞬によるインタビューを通して、その意図に迫る。

 

 

 

椎名林檎という音楽家は、西村さんにとってどんな人ですか。

間違いなく、永遠の憧れですね。私は鳥取県のすごい田舎で生まれ育ったので、椎名林檎はブラウン管の中の人というイメージが強い。しかも1990年生まれで、彼女の最初の3枚のアルバム(1999年に『無罪モラトリアム』、2000年に『勝訴ストリップ』、2003年に『加爾基 精液 栗ノ花』)が出たころはまだ10歳前後で、音楽的なバックボーンも知らないわけです。だから、当時の椎名林檎の認識は「ナース服でガラス割っているお姉さん」でした。

 あの頃は、ヒットチャートに宇多田ヒカルと浜崎あゆみと椎名林檎と、音楽の傾向の違う3人の女性が同時にいる状況で、結構すごい時代だったと思います。中でも、椎名林檎はかなり違って聞こえたんです。セイレーンの声じゃないですけど、聞いたらいけないもの、「タブー」の性格を感じていました。深いことは特に考えずに生活している人間からしたら、ああいう音楽は聞いてはならないものだと。子供ながらに、ものすごいインパクトを感じていました。

 

 

 

受賞作である「椎名林檎における母性の問題」ではその「タブー」のような性格の内実に切り込んでいますよね。特に2章。初期の椎名林檎作品に関して加藤典洋が書いた批評(『耳をふさいで、歌を聴く』収録 アルテスパブリッシング/2011年刊)を、具体的な楽理分析から検討して、彼女の楽曲世界が叙事/抒情、現実/妄想の対立で構成されているのを明らかにしています。つまり出来事と感情に引き裂かれてい。そして、その二元論的世界におさまらない超越的な外部を、「悲鳴」という単語で表象させる。聞いてはいけないものとしての「悲鳴」。非常に鮮やかに、椎名林檎の不穏さを切り取っていると思います

して、論が進むにつれ、題名にも入ってる「母性」が少しずつ強い要素として出てきます。

もともとは、「成熟」というキーワードについてずっと考えていたんです。私は大学院修士課程でテオドール・W.アドルノ(註1)を研究していたのですが、彼はアメリカ文化やジャズへの批判から文化産業論を展開している。大衆文化への批判ですね。それを苦労して咀嚼する中で、現代の文化産業の構造内では、人々は主体的に成熟できないのではないかという思いを持つようになった。私の批評のモチーフは、おおよそアドルノの著作に由来するものです。自分の批評文を読み返すと、アドルノごっこという感じがしますね。

そして、成熟について考えようとなったら、江藤淳『成熟と喪失』につきあたり、ここで「母性」が登場する。「母性」は、文中で引用した阿部嘉昭『椎名林檎 vs Jポップ』(河出書房/2004年刊)の中にも出てくるし、江藤淳の批判的検討からキャリアをスタートした加藤典洋の著作にも出てくる。個人的に「母性」にこだわっていたわけではないのですが、ここまでカードが揃ったら書くしかない(笑)

 

これでいくしかないなと。

そうですね。成熟は不可逆的なんですよ。成熟してしまったら、それ以前のことはできない。 東京事変以降の椎名林檎は、いかにも「成熟しました」というイメージで売っているけど、技法的に成熟したわけじゃないじゃないかという不満はずっとあったんですよね。実際は、別のテイストもやってみました、に過ぎないんじゃないかと感じてしまったんです。

 

(註1)20世紀ドイツの哲学者、社会学者。現代文明の批判者であり、「アウシュビッツ以降、詩を書くことは野蛮である」という警句でも知られている。

 

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すばる 2021年2月号

プロフィール

西村紗知

1990年、鳥取県生まれ。2013年東京学芸大学教育学部芸術スポーツ文化課程音楽専攻(ピアノ)卒業。2016年、東京藝術大学大学院美術研究課芸術学専攻(美学)修了。2021年1月に『椎名林檎における母性の問題』で第四回すばるクリティーク賞を受賞。

 
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