対談

【前編】誰のための〈見直し〉なのか?――医師とジャーナリストが見た高額療養費制度問題

『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』刊行対談 宋美玄氏×西村章氏
宋美玄×西村章

医療費が高額になった場合、自己負担額を一定に抑える「高額療養費制度」。2024年末に政府・厚労省によって〈見直し〉案が出されると、尋常ではない支払い上限額の引き上げなどが波紋を呼んだ。疾患当事者や研究者をはじめとして、多くの批判を浴びた2024年度〈見直し〉案は、土壇場で一時凍結されることとなった。
この一連の出来事、さらに日本の現行医療保険制度の問題点を多角的に検証したのが、4月17日に刊行される『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』(集英社新書)だ。
本書の著者で高額療養費制度利用の当事者でもある西村章氏と、産婦人科医でこの〈見直し〉問題についてSNS等でも積極的な発信をしている宋美玄氏が、医療現場で感じる問題点、そしてあるべき日本の医療保険制度のあり方について語り合った。
対談収録後の4月7日には、高額療養費制度の限度額引き上げを盛り込んだ2026年度予算案が可決された。事態が大きく動く現状を、医師と制度利用当事者であるジャーナリストはどう眺めているのだろうか?(全二回)。

撮影:五十嵐和博

宋美玄氏と西村章氏
宋美玄氏と西村章氏

西村 この対談をしている今から本の発売までじつはまだ3週間ほどあって、現在は参議院で予算案の審議が続いています。発売時に高額療養費制度〈見直し〉案がはたしてどうなっているのか。まずはそこが非常に気がかりですよね(編集部註:本対談は2026年3月25日に収録された)。

 石破さんは一時凍結してくれたんですが、高市さんは止めてくれないのかな……。どうなんでしょう?

西村 政府が〈見直し〉案を進めたがる理由はいろいろあると思うんですけれども、ひとつはこの本の中でも説明をした「改革工程」の一環だから、ということが大きそうですよね。実際に、高市内閣発足後の11月17日に発出した内閣総理大臣指示『社会保障改革の推進について』の中でも、「高額療養費制度の見直しをはじめとする全世代型社会保障構築のための『改革工程』に掲げられた医療・介護保険制度改革の着実な実現に向けた議論を進めてください」とすでに明記しているんですよ。

自民党総裁選の時に高市さんは、5人の候補者の中で唯一、高額療養費制度の自己負担上限額を引き上げに反対、と言っていたので、そこに若干の期待もあったと思うんですけれども、実際に内閣が発足してみるとこのような内閣総理大臣指示を出しているし、その少し前に行われた11月上旬の臨時国会でも、「高額療養費の引き上げはしないですね」という野党からの質問に対して曖昧な返答をする一方で、彼女自身も難病に罹患している当事者として「この制度を利用している人々や長期の疾患で治療している人の苦しさはよくわかっているつもりです」みたいなことも言っていたんですよね。でも、12月末の予算案で引き上げを提示して、その後、衆議院選で圧勝した流れでこのまま押し切れると考えているのだろうと思います。

 それでいったい誰が得をするんだろう、と思うんですよ。だって、医療費も社会保険料もたいして削減できるわけじゃないのに、そこまで強引に進めたところで、結局は現役世代で運悪く高額医療が必要な病気になった人や、あとで詳しく説明しますけども不妊治療が必要な人たちに皺寄せが行くだけでしょ? 私は小さなクリニックを経営しているんですけれども、結局、困るのは中小企業の協会けんぽ加入者や国保の人という……。

付加給付(高額療養費が適用される治療を受けた被保険者に、さらに給付を行って負担を軽くする健保組合や共済組合の制度)のことも、あまり論じられていないですよね? 高額療養費制度だけでも「何それ?」みたいな状態で制度に詳しくない人が多いのに、さらに付加給付がある人とない人がいる、というところまではなかなか理解が進んでいないように思います。

西村 そういう制度があって当たり前、という世界に住んでいる人もいれば、僕もそうですけれども「何それ? そんなものがあるの??」という世界に住んでいる人もいる。誰しも自分が加入している健康保険のことしかわからないから、そこのギャップ、認識差は大きいですよね。しかも、付加給付のことを語る以前に高額療養費の自己負担上限額引き上げの説明だけですでにおなかいっぱいになってしまい、この問題がどれくらい現役世代に直撃するのか、ということが直感的に理解できない。

そもそもものすごく複雑な制度なので、自分自身が当事者になるまではピンと来ないだろうし、そんな人たちにとっては、去年、一時凍結になったことだって遠い世界の話なのだろう、と思います。

 全国がん患者団体連合会(全がん連)の天野慎介さんたちが頑張ってくださったおかげで去年は一時凍結されて、今回も年間上限額などが導入されましたけれども、いろんな疾患や治療に利用される制度なのに、一般的には「歳をとって運悪くガンにかかった人が大変になるのかな?」みたいなイメージを持っている人も多いと思います。

でも、たとえば女性がかかるがんって、年齢が若いんですよ。年間10万人くらいが罹患する乳がんの場合だと、40~50歳代がすごく多いんです。子宮頸がんはもっと若い。だから、現役世代のど真ん中ですよね。子宮体がんや卵巣がんの場合は50歳前後、卵巣がんだと60代くらいが多いので、そんなに高齢じゃない時期に罹患するがんがすごく多いんですよ。

西村 ひと昔前のイメージだと、がん治療は手術で患部を切除して、その後しばらく療養、というものだったかもしれませんが、今はだいぶそのあたりのアプローチも変わってきているようで、予後の再発防止や寛解を維持するために長期にわたって薬を服用し続ける治療が続くわけですよね。

加入する健康保険による「格差」とは

 そうですね。私は今50歳ですが、この数年、友達が続々と乳がんにかかっていて、手術や抗がん剤治療の後に数年間継続して非常に高価な薬を飲み続けなければなりません。だから、治療自体も大変ですが、医療費でも苦労をすることになります。ある友人の場合は大きい会社の健保組合で付加給付もあったのでかなり助かったようですけれども、もしも高額な支払いが延々と続けば途中で治療を諦めてしまう人も出てくるかもしれません。

西村 付加給付といえば偶然なんですけれども、僕の妻が今月上旬に10日間ほど入院して手術をしたんですね。2月28日に入院して3月2日が手術、退院は9日だったので、3月分は高額療養費制度が適用されて自己負担が約8万円。2月は月が違うので1日分の費用を支払って、合計で10万円少々。僕は国保ですけれども彼女は企業の健保組合で付加給付もあるので、本人負担分は結局2万円になったんですよ。さらに、入院中と退院後の自宅静養期間も、休職中は健保組合から傷病手当金が支給される。

もしも僕が同じ病気で入院したとすると、国保は付加給付がないので自己負担の約8万円は全額支払わなければならない。しかも、傷病手当金もないから、仕事を休んでいる期間はただ収入がない期間が続くだけ、という状況になります。

 それって、大きい健保組合だから手厚い付加給付があって、傷病手当金も支給される、ということですよね。たとえばIT業界などは人口構成が若くて医療費を使わない人も多いから、健保の経営も比較的健全だし、病気に罹らないための予防医療などで医療費を減らす取り組みのモチベーションも上がりやすい、という話を聞いたことがあります。そうすると、構成員が若くて伸びている業界や組織の健保は傷病手当や付加給付が手厚くて、一方ではそのような手当が何もない中小企業の協会けんぽや、個人事業主とかフリーランスの加入する国保との格差がどんどん大きくなる。

官僚の人は付加給付があるじゃないか、ということもよく指摘されます。でも、官僚だって天下りしたらどうなるかわからない。引退後も一定期間は保険の任意継続をできるようですが、それも2年程度ですよね。

西村 健保組合の付加給付は、企業や組織が自分たちの医療保険制度を手厚くしようと努力して頑張っている仕組みだけど、官僚の場合は給料から天引きの保険料が原資とはいえ、その給料の原資は税金なのになぜ付加給付があるのか。

 そこの不公平感はよく指摘されることですよね。官僚の人たちは高給ではないので、そういう制度があっても別にいいとは思うけど、そういう制度に恵まれていて痛みのわからない人たちによって決められてしまうのはおかしいよなぁ、とすごく思います。

西村 完全に他人事として扱っているような印象がありますよね。

 そもそも保険料を払う時点で、給料の高い人はたくさん払っているじゃないですか。でも、高額療養費は前年度の所得で区分が決まるから、病気で働けなくなったりして年収が減っても区分は前年度のままで、さらに高額な支払いがのしかかってくる。しかも、本の中で説明されているように、転職すると多数回該当はリセットになるので、がんなどの病気になったり、不妊治療をして働き方を変えたりして年収が下がってしまう場合の想定はしていないですよね。高額療養費制度は非常に大切なセーフティネットなのに、まずそこに手をつけようとするのは、やっぱりどう考えてもおかしい。

「このままだともう制度が持たない」という政府のロジック

西村 この本の最初の方でかなり分厚く言及しましたけれども、なぜ高額療養費制度に手を入れるのかというと、最初に政府が言っていたのは「国民医療費の倍のスピードで高額療養費が伸びている」と。でも、実際の金額や具体的な対GDP比の伸び率で見るとまったくそうじゃないわけですよね。財政学者や医療経済学者の専門家諸氏も、国民医療費自体が今日明日にも破綻するような危機的状況にあるわけではない、と指摘しています。

 そもそも診療報酬を抑え続けて薬価もどんどん単価を安くして、伸びを抑えてきたんだから、医療費はそんなに大きく伸びてはいないですよ。ずっと50兆円弱ですよね。

西村 国民医療費自体は、名目値で見れば伸びていくものだと思うんですよ。名目GDPが伸びていくのと同じことで、人間が経済活動をすればそりゃ増えるでしょ、という話で。

とはいえ、一時凍結前に政府が主張していた「国民医療費を上回るスピードで高額療養費が増加している」というロジックはあまりにミスリードがひどくて、その理屈はもう使えないと思ったのかどうかはわからないですけれども、今回の引上げ案の際には「高額療養費の持続可能性を長期にわたって維持していくために」と言っています。でも、その「持続可能性がヤバい」って誰がどこで言ったの? と。

 そんなにヤバそうじゃないですよね。

西村 その根拠を何も言わないまま、いかにも「このままだともう制度が持たない」という印象を持たせるような言い方をしている。

 たとえば高齢者の医療費を3割に上げるという話題になると、日本医師会は受診回数が減って病院が潰れることを危惧するからなのかすごく反対しますが、これは私の邪推かもしれませんけれども、高額療養費の自己負担限度額を上げても病院経営に影響がないからなのか、医師会はあまり反対していないですよね。

西村 一時凍結される前から日本医師会はまったく反対してないですよ。厚労省の社会保障審議会医療保険部会にも高額療養費制度の在り方に関する専門委員会にも、日本医師会の理事の方が審議メンバーで入っていますが、まったく反対しないですからね。東京医師会は、最初に騒ぎになった去年の凍結案のときは、様々ながんや疾患の学会などと同様に、引き上げ反対の声明を出していましたけれども、日医は反対声明も出していません。

 医師の団体が何も言わなくて、結局は当事者である闘病中の患者さんたちが尽力して訴えるしかないという現状は、すごく残念です。

高額療養費問題の影響は「不妊治療」にも

 出産に関しては無償化の方向性なので、今のところ高額療養費問題の直撃はないと思うんですけれども、不妊治療は2022年に保険適用になっているので、「高額療養費の自己負担引き上げって不妊治療に直撃じゃないの?」って仲間の医師に聞いたら、「めっちゃ直撃……」って言っていました。たとえば年収600~700万円くらいの夫婦だと、〈見直し〉案でまさに大きな引き上げになる人たちですよね。

西村 年収400~700万円くらいの層は、勤労世帯のボリュームゾーンですね。

 しかも、不妊治療の当事者さん自体が自分に関係のあるニュースだとあまり思っていないように見えるんですよ。いざ引き上げになって、病院の窓口で支払うときに「えっ! 高額療養費制度ってもう不妊治療には使えないの? これだけ自己負担しなきゃいけないの……」ってびっくりするんじゃないか、という気がします。

厳密なことを言えば、不妊治療は病気ではないんですが、保険でカバーされるようになって子供が欲しいと願う夫婦が国から恩恵を受けているはずなのに、同じ不妊治療をしていても年収によって負担額が違うという状態が顕在化すると、当事者同士の間で不平等感がものすごく大きくなってしまうんじゃないか、ということが心配です。

しかも、子育ては所得制限のオンパレードで、所得次第で国からの扱いが逆転してしまうんですよ。子供に対して行うものに親の所得で差をつけること自体がすでにおかしいのに、授かる前から差が開いてしまうのはさらにおかしいですよね。

西村 高額療養費制度の公費負担分を削ろうとしたのは、こども未来戦略加速化プランのお金を捻出するために手をつけやすかったことが大きな理由のひとつだと思うんですが、子ども子育て支援金とか子ども未来戦略とか言いながら、不妊治療に悪影響があるのなら子どもや子育て支援に全然なっていない、というのが皮肉ですね。

 そうなんです。現役世代の財布から取って現役世代に「はい、手当を給付します。でも所得制限ね」みたいなことをやっていて、こっちにしてみれば「いや、そんなことしていらんねんけど」って(笑)。しかも、これで安くなる社会保険料は月に116円程度ですよね。それくらいの金ならセーフティネットのために払うよ、って誰もが言うと思うんですけど。

社会保険料を削るという「国民的合意」?

西村 おそらく2024年の衆議院選挙くらいの時期からだと思いますが、社会保険料を削ることが何か国民的合意のように言われ始めましたよね。

 私はちょうどロスジェネ世代なので、良い目を見たことのない我々ロスジェネ以下の世代の根底には「高齢者を支えるためにこれ以上負担するのが辛い」という裏の共通意識のようなものがあって、自分たちが高齢者になった時には今のような手厚い医療を受けられないんじゃないかと皆が思っている。そんな世代間のくすぶりみたいなものがあるように思います。でも、現役世代の給付を削ることで社会保険料の負担を減らしてほしいと思っている人は、たぶんいないんじゃないかと思うんですよね。

西村 後期高齢者医療制度の財源は4割ほどが現役世代からの拠出金で賄われているので、そこに対する不満はよく指摘されることですね。ただ、現役vs高齢者という世代間対立を煽るのはあまり良くないと思うんですよ。現役世代が社会保険料に負担を感じているのは、高齢者のせいばかりではないだろうし。

とはいえ、社会保険料の支払いに重い負担を感じている現役世代が、月116円軽くしてもらうために高額療養費制度を毀損してもいいとは、先ほど宋さんがおっしゃったようにおそらく誰も思っていないと思うんですよ。なのに、衆議院や参議院での厚労省の言い分を聞いていると「だって皆さんは社会保険料を削ってほしいんでしょ? だから削っているんですよ」みたいな言い方なんですよね。

 それはすでに閣議決定しているからもうやるしかない、と思ってやっているんですか? あるいは財務省に言われているから……?

西村 そのあたりの事情に詳しい人は「財務省と厚労省の戦略的互恵関係」とよく言うんですが、要するに、お互いにとって合目的的であれば手を結ぶ、ということだと思います。財務省は何が何でも政府歳出を減らしたい。一方の厚労省は、自分たちの制度案を実現するという目的にかなうかぎりは協力する。厚労省の内部にもグラデーションがあって、「この制度に手をつけるのはよくない」と考えている人もいるみたいですが、とはいえ趨勢としては、「政府の改革工程ですでに決まっていることですから……」と粛々と進めているんじゃないでしょうか。

 本にも書いていましたけれども、政治家もあまりこの〈見直し案〉のことをよくわかってない、みたいな?

西村 当初はよくわかっていない人が多かったようです。去年の1月から全がん連とJPA(日本難病・疾病団体協議会)が与野党議員に精力的な要望活動を行って、それで問題に対する理解はだいぶ浸透していったんだと思います。今年の衆議院と参議院では、厚生労働委員会や予算委員会で野党議員から高額療養費の〈見直し案〉について、具体的で的確な指摘や質問がたくさんされているんですが、まったく聞く耳を持たないですね。

 それは厚労省が?

西村 上野厚労大臣と厚労省の保健局長。

 そうなんだ……。野党はSNSなどで高額療養費の問題についてアピールしているんですか?

西村 していると思います。ただ、世の中の関心がイラン戦争などの方に向かっているので、もともとこの問題に興味がある人以外には広くアピールしにくいのかもしれません。

 関心が別のところに、ね……。なるほど。私もたびたび高額療養費制度のことはSNSで発信するんですけど、毎回めっちゃバズりますよ。

西村 いつも拝見して、とても心強く思っています。

(後編に続く)

関連書籍

高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉

プロフィール

宋美玄

(そん みひょん)

1976年、兵庫県生まれ。産婦人科医、丸の内の森レディースクリニック院長。博士(医学)。セックスや女性の性などについて、女性の立場からの積極的な啓蒙活動を行う。メディア出演や著書多数。

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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【前編】誰のための〈見直し〉なのか?――医師とジャーナリストが見た高額療養費制度問題

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