プラスインタビュー

ウクライナ戦争以後の世界と日本――新・安全保障論

特別座談会 柳澤協二×伊勢﨑賢治×加藤朗×林吉永
柳澤協二×伊勢﨑賢治×加藤朗×林吉永

●平和を担保すべき大国が平和を脅かしている下で

柳澤 私にもそういうことに無頓着過ぎたという反省はあります。ただ、イラク戦争のときだって、何千万人もの人が参加したと言われる反戦デモがあったけれど、やはり戦争は止められなかった。ただし、それはアメリカのその国力やソフトパワーの低下という意味で、アメリカ自身がツケを払うような状態にはなっている。今回の事態もその一つのツケなのかもしれない。

 けれども私は、どこの国が悪いという思考方法ではなく、つまり反米とか反ロシアという枠組みで考えるのではなく、この際だから今まで目をつぶってきたことも含めて、とにかく、力を持った国が武力で好き勝手をやるのはいけないという、そういう国際基準を何とかつくれないかなと思っています。やった後にツケを払わせるのではなく、やらせない国際基準です。

 第二次大戦後の国際秩序の設計図は、加藤さんのお話にもあったように、大国がそういうことを担保してやるというものだった。けれども、その平和を担保するべき大国そのものが、アメリカも含めて国際秩序を破っている現実が今、目の前で起きている。これを放ってはおけないということなんです。

 では、そういうときに大国にお願いするだけでいいのかというと、それがもう全然機能しなくなっているとすると、やはり民レベルの動きが必要です。政府がやらないなら市民がやるしかないだろうという、今のところ私の言い方は勢いだけしかないのですが、何かそういう方向を模索していくことが求められます。国連総会の役割を重視するのは、私は結構いいアイデアだと思います。あるいは核兵器に関する運動もどんどん盛り上げていく、そういう中で何かその、大国の都合だけに左右されないというか、あるいは大国が縛られざるを得ないようなルールをつくっていかないと、人類が危ないという感じを持っています。それはナイーブといえばナイーブなのですけれど。

*座談会ではその後、「今後の国際秩序をどう構築すべきか」「日本とアジアへの影響をどう考えるか」「戦争を回避するために日本人が考えるべき国家像」をテーマに語り合いました。刊行予定の集英社新書でご覧ください。

 

終わりに——停戦協議をめぐって
●停戦しても戦争の火種は残るから

柳澤 最後の、今回の戦争の結末をどうするかという問題です。今後の戦争の行方に左右されるとは思うのですが。

加藤 この戦争は、冒頭で述べたように構造的な戦争ですから、停戦で参考になるとすると、おそらく第四次中東戦争のときの停戦監視のような問題になると思います。

柳澤 今回の戦争では、停戦は成立するかもしれないけど、戦争の火種はずっと続きます。それをどうするのかを考えておかねばなりません。

伊勢﨑 プーチンはもちろんですが、ゼレンスキーも、今のところ、それぞれの国民の強い支持を維持しています。これは、一般論として、停戦交渉を進めやすい環境にあると言えます。紛争が疲弊化してくると、それぞれの陣営の内部の統制が利かなくなってくるのですね。交渉を「弱腰の妥協」と捉える強硬派が暴れ出すのです。これが心配されるのは、むしろウクライナの方です。ゼレンスキーが民族主義者から背中を撃たれる心配をしなければならない。そうなる前に、早期の交渉が必要です。

 占領統治をする軍事能力がないロシアにとって、ウクライナのレジームチェンジは当初からのプーチンのブラフであることは既に述べました。プーチンの方も、求心力のあるうちのゼレンスキー政権の方が、利益を誘導しやすい相手と考えるはずです。

 停戦協議はまだ難航しそうですが、それが成立したとしても戦争の火種は、果たして、なくなるのか。おっしゃる通りです。親ロシア系の人々は、東部のドンバス以外にも混住しているのですから、ここまで傷つけ合った民族的な断絶は、紛争再発の火種になり続けるでしょう。ですから、“戦後”復興において、日本を含めた西側の援助は、単にインフラ支援だけではなく、民族和解へのケアが焦点となってくると思います。

2022年4月19日、ロシアの猛攻を受けたマリウポリ。写真=ロイター/アフロ

 

●ロシアは大国の座から降りる

柳澤 そういう意味で、戦争の決着というのは、やはりお互いが納得して認め合わないとあり得ないわけですね。

伊勢﨑 そういう意味での納得はないでしょうね。多分傷はずーっと残っていく。恐らく一世紀単位で。

柳澤 残りますよね。

 今までと違うのは、ロシアがプレーヤーの主役であることです。そのプレーヤーの主役を管理していかなければいけないという難しさがあると思います。大国が管理できないのですから。

加藤 このウクライナの戦争の結果、多分ロシアが大国の座から降りるんだろうと思います。経済力も回復不能です、しばらくの間は。

柳澤 そうならざるを得ないでしょうね。

加藤 そうなってくると、あとに残るのは、ロシアの巨大な北朝鮮化という深刻な問題が起こることです。

柳澤 分かりますね。

 

●民族の和解は必要だが問題の性格は異なる

加藤 ウクライナも復興が簡単ではないので、ヨーロッパが相当荒れる、荒廃する可能性が出てきている。

 それと先ほど民族和解の問題が出てきましたが、ロシアとウクライナの問題は民族問題ではなくて、ロシアがソ連邦のときに移住政策でいろんなところにロシア人を移住させたことによる問題です。それが今火種になっている。モルドバのウクライナ国境は沿ドニエストル自治共和国で、ここにはロシア系の人たちが入っていて、そこまでつなぐと初めてウクライナの包囲が完成するのです。ロシアは多分そこまで狙っていたんだろうと思います。

 ほかのコーカサスや中央アジアにも、1920年代からロシア人の移住がずーっと続いています。あの辺りはイスラム教の人たちが多かったんですが、バスマチの蜂起という名前で有名ですけれども、共産党がやってきて徹底してイスラム教徒を弾圧したんです。一体どれぐらい虐殺されたか分からないぐらい虐殺した後、そこに住んでいた人々をシベリアに送り込むのです。その後にロシア人が入ってくる。その結果、コーカサスや中央アジアの辺りには、ずっとロシア人が残っている。それを今、残っているロシア人がここは自分たちのところだと言っているわけで、単純に民族問題ではないと私は思っています。

 むしろこれに近いのがユーゴスラビアの崩壊でしょう。ユーゴスラビアも同じように、セルビア人が各共和国にいて、そのことが問題になって紛争が激化しました。セルビアは割と小さかったからみんなで抑え込みましたけれど、あんな小さくなってしまったので、セルビア側は不満たらたらですよ。ロシアに対してはさすがに同じことはできないから、結果的に、和解政府をつくるしかないかもしれませんが、それならばジョージアから始めて、各地域で和解政府をつくっていかないとどうしようもないという状況です。

柳澤 それも含めて、旧ソ連のような大国としての求心力を持ったロシアの存在感は確実に失われてしまいますね。

加藤 そういう意味では、これからの周辺国では、逆に今度はロシアに対する反撃も起こってくるだろうと思います。ジョージアでも、オセチアでもそうでしょうね。

 

●国連安保理の解体を求める意見までも

柳澤 結局、武力で目的を達成しようとしたことの失敗というか、反作用というか、逆に大国であらんとするための武力行使が自らの大国としての墓穴を掘るという、こういう結末になるんだろうということですね。

伊勢﨑 それは結果的に、ずっと問題視されていた国連安保理の機能不全が、世紀末的に印象付けられる、ということでしょうか。

加藤 形式的にはロシアはずーっと常任理事国でい続けるでしょうけどね、今の状況では。

伊勢﨑 はい。国連安保理に「拒否権」があることで、国際連盟の時のような決裂を予防し、少なくともUnited Nations(連合国)の形を維持し、戦勝五大国間の戦争を抑制してきたのですが、国連安保理を解体せよ、というような意見も出てきていますものね。

柳澤 感情論としてはそうなるでしょうね。だけど、実際にそれは難しいので、国連総会の機能をもっと実質的なものにしていくということになるのでしょうね。

伊勢﨑 はい。それが後の国連平和維持活動PKOの元祖となったのですが、1956年、英仏が戦争当事者で、同じく安保理が機能不全に陥った第二次中東戦争の時に、国連総会で国連緊急軍が創設されたように。

加藤 ロシアに対する国連総会の非難決議で、旧CISの共和国で反対、棄権がどうなったかを見ると、モルドバ、ウクライナ、トルクメニスタン、ジョージアは賛成に回ったのです。反対に回ったのはロシアとベラルーシだけです。残りのカザフスタン、キルギス、タジキスタンは実は棄権に回った。このことは何を意味しているかというと、ロシアがまさに正統性を失っているということです。これを基にして国連改革が進められるかどうかが問われるのでしょう。

 

●ロシアの悪あがきの行方はどうなるか

 一つ怖いのは、プーチンの悪あがきでしょうね。

加藤 そうですね。本当に。

 これであっさり引き下がると思えないですよ。

加藤 独裁者が追い詰められると何をするか分からないというのは、シリア紛争でもはっきり分かったのです。シリアのアサドは、ダマスカス周辺まで追い詰められたのですが、それを助けるためにロシアが軍事介入し、アレッポは平地になりました。何万人死んだか分からないです。

柳澤 あれもひどい戦争でした。

伊勢﨑 そこにアメリカが、地位協定もなしに、悪政とは言っても一応は主権を担うアサド政権の許可なしに駐留しているわけですから。

柳澤 まだ常駐しているのですか。

伊勢﨑 しています。油田があるところに。

加藤 多分何か形式的な言い訳をしていると思いますけどね。

伊勢﨑 はい。あくまでも「テロとの戦い」が名目です。だけど、国連安保理の決議もなく、アサド政権はもちろん、それに反抗するシリアのいかなる政体の要請も受けていない駐留です。違法どころの騒ぎではありません。

 個人的には私は停戦協議を悲観的に見ています。

柳澤 私もそんなに楽観的ではない。ただ、ゼレンスキーが出した停戦条件というのは、私は支持できる。ああいう方向で行けということは言っていい話だなと思います。

加藤 多分、戦場で決着がつくまで停戦できないでしょう。国家間戦争って、歴史的に見て、どちらかがギブアップしないと終わらなかったですから。インド・パキスタンとか中東もそうでしたけれども。

伊勢﨑 終戦と停戦は、分けて考える必要があります。印パ戦争のように終戦には至らなくても、停戦は必ず、どんな戦争にも訪れます。一日でも早く停戦をしようと苦心する勢力に、常に僕は身を置きたい。だって、民衆が死ぬだけですから。

 それと国連が戦争を終わらせる機能を持っていないですから。戦後処理、戦後秩序を形成する機能はもう麻痺していますから。

柳澤 まさにロシアが常任理事国ですしね。

加藤 この戦争が終わったら、ロシアにはもう秩序を形成する力はないと思います。

(了)

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プロフィール

柳澤協二×伊勢﨑賢治×加藤朗×林吉永

 

 

柳澤協二(やなぎさわ きょうじ)
1946年生。元内閣官房副長官補・防衛庁運用局長。国際地政学研究所理事長。「自衛隊を活かす会」代表。東京大学法学部卒業。歴代内閣の安全保障・危機管理関係の実務を担当。著書に『亡国の集団的自衛権』(集英社新書)他多数。

 

伊勢崎賢治(いせざき けんじ)
1957年生。東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。国連PKO幹部として東ティモール暫定行政府の県知事を務めシエラレオネ、アフガニスタンで武装解除を指揮。著作に『文庫増補版 主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿 』(集英社文庫)他。

 

加藤 朗(かとう あきら)
1951年生。防衛庁防衛研究所を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群教授及び国際学研究所所長。「自衛隊を活かす会」呼びかけ人。専門は国際政治学、安全保障論。早稲田大学政治経済学部卒業。著書に『日本の安全保障』(ちくま新書)他多数。

 

林吉永(はやし よしなが)
1942年生。NPO国際地政学研究所理事、軍事史学者。航空幕僚監部総務課長などを経て、航空自衛隊北部航空警戒管制団司令、第7航空団司令、幹部候補生学校長を歴任、退官後2007年まで防衛研究所戦史部長を務めた。共著に『自衛官の使命と苦悩』(かもがわ出版)等。

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