●「キーウにも迫るだろうが占領は考えていない」というロシア人研究者の見解
伊勢﨑 じゃあ戦端が開かれたら、その後はどういう戦況になるか。今、柳澤さんが最初におっしゃったように、現在動員されているロシアの兵力では、ウクライナ全土の占領はできるわけがありません。これはアフガン戦争の経験からも明らかです。アメリカとNATOが束になって、人口4000万のウクライナよりちょっと人口の少ないアフガニスタンを平定できなかったのです。ピーク時で20万の兵力を送り、圧倒的な空爆力で攻め、同時に最終的に30万に達したアフガン国軍、それでも軽装備のタリバンに完敗してしまったのです。プーチンは冷静に見ていたはずです。その前の冷戦期には自分たちもアフガニスタンで痛い目に遭っていますしね。
だから、ロシアにはウクライナを占領統治する能力も意思もない。プーチンが言う「非ナチ化」とか「武装解除」は、ウクライナの政治軍事体制を根こそぎ変えることです。これは、時間をかけて駐留しない限り実現できません。だからプーチンの「ブラフ」なのです。
「首都キーウにも迫るだろうけれど陥落させるまでのリスクはとらない」。そういう見方がなされたのです。
もちろん、ロシアは徴兵制がある国ですから、ロシア国民に広くそれを敷けば、昔の赤軍みたいに80万とか100万というような総兵力を確保できるかもしれない。けれども、ロシア人研究者は、「それは絶対あり得ない」と。
柳澤 ロシアの研究者が言った。
伊勢﨑 はい。きっぱりと。広い徴兵を敷こうとしたら、国民の方が黙っていない。今のロシアは昔と違う、ということでした。
そのリスクをプーチンは頭に刷り込んでいるはずだから、リザーブ、予備役を使うぐらいに止めるだろうと言っていました。
●占領統治に莫大な兵力が必要だと誰もが分かっている
伊勢﨑 僕は2017年に太平洋地域陸軍参謀総長会議(PACC)という会議にアメリカ陸軍から呼ばれて参加しました。場所は韓国ソウルです。ちょうどトランプがソーシャルメディアで米朝開戦をほのめかしていて、世界中、特に日本国民とメディアが騒然となっていた時です。僕がNATO主要諸国を含む親米32か国の陸軍のトップ達に講演を頼まれたテーマは、まさに「占領統治」。チャタムハウスルールで、会議中の受け答えは口外しない紳士協定が原則でしたので、どの国の誰が何を言ったかは明かせませんが、“斬首作戦”を実行した後に、北朝鮮を占領統治するというシミュレーションをやったのです。
北朝鮮の人口を2500万人として、試算では50万人から70万人の兵力が必要だと。32か国が束になっても、そんな総兵力は拠出できないという結論になりました。だから、戦争は起きてないわけです。
同じ試算を当てはめると、ウクライナの人口を4000万人として、必要兵力は80万人以上。それもロシア一国で。総動員しても土台無理なのです。
「占領統治」はブラフだとして、プーチンの狙いは何かを見極めなければなりません。やはり、既にロシアが勝手に独立を承認した東部ドンバスのふたつの州と、2014年以来実効支配を続けているクリミアをウクライナが放棄すること。そして、NATOにウクライナを「トリップワイヤー化(*)」させないこと。
*トリップワイヤー(仕掛け線)化:抑止戦略論上の用語。超大国や軍事同盟が、敵国の軍事力に均衡するよりずっと小さい兵力をその敵国の間近の緩衝国家に置き、際限のない軍拡競争のジレンマを回避する抑止力とすること
それが最低限の戦争目的であり、それ以上のものは、戦況次第で引き出せるものは引き出す。そういうことになるのではないかと。ふたつの州とクリミアの支配だけだと、クリミアがいわゆるエンクレーブ、飛び地になってしまうので、中間にある都市マリウポリを陥落させ「回廊」にする。それを更に西に、モルドバとの国境にまで拡大すれば、ウクライナは黒海にアクセスできない「内陸国」になる。
柳澤 オデッサも含めてね。
伊勢﨑 はい。その「内陸国化」がプーチンのこの戦争の最終目標であり、首都キーウへ侵攻はするが、それは見せかけで、東部と南部に展開しているウクライナ軍を誘き出し、同地を手薄にさせる陽動作戦だろうと。これらが開戦3か月前のノルウェーでの僕たちの予想だったのですが、かなり的中しています。ロシアの研究者は、我々が考えるほど政府寄りではありません。
柳澤 ありがとうございます。では加藤さん、お願いします。
冒頭発言——加藤朗
●貧しいウクライナの戦後は悲惨である
加藤 個人的なことを言うと、私はウクライナには因縁があります。ひとつは、2014年に突然私のGメールが乗っ取られたのですが、私の名前で、ウクライナで反政府側の集団にとっ捕まって人質に取られているから、ここの銀行に身代金振り込んでくれというメールが各方面に送られたのです。実際、私はその前から何度か紛争地に行ったこともあるし、捕まったこともあったので、ひょっとしたらと思った人もいたらしいんですけども。まあ、加藤がこんなにうまい英語書けるわけがないからこれは絶対に嘘だといって、みんなが信用しなかった。実はそれが一番こたえたんですけどね。
それと2017年3月、キーウとハリコフに行きました。そのため、毎日のようにあそこがやられている映像を見せられると、相当へこみました。だから、今もあまり冷静にこの問題について話すことができないのですが、それでも時間がたって、自分なりに整理が少しはついたかなという思いはしているんですけども。
案外みんなが理解してないことがあって、ウクライナって、私は初めて行ったときに、ここはアフリカかと思ったぐらいに貧しいところでした。
柳澤 貧しいですか。
加藤 貧しいです。ウクライナには過去の栄光は確かにあるでしょう。由緒ある教会や歴史的建造物など、本当にいっぱいある。だから、それに目を奪われて、何となく我々はものすごく発展した、ある意味では我々と同じような先進国同士の戦いだというふうに思いがちですけれども、経済的にどうかというレベルで考えると、とても先進国のレベル同士の戦争ではない。
参考までですが、ウクライナの一人あたりGDP(2020年)は3741ドルで、日本の10分の1です。購買力平価が1万3000円で3倍ぐらいになっていますから、貧しくてもアフリカよりはましかなと思いたいんですが、実際に見た目の印象でいうと、ウガンダやケニアのナイロビぐらいのレベルです。
ロシアだってひとりあたりのGDPは1万ドルで、世界全体のGDPに占める割合は2%もないのです。だから、GDPが2%ない国と、0コンマ何%という、この2国が戦争しているのです。例えばイランは、1980年4月から経済制裁を受けているのに、ひとりあたりGDPは1万3000ドルあります。
ですから、ロシアもウクライナも、この戦争が終わった後は相当悲惨です。ロシアは本当に経済的に立ち直れるかどうかという話です。これを頭に置いた上で、この戦争とは何だろうかと考える必要があります。
●ウクライナ戦争は19世紀型の戦争
加藤 本当に不明を恥じているのは、私は30年前に『現代戦争論 ポストモダンの紛争LIC』(中公新書、1993年)という本を書いて、これからの戦争は国家間の戦争ではない、非国家主体の戦争だとずっと言い続けてきたことです。だから、今回の戦争が起きて、本当に私の研究は何だったのだろうかと、反省しきりです。
今、戦われているのは間違いなく、19世紀型のクラウゼヴィッツの三位一体戦争です。国民と軍隊と政府による戦争です。世論がどうかという問題よりも、もっとむき出しの暴力が出てきている戦争です。停戦の問題を考えるにしても、この戦争の性格を押さえる必要がある。それともうひとつ、戦争の原因をどこに求めるのかということですが、こういう古典的な戦争の場合には、やはり指導者の価値観や世界観が大きく影響します。
それで、古典的戦争で参考になるものは何か。やはりキッシンジャーの『外交』(邦訳、上下巻、日本経済新聞出版、1996年)という本だと思い至りました。その中にロシアに関する記述があります。私は印象として大ロシア主義に基づく祖国防衛戦争だろうとは思っていたのですが、やはり『外交』にこういう記述があったのです。
「アメリカが自己を例外的な存在とみなす考え方は、時には道徳的十字軍に走らせ、時には孤立主義に走らせた。一方、ロシアが自己を例外的だとみなす考え方は、これ、宣教(ロシア正教、共産主義──加藤の注釈)の精神を呼び起こし、多くの場合、軍事的冒険に引きずり込んだ。」(『外交(上)』193ページ)
これがキッシンジャーのロシアに対する見立てなのです。もうひとつは以下の記述です。
「アメリカでは全てが契約関係に基づいているが、ロシアでは全てが信仰に基づいている。この違いを生んだのは、かつて教会が西側で選んだ立場と東側で選んだ立場の相違である。西側では二重の権威(教会と政府)が存在したが、東側では一つの権威(ロシア正教)しかなかった。」(同前)
ここでキッシンジャーが信仰というのは共産主義も含めてということです。だから、今、プーチンの思いの中には、キッシンジャーの考え方からすれば、宣教、宗教を広めている、ロシア主義を広げるということなのです。そのロシア主義とは何だろうかというと、ここでまたキッシンジャーが引用しているのが、ドストエフスキーの言葉なのです。
「国民に聞きなさい。兵隊に聞きなさい。なぜあなた方は立ち上がったのか、なぜあなた方は戦場に赴き、そこから何を期待しているのかと。彼らは一人の人間として答えるであろう。我々はキリストに仕え、抑圧されている同胞を解放しようとしている。我々はたとえヨーロッパを敵にまわしてでも、これらの抑圧された同胞のお互いの協調を図り、その自由と独立を擁護しなければならない。」(同前)
キッシンジャーが『外交』を書いたのは、今から28年前の1994年です。キッシンジャーのロシアに対する評価が当たっていると思ったので、ここに引用しました。基本的には冷戦後の国際秩序が崩壊し、第一次世界大戦以前の古典的秩序に回帰したのかもしれません。
●NPT体制と国連の機能不全
加藤 それからもっと深刻な問題があります。それはNPT体制(核兵器不拡散条約体制)が崩壊したことです。
もちろんNPT体制以前にも、核を恫喝の材料とし、道具として使った例はあります。アメリカにしても、朝鮮戦争のときもそうでしたし、ベトナム戦争のときもそうです。しかし、非核保有国に対してここまで露骨に核の恫喝をかけた例は、過去にありません。これは、NPT体制に対する明白な挑戦というよりも、この体制の崩壊としか言いようがないのです。これは極めて深刻な問題だと私は思っています。
それからもうひとつは、国連の集団安全保障体制の機能不全です。これは前から言われていたことで、もともと集団安全保障体制というのは、設立の当時から問題は抱えていたのです。これは当たり前の話で、国連安保理の常任理事国が国連憲章に違反する行為を行っても安保理は動けない。とりわけ、世界の軍事費のおおよそ半分近くを使っているアメリカが何か事を起こしたら、ほかの国がどれだけ束になってかかっても、それを収めることができない。原理的にそれは無理だとは分かっていた。にもかかわらず、ここまで露骨にされると、もう一度国連のあり方は考え直さざるを得ないだろうという気がします。
だから、常任理事国の拒否権をどうするかということと、それから総会をどのように有効に機能させるかということは本格的に考えなければいけない。けれども、この問題を突き詰めていくと、現在の国連を一度解体して、新たに立て直す必要が出てくるだろうというのが、私の予感です。
その意味で、国際政治的には新たな国際構造、つまり国際秩序を形成することが求められる。今回の戦争は、戦争といっても、内戦とか何かの地域的な紛争ではなくて、国際政治の構造そのものを転換してしまう構造戦争だということです。だから我々が冷戦時代にいろいろ考えていた戦争とか、それから非国家主体がどうのこうのと言っていたのは、構造戦争ではないのです。いろんな話合いとか経済力とかそういうものを使いながら、ルールの変更みたいなものが起こるだろうということを想定しながら、戦後77年もやってきたはずなのに、そのルールを暴力で、武力でもって変更することが行われた。何十年も国際政治学をやってきた者とすると、今まで何を勉強してきたんだろうか、全部御破算だという話です。もう、19世紀末に戻っている、第一次世界大戦以前に戻っている。だからもう一度、立て直す必要がある。そういう意味では、本当に個人的にもいろんな意味でへこみました。
冒頭発言——林吉永
●戦争の歴史を年表にして見てみた
林 この地域の戦史とか自衛官としての経験から話をせよということでありましたので、あえてウィキペディアを自分なりに整理して、戦争の年表をつくったことがあるのですが、それを一般の市民の方にお見せしたところ、ヨーロッパではどうしてこんなに戦争起きるんだという質問を受けました。それに対する答えとしては、好戦的な文化を持っているとしか答えようがない面があります。
しかし、それで片づけたら何も解決しません。そこでまず、紀元前から今に至るまで、百年ごとに何回戦争が起きているかを整理してみました。戦争そのものをどう概念づけるか、定義するかによって、回数のカウントの仕方が変わってくるのですが、現実には古代からの記録の有る無しが曖昧ですから仕方がないので、記録されているものだけを統計的に見てみました。
例えば2000年から2015年の間に起きた戦争については、スウェーデンのウプサラ大学が、25人以上の死者が出た武力闘争、武力紛争を含めて戦争だとして整理しています。その資料を調べると、16年間に27回、つまり半年に一回戦争が起きています。しかし、その戦争が継続した年数を累計してみると、もう207年も戦争していることになるのです。ヨーロッパが中心なのですが、暇なく戦争しているということでもありました。
それから、伊勢﨑さんはこれまで、アフガン戦争はアメリカがやった戦争の中で歴史的に一番長いとおっしゃったことがありますが、私に言わせるとインディアン戦争が一番長いのです。白人が移民してから200年ぐらいやっている。僕は、父親が日本郵船の船の乗組員で、東シナ海で米海軍の潜水艦に沈められたこともあって、アメリカに対して敵がい心をむき出しにするので、こんなことも言うのですが。
アメリカ合衆国としては1776年からインディアン戦争が始まり、500余の部族を北アメリカ大陸で制し、排除し、あるいは隔離し1923年に最後の戦争がありました。この間147年間も北米原住民制圧の戦いを行っています。
プロフィール
柳澤協二(やなぎさわ きょうじ)
1946年生。元内閣官房副長官補・防衛庁運用局長。国際地政学研究所理事長。「自衛隊を活かす会」代表。東京大学法学部卒業。歴代内閣の安全保障・危機管理関係の実務を担当。著書に『亡国の集団的自衛権』(集英社新書)他多数。
伊勢崎賢治(いせざき けんじ)
1957年生。東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。国連PKO幹部として東ティモール暫定行政府の県知事を務めシエラレオネ、アフガニスタンで武装解除を指揮。著作に『文庫増補版 主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿 』(集英社文庫)他。
加藤 朗(かとう あきら)
1951年生。防衛庁防衛研究所を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群教授及び国際学研究所所長。「自衛隊を活かす会」呼びかけ人。専門は国際政治学、安全保障論。早稲田大学政治経済学部卒業。著書に『日本の安全保障』(ちくま新書)他多数。
林吉永(はやし よしなが)
1942年生。NPO国際地政学研究所理事、軍事史学者。航空幕僚監部総務課長などを経て、航空自衛隊北部航空警戒管制団司令、第7航空団司令、幹部候補生学校長を歴任、退官後2007年まで防衛研究所戦史部長を務めた。共著に『自衛官の使命と苦悩』(かもがわ出版)等。