プラスインタビュー

ウクライナ戦争以後の世界と日本――新・安全保障論

特別座談会 柳澤協二×伊勢﨑賢治×加藤朗×林吉永

柳澤協二×伊勢﨑賢治×加藤朗×林吉永

●ウクライナの戦争と占領の歴史を見る

 それからもうひとつ、ウクライナはどんな国かを追跡するため、年表を用意してみました。実線が独立していた時期で、破線が他国に支配されていた時期です。ウクライナは、8世紀にキエフ・ルーシが成立してから後、今日に至るまで、合計約580年間、国の歴史の半分の長期にわたり支配されていました。

在ウクライナ日本国大使館ウェブサイト年表を参考に作成。デザイン=MOTHER

 支配されていても、実は安定していた時期があったようです。ポーランド・リトアニア共和国に支配されたときです。ポーランド・リトアニア共和国は、戦争して一緒になったのではなく、王子様とお姫様が恋愛結婚して平和的に共和国をつくったのです。そのときにウクライナの70%ぐらいがポーランド・リトアニア共和国に支配された。おそらく幸せいっぱいの夫婦に幸せに支配されたんだろうと思います。だから現在、ウクライナの人が戦禍を避けてボーランドに逃げ込むのもよく分かります。いずれにせよ、ウクライナそのものは歴史的に戦争の繰り返しが極めて多く、国が滅びた、また復活したという歴史を歩んでいることが見えてきます。

 

●第二次世界大戦と重ねて見ることができる

 それから、加藤さんがえらく反省しておられるのを伺って、そうじゃないと言いたい部分があるのです。今回の戦争は、クラウゼヴィッツの言う伝統的戦争であることは、確かに形はそうなんですけれども、様々な現象を見てみますと、戦争そのものが変革しているのではないかと私は思っております。

 戦争というのは、あるひとりの国家指導者の不満とか野心が時代精神に一致して、それが戦争に転化されていくことは地政学的にも戦争学的にも常にあったことで、それはすごく理解できます。しかし私は今回の戦争はむしろ、伝統的戦争の最終的なフェーズであった第二次世界大戦に重ねることができるという認識を持っています。プーチンにヒトラーを重ねて見ているのです。

 それは私が、プーチンの精神が衰弱して持たなくなってしまうのを期待しているからでもあります。ヒトラーは、部下が言うこと聞かなくなっておかしくなった。特にモスクワ攻めに失敗し始めると、前線、カリーニングラードの森林の中に防空壕や前線基地をつくってそこで指揮をしていたのですけれど、暗くて昼夜が分からなくなるのです。そうするとヒトラーは不眠症になり、部下は深夜までヒトラーに付き合わなくてはならないなど、薬を飲んで寝るようになる。それで、医者も「おかしい、自律神経失調症ではないか」と思うほど、正常ではなくなっていく。作戦の形勢も劣勢が重なったその結果、部下は言うこと聞かなくなる。悪循環が繰り返されるとヒトラーの精神的ダメージも大きくなり心身を壊していきます。

 連合軍が盛り返し、パリ市内に入ってきたときには、ヒトラーは退却してもいいからパリを焼き払えと言うのですが、部下は言うこと聞かない。副総統をしていたルドルフ・へスに至っては、単身、飛行機でイギリスへ渡って、ヒトラーに断りなく勝手に停戦交渉をしたりもする。

 伝統的戦争の時代とは違って、現在は国際システム、国際社会のひとつの地政学的な広がりがあります。移動距離が長距離になり、かつ所要時間が短縮されているとか、通信ですとか移動手段であるとかが発達したことによって、戦争がきわめて身近なものになっています。それこそ朝御飯を食べながらウクライナの戦闘を見ている。キーウの市民が、あるいはリビウの市民が、自分の家がなくなった、子供が死んだと泣いているのを、飯を食いながら見るような時代になっている。それが今の戦争なのです。それに対して同情はするけれど、何もできないと悔しい思いをしている。気分が他人事ではなくなっていくんですね。

 日本の場合は、所与の国家と私は名づけているのですが、もともと日本列島があるところに国が出来上がった幸せな民族なのです。誰かに国土を奪われたこともないし、自分たちで奪った国土でもない。ですから日本人には、大陸で行われている戦争の形態は全然理解できていないのです。しかも先の戦争体験者がいなくなって、戦争学から遠ざけられ軍事に疎くなっていますから、はっきり言えば脳天気なのです。政治家からしてそうなのです。

 

●ロシアのユーラシア主義と中国の一帯一路が合体すると

 地政学的にはおかしいと言われるかもしれないので、ご指導いただきたいのですが、冷戦構造崩壊の直後に、モスクワ大学にアレクサンドル・ドゥーギンという地政学の学者が戻ってまいりまして、ユーラシア主義を主張し始めます。プーチンがいたくこれを気に入りまして、「将来のロシアはどうあるべきか」ということをテーマにして、ドゥーギンが論文を書くのですが、それはユーラシア主義の拡大というものでした。

 まず元のソビエト連邦の範囲だけでユーラシア経済連合をつくったんですけれども、それだけでは何せ貧乏ばかりなのです。だからドゥーギンは、「ロシアは日本とドイツを引き込まなければいけない」として、2013年頃ですが、領土問題ではドイツと日本に妥協してもいいじゃないかとプーチンに言うのです。いわゆるカリーニングラードの問題と、それから北方四島の問題だろうと思います。そういうところを日本国政府は全く嗅ぎつけていない。だから機を失してしまうことが多くある。

 ところが、ドイツのメルケルはその辺をしっかり押さえていて、まず経済的にということで、ノルド計画ワン・ツーをやったのです。今はそれが経済制裁上悩ましい問題になるわけですけれども、当時は見事にロシアとの接点をつくっていくわけです。

 今回の戦争がユーラシア主義に沿っているとすれば、元のソビエト連邦に含まれていた国が外へ出てしまうのは地政学的、勢力的にはきわめて問題があるのです。NATOとの対峙で安全保障上の安定にも問題が生じるというのは理解できます。

 そうなってくると、次に発生するのが中国問題です。中国にはチャイニーズドリームというものがあり、具体的には一帯一路が非常に盛んに進められているわけですけれども、ロシアのユーラシア主義と中国の一帯一路が合体すると、理屈の上では非常にうまくいくのです。お互いが利益を共有できる。いわゆる価値観も共有してしまうのです。そうすると旧西側にとっては経済も安全保障も対峙するととんでもないことになると思っております。

 プーチンひとりの考え方でやっているロシアと、プーチンと同じようにひとりの考え方で進めている習近平の中国が、こうして一緒にやろうかということになると、対抗国にとってはきわめて厳しい競争、競合相手になります。ロシアがウクライナに侵攻している戦争をやめさせたいという側としては、厳しい冷戦の次の形が生まれてくるのではないかと感じております。

2022年4月12日、ロシアのプーチン大統領とベラルーシのルカシェンコ大統領が宇宙基地訪問 。写真=ロイター/アフロ

 

●敵も味方も一緒になって戦後秩序をつくれるか

 そういった意味では、大事なのは、単にこの戦争をやめさせることはもちろんですが、戦後の秩序をどう回復するかということです。通常、戦後秩序の回復は、勝った側が負けた国に対して意思を強制するものであったわけです。今まではそういうことが多い。第一次世界大戦では、それがドイツにインパクトを与えたからヒトラーが反旗を翻すわけです。第二次世界大戦後は、国連をつくってドイツと日本が監視下に置かれるわけです。

 そういったことを考えますと、戦後秩序の形成で成功した例というのは、敵も味方も一緒になって戦後秩序をつくったウエストファリア体制しかない。その後は全部、勝者が敗者に対して強制する戦後秩序だったのです。

 そういった面で本日は、どういう戦後秩序が考えられるのか、皆様の考え方をお聞きしたいと思っております。そういう中で日本という国、日本人が役割を果たせる何かが生まれてくるのであればもっとすばらしいと思っております。

 

新しい国際秩序を形成する条件
●ロシアの側に何らかの大義はあるのか

柳澤 大事なテーマが提示されていますので、順次、議論していきますが、まず伊勢﨑さんが紹介されたロシアの研究者のお話です。戦局はそのお話の通りに動いているわけですが、ではプーチンがそう考えていたということは、私たちだけが知らなかったというだけでなく、バイデンだって多分知らなかったのではないかと思います。ただ、そうであればあるほど、東部二州で何らかの手柄を立てようという目的のために、あんなに大勢の人を殺すような戦争をやるということが、余計に許し難い感じになってしまう。でもそれは、そういう指導者がいて、そういう戦争を起こしている現実があるというしかない。

 これって本当に、何というのか、本当にどうしようもない状態に置かれているというか、情状酌量すべき余地、同情すべきものが全く見えないのです。ロシアの側、プーチンの側には。その点はどうなのでしょうか。

伊勢﨑 僕は戦争をやる指導者は全て悪魔だと思っています。プーチンであれアメリカの歴代大統領であれ、そこはどの国の指導者でも同じです。今回のプーチンが、“より”悪魔なのは、戦後の「復興」にビタ一文も払わないだろうということです。戦争の勝利者には、復興の責任という問題が付随します。プーチンは、ゼレンスキー政権のレジームチェンジは敢えてせず、破壊するだけ破壊して、その復興の責任を西側に押しつける算段です。冷戦時代にソ連がアフガニスタンに侵攻して、同国を焦土にした後、戦争を終結させ、戦後賠償の責任さえ一切果たさなかったように。今回のウクライナ戦争を、「自由と民主主義」のための代理戦争と位置づけ、徹底抗戦のため武器だけを供与し戦争継続を支援したアメリカ、全NATO・EU加盟国は、もはや復興の責任から逃れられません。日本も、です。

柳澤 ロシアに同情する議論をする人の中には、プーチンはNATOの東方拡大に対して非常に恐怖も感じていたし、物すごい不満を募らせていたのであって、それに寄り添わなかった欧米が悪いという人もいます。けれども、プーチンはふたつのことを言っているのです。NATO拡大のことと同時に、ドンバスでウクライナによってロシア系の住民が迫害を受けていて、だから解放しなければいけないと言っている。実際にあの地域では、ロシア系とウクライナ系の人たちが争っているから、多少の暴力沙汰は当然あるのだろうとは思います。けれどもそれがこんな戦争をするまでの脅威かというと、僕は全然そうだとは思わない。プーチンがそのふたつの理由を挙げて戦争を正当化しているけれども、何というか、彼の考えている本当の戦争の動機はそれとは違うと感じます。

 

●イラク戦争その他の戦争と違いはあるか

伊勢﨑 今おっしゃったのは戦争の大義の問題ですよね。ロシア国民に対してもそう説明している。それが本当にプーチンの個人的な動機かどうかは、本人に聞いてみないと分かりません。だけどそれが大義になったのは事実です。

柳澤 大義ということになると、2003年3月に開始されたイラク戦争のことを思い起こします。あの戦争の大義となったのは「イラクが大量破壊兵器を開発している」ということでしたが、結局それはなかった。同時にあの戦争は、まさにレジームチェンジ、政権転覆を掲げてやった戦争でした。しかし、さっき加藤さんがおっしゃったけれど、違法な戦争なのに誰もアメリカを制裁もできないし、誰もアメリカを止められない。しかし、大量破壊兵器が口実になったという意味でいうと、違法だけれどそれなりの正当性はある武力行使とは言えるというような捉え方があったわけです。ただ、今度のロシアのウクライナ侵略の場合は、国連憲章違反という点は一緒だけれど、ロシアの中でしか通用しない話なのです。けれども、国連憲章違反を言い出すと、そういう戦争を大国はどんどんやってきているので、何が違うのかを考えると難しい。

伊勢﨑 難しいです。いわゆる国際法違反、国連憲章違反、武力で現状を変更するという事例は他にもある。例えばイスラエルによる東エルサレム、ヨルダン川西岸地区、ガザ、そしてゴラン高原の占領。そして、いまだに続く入植活動。

柳澤 ああ、大国ではないけどあるんですよね。

伊勢﨑 はい。同じロシアによるものでも、2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合も。国際社会は大変に危機感を募らせたけれど、アメリカ・NATOは、今回ほどは動かなかった。総出で戦っていたアフガン戦で忙しかったというのもありますが。

 

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プロフィール

柳澤協二×伊勢﨑賢治×加藤朗×林吉永

 

 

柳澤協二(やなぎさわ きょうじ)
1946年生。元内閣官房副長官補・防衛庁運用局長。国際地政学研究所理事長。「自衛隊を活かす会」代表。東京大学法学部卒業。歴代内閣の安全保障・危機管理関係の実務を担当。著書に『亡国の集団的自衛権』(集英社新書)他多数。

 

伊勢崎賢治(いせざき けんじ)
1957年生。東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。国連PKO幹部として東ティモール暫定行政府の県知事を務めシエラレオネ、アフガニスタンで武装解除を指揮。著作に『文庫増補版 主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿 』(集英社文庫)他。

 

加藤 朗(かとう あきら)
1951年生。防衛庁防衛研究所を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群教授及び国際学研究所所長。「自衛隊を活かす会」呼びかけ人。専門は国際政治学、安全保障論。早稲田大学政治経済学部卒業。著書に『日本の安全保障』(ちくま新書)他多数。

 

林吉永(はやし よしなが)
1942年生。NPO国際地政学研究所理事、軍事史学者。航空幕僚監部総務課長などを経て、航空自衛隊北部航空警戒管制団司令、第7航空団司令、幹部候補生学校長を歴任、退官後2007年まで防衛研究所戦史部長を務めた。共著に『自衛官の使命と苦悩』(かもがわ出版)等。

 
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