「あなたも共犯者かもしれない」と突きつけたい
横山 私も窪田さんの『対馬の海に沈む』を読ませていただきました。こちらはJAでの巨額の横領疑惑を追ったノンフィクションですが、その疑惑の当事者である「西山」への目線の変遷が、私がワンテーブルの社長を追っていたときとも少し重なる気がしたんです。私は彼を単純に加害者として書くのではなく自治体そのものの問題に着目していったわけですが、窪田さんも取材が進むにつれ、だんだん西山さんを責めなくなっていきますよね。
窪田 西山さんについては、最初からそこまで「悪」と思っていたわけではないんです。というか、もともと、世の中そんなに明確な「大悪」も「大善」もなくて、誰もがいろんなものを背負いながら生きていると思っているんですね。人間って小さいものだし、なんとか生きていこうとすれば、大きな社会構造の中で個人の正義を通そうとしても成り立たないことがある。取材すればするほど、西山さんが絡め取られていったものの大きさ、深さも見えてきて、単純に断罪することはできないなと思ったし、周囲の人たちも彼が手を染めた「不正」と無関係とはいえないはずだというところに行き着かざるを得ませんでした。
横山 西山さんは最終的に事故なのか自死なのか、車で海に突っ込んで亡くなりますが、窪田さんは自分の解釈として「無数の人たちが彼の背中を押したんじゃないか」と書いていますよね。それを読んだら、無数の生き霊みたいなものが西山さんの背中に手を伸ばしているイメージが湧いてきて、背中がぞっとしました。
さっき、私が本の中で「怒っていた」と言っていただきましたが、窪田さんもこれを書きながら怒っていたんでしょうか。
窪田 取材を始めた当初は怒っていたのかもしれないですが、最後のほうは「なんとも言いようのない気持ちになった」という感じです。世の中の多くの出来事は、悪人が1人で起こしているのではなくて、実はたくさんの人が何らかの形で「共犯者」になっている。そして、みんなそのことを認識しないまま日々を生きているんじゃないかなという思いがどうしても拭えないんですね。
だから、今後も僕は本を書いていくと思うんですけど、書くたびに日本国民1億2000万人の頭をはたいてやりたい、「あなたも共犯者かもしれないですよ」と突きつけたいという気持ちがあります。そこは忘れずに書き続けていきたいですね。

信頼を積み重ねることが、次につながっていく
窪田 横山さんには今日初めてお会いしたんですが、実は会う前は、怒ってばっかりのすごく怖い人なんじゃないかなと思っていたんです(笑)。でも実際にお会いすると全然そんなことはなくて、柔らかな感じの好青年で、とても安心して対談に臨むことができました。
横山 この間も別の人に「怖い人かと思っていた」と言われました(笑)。でも、取材先では最初、チャラチャラしてるように見られることが多いんです。取材に行っても「なんかヘラヘラした兄ちゃんが来たな、これでも書いとけ」みたいな感じになる。
自分では全然「ヘラヘラしてる」つもりはないんですけど、そこは仕事で納得してもらうしかないんだろうと思っています。話を聞いたらちゃんと記事を書いて結果を出す、それによって信頼を積み重ねて次につなげていく。そうすることでしか私は新聞記者として仕事してこられなかったし、その姿勢は今も変わっていないです。
窪田 ちなみに、次の本につながるようなテーマは今、何か考えてらっしゃいますか。
横山 日々の積み重ねでしか仕事をできないので、「次のテーマ」と言われると困ってしまうんですが……何か気になることがあると熱中するタイプではあるんですね。今は宮城県知事選が近いので、6選を目指している村井嘉浩知事が高市早苗さんと同じ松下政経塾出身ということで、松下幸之助の本を読んでそのことばっかり考えています(笑)。今日もちょうど朝刊に記事を載せたところなんですが、この先も取材先や協力者から聞いた話をきっちり記事にしていって、それが続けば「松下幸之助とは」みたいな本になるかもしれないし、また違う方向に行くかもしれないし……いずれにしても、今後も真面目に仕事していきたいなと思います。
窪田 ありがとうございます。実はあと、『過疎ビジネス』が売れたということで、印税の使い道もちょっと気になっていたんですが(笑)、それはまた別の機会にお聞きしたいと思います。今日はありがとうございました。
撮影/甲斐啓二郎
構成/仲藤里美
プロフィール

横山 勲(よこやま・つとむ) 河北新報編集部記者。1988年青森県出身。河北新報社入社後、報道部、盛岡総局、福島総局を経て現職。執筆に加わった連載「止まった刻 検証・大川小事故」は2018年度新聞協会賞受賞。取材班として携わった連載「原発漂流」を含む特集「東日本大震災10年」は2021年度新聞協会賞受賞。自ら中心となって取材執筆した「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は第29回新聞労連ジャーナリズム大賞、調査報道大賞2025・優秀賞、また個人として第73回菊池寛賞を受賞した。
窪田新之助(くぼた・しんのすけ) ノンフィクション作家。1978年福岡県生まれ。明治大学文学部卒業。2004年JAグループの日本農業新聞に入社。国内外で農政や農業生産の現場を取材し、2012年よりフリーに。著書に『データ農業が日本を救う』(インターナショナル新書)『農協の闇』(講談社現代新書)、共著に『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)、『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書)など。『対馬の海に沈む』(集英社)で2024年第22回開高健ノンフィクション賞受賞。


横山 勲×窪田新之助









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