『それでも僕は前を向く』 大橋巨泉 著

傾聴すべき書 石坂浩二

 過ぎた事象は変わることはない、過去とはそういった意味で素直に自信を持って人に語れるものだ。語るべきものかも知れない。
 私の子供の頃、父とは中々会えなかった。いわゆる猛烈サラリーマンで、朝早く家を出て夜遅くに帰って来た。日曜日すら会社へ出掛けていた様だ。
 父の口から記憶に残る言葉を耳にした経験はない。
 しかし近所には饒舌なオジさん達がいた。子供をつかまえては説教をする。子供の頃、そんな経験をされた方も居られるだろう。
 門の前にちょっとした床机を置いて座っている。
“坊、学校の帰りかい、どうだった。今日一番面白かったのはなんだい? なんか為になること教わったかい? まあ座れよ。”
 学校での話から、世の中のこと、人間の生き方等、オジさん達は過ぎた時の中から色々なものを私に語ってくれたのだった。
 今、そんなオジさん達は居なくなった。場所も状況もオジさん達をとおざけてしまったのだろう。
 そして父親は多分昔ながらに中々家庭で過ごす時間は短いに違いない。
 この本は大橋巨泉というオジさんが自慢気に、時にとつとつと、時には立て板に水といった口調で話しかけてくれる。判ろうが判るまいが――、これも床机に座ったオジさん達の特徴である。しかしいつか、何処かでフッと浮かんでくる筈だ、あの時オジさんはこの事を話してくれたんだ――、と。
 読むのではなくこの本に耳を傾けて貰いたい。判ろうと判るまいと。

いしざか・こうじ ●俳優

青春と読書「本を読む」
2014年「青春と読書」4月号より

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