『はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール』刊行記念リレーエッセイ第3回は、弁護士・井桁大介さん。「国家運営のデバッグ」というユニークな視点から、公共訴訟や違憲審査の役割を読み解きます。法律や行政に生じる“バグ”を誰が発見し、どう修正していくのか。憲法と司法を、市民の営みとして捉え直す一篇です。

公共訴訟は、憲法が用意したバグ取りの仕組みでもあります。
工業製品の製造工程にも、ソフトウェアの開発過程にも、必ずバグチェックの段階が組み込まれています。設計や実装には、一定の割合で誤りや見落としが生じる。それを前提として、検出し修正する工程があらかじめ用意されています。
国家や行政の運営も構造は同じです。社会の要請を受けて国会が法律を作り、行政機関がそれを執行する。しかしその過程には、一定の割合で必ずバグが生じます。本来法律によって救われるべき人が制度の対象から漏れる。逆に、予期されていなかった不利益が特定の個人や集団に集中する。本書のなかではいくつかの具体例を扱いました。結婚という制度から同性カップルが排除されてきたこと。選挙のたびに在外邦人の投票権や国民審査権が剥奪されていたこと。刑事手続のなかで一般市民のプライバシーが過剰に侵害されてきたこと。いずれも、立法や行政の現場で生じていたバグです。
日本国憲法は、こうしたバグを取り除く仕組みを用意しています。司法という非政治的な機関が、証拠と理性によって法律や行政の誤りを点検し、違憲と判定する違憲審査制度(憲法81条)です。多数決の論理では救えない個人の権利を、裁判所が冷静に拾い直す。憲法は、国家運営の設計図にそういう仕組みを盛り込んでいます。
ただし、司法は訴えがなければ動きません。原告が法廷に立ち、弁護団が書面を書き、研究者やメディアや市民がそれぞれの立場で議論を続けて、はじめてバグ取りの仕組みは作動します。最高裁が国民審査権の剥奪を認める法律を無効としたのも、複数の高裁が同性婚訴訟で違憲・違憲状態と判断したのも、訴えがなければ生じなかった結論です。警察によるGPSの利用が違憲とされたのも、タトゥーを彫ることに医師免許が不要と判断されたのも、被告人や弁護人がその問題点に気づき、訴訟で問い続けたことによるものです。
違憲と判断されることそのものは決して多くありません。しかし、訴訟の過程で社会の議論が動き、立法や行政の運用が改められることもあります。判決の有無だけが成果ではありません。
公共訴訟を提起すること、傍聴や寄付で支えること、判決を読み議論すること。どれも国家運営のバグ取りに参加することでもあります。それは憲法が求める主権の行使でもあり、「国民の不断の努力」(12条)の一つでもあるかもしれません。
『はじめての公共訴訟』は、その道案内となる地図のような本として、4人の著者で書きました。本書がきっかけとなり、皆様のバグセンサーが書き換わり、バグがどんどん気になるようになっていただければ、著者として望外の喜びです。
プロフィール

(いげた だいすけ)
弁護士。認定特定非営利活動法人CALL4理事・副代表。2008年弁護士登録後、あさひ法律事務所に入所。2019年に井桁法律事務所を設立し、2020年には宮村啓太弁護士とともに宮村・井桁法律事務所を開設した。公共訴訟や人権問題に取り組み、「人質司法に終止符を!」訴訟や母体保護法の違憲性をめぐる訴訟などに関与。2017年より公益社団法人自由人権協会理事、2021年より放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会委員を務める。共著に『スノーデン 日本への警告』『スノーデン 監視大国 日本を語る』(共に集英社新書)など。2026年5月、共著『はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール』(集英社新書)を刊行。
井桁大介





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