対談

夫婦別姓を阻む政治をどう変えるか――女性・若者の政治参加を考える【後編】

政治学者・中村敏子氏が7月17日に刊行した『選択的夫婦別姓はなぜ日本を変えるのか』(集英社新書)について語り合う対談第二弾。後編では、前編に引き続き、政治のジェンダーギャップ解消を目指す「FIFTYS PROJECT」代表の能條桃子さんと「選択的夫婦別姓を実現する政治」のあり方について考えていく。膠着した選択的夫婦別姓の議論を進めるにはどうすればいいか、「伝統」の枷を外してどんな社会を構想するか、「絶望」を「希望」に転換するための、世代を超えたふたりの対話をお届けする。

構成:加藤裕子/写真:五十嵐和博

中村敏子氏(左)と能條桃子氏

反対派こそ読むべき一冊

能條 『選択的夫婦別姓はなぜ日本を変えるのか』というタイトルにはハッとさせられました。というのは、私がこれまで国会議員にロビイングをするときに、「選択的夫婦別姓が実現しても社会はたいして変わらないですよ」「だから、恐れずに早く進めましょう」と安心させるような言い方をすることが多かったんです。でも、この本を読んで、「たいして変わらない」どころか、夫婦別姓ができるようになったら日本の社会が大きく変わるのだということが、すごくよくわかりました。

中村 そうおっしゃっていただいて、嬉しいです。私自身も、この本を書くまでは、夫婦別姓という問題の中に私たちがどのような社会を作っていくかに関わる重要な論点がこれほどあるとは、気づいていませんでした。

能條 私や同世代の感覚からすると、夫婦別姓は単なる制度のひとつでしかなくて、これができないことで結婚するときの壁になってしまっている、だから、その不便を早くなんとかしてほしい、それだけなんです。なのに、「絶対に変えたくない」という政治的意志が本当に強固で、しかもその理由が全然論理的でないというのが、ずっと不思議でした。

「別姓の家庭の子どもがいじめられるからダメだ」と主張されることもありますが、本当に「子どものため」と考えているのであれば、いじめる人が出ないようにするべきですよね。そもそも既に別姓の家庭で幸せに育った子どももたくさんいるのに、そこには目を向けようとしない。この人たちはいったい何を守ろうとしているのだろうかと考えていくと、50年も夫婦別姓が実現しないのには理由があって、要するに明治の家父長制を理想として反対しているのだということが、この本を読んですごく腑に落ちました。

さすがに今の時代、「明治の家父長制の世の中に戻したい」という価値観は大多数の有権者には支持されないし、反対派もそのことはわかっているでしょう。だから「子どもがかわいそう」などと的外れな理由を挙げてくるのだと思います。この本は、その隠された本音の部分に光を当てていますよね。

中村 私、今回の本は夫婦別姓の議論にけっこうインパクトを与えられると思っているんです。今まで反対派が根拠にしてきた「夫婦同姓は日本の伝統」という話は全部論破しましたから、彼らも今までと同じような議論をするわけにはいかないでしょう。反対右派にとって、選択的夫婦別姓に反対するということ自体が自分たちのアイデンティティになってしまっているので、自分の頭で考えて選択的夫婦別姓に反対している国会議員がどれだけいるかはわかりませんが、この本を読んでどう反論してくるかは興味がありますね。

能條 ここ最近、選択的夫婦別姓の議論は、賛成派と反対派がそれぞれの意見を言い合うだけという、膠着状態に陥ってしまっています。この本はそこから本質的な議論を進めていくための土台になるのではないでしょうか。もしかしたら、反対派の人たちも「日本を変える」というタイトルに反応して、手に取ってくれるかもしれません。

保守派の人たちは、よく「日本らしさ」と言いますが、その「日本らしさ」とは何なのかが曖昧なまま、「夫婦同姓は日本の伝統」などと言っている気もします。

私も今回の本を読みながら、「江戸と明治で、苗字のあり方はだいぶ変わってきたのか」「今、保守派の人たちが言っている『日本らしさ』って、明治より前の日本とは違うものではないか」と、すごく勉強になりました。

中村 私がすごく嫌なのは、「夫婦同姓」が西洋から取り入れられたものなのに、日本人の私たちがそれを今でも強制されているというところです。明治時代の日本は、とにかく西洋列強に認めてもらいたくて、キリスト教由来の夫権的家父長制を民法に採り入れました。近代西洋の国では「夫婦同姓」なんてとっくになくなっているのに、日本で今もそれが続いていること自体が、おかしいんです。本当に、何を目指しているのかわかりません。

能條 「伝統的家族観」も、夫婦別姓に反対する理由としてよく使われる言葉ですが、そこで言われる「伝統的」は結局、西洋由来のものだということですよね。私たちが「世界では夫婦別姓を認める国が多数派だ」と説明すると、「西洋かぶれだ」とすごく批判されるんです。でも、「どっちが西洋かぶれなんだろう?」と思います。

中村 本当にそうですよ。

能條 だから、なんとなく「夫婦別姓は日本の伝統に反する」と思っている人たちにこそこの本を読んでもらって、本当にそうなのかどうか、考えてみてほしいです。

中村 日本は元々、夫婦別姓だったわけですからね。保守派は「愛国」と盛んに言いますが、日本が大好きなら夫婦別姓に賛成でないといけないはずなんです。

作られた「伝統」の中身を知る

能條 「伝統」ということで、今日、先生にうかがいたかったのは、福沢諭吉のことです。今回の対談の前編で、先生が東大に入られた時、法学部630人中女子学生は18人しかいなかったとおっしゃっていましたが、私が卒業した慶應大学の経済学部も、当時、女子学生は2割しかいませんでした。経済学部の半数弱が内部進学組なので、女子学生の比率が2割というのは、小学校から高校までの附属校の男女差も影響しているのだと思います。慶應では、小学校にあたる幼稚舎からずっと男女の割合が2対1と決められていて、高校も附属の男子校は2つあり、かなり大規模です。一方の女子校は比較的小規模なものが1つしかありません。

なぜ今の時代に2対1の男女比率を続けているのか、幼稚舎の先生に尋ねたことがあります。返ってきたのは、「女の子が元気すぎるから、男の子が潰れてしまう」、という言葉でした。また、大学でも、「慶應の伝統として維持したい」という思いが現状を温存している背景だと感じることがありました。「伝統」と言うからには、「男子を多く採る」という方針はてっきり福沢の教えから来ているのだと思った私は、そういう「伝統」がある慶應を好きになれなかったんです。でも今回の本を読むと、その「伝統」は福沢諭吉が言っていたことと全然違うわけですよね。まったく知りませんでした。

中村 福沢は私の知る限り世界中の思想家の中で一番、男女の対等性についてきちんと論じた人だと思います。でも慶應は、ただ福沢を祭り上げるだけで、そういう福沢の教えを全然守っていませんね。

今のお話もそうですし、福沢が「自発的結社」として創設した交詢社は、会員制の「社交クラブ」として今も存在していますが、女性はその会員になれないのです。

能條 慶應は福沢をあんなに尊敬しているのに、なぜ彼の男女平等の考えは伝わっていないのでしょう。

中村 丸山眞男(*1)をはじめとする福沢の研究者たちは、彼の思想を主として国家の枠組みに注目して捉えようとしました。福沢が男女平等を主張したということくらいは言われても、それがどれほど重要な議論だったかは、私が研究を始めるまで、まったく論じられてこなかったと思います。

たとえば、「一身独立して一国独立す」はとても有名な福沢の言葉ですが、本当は「一身独立して一家独立し、一家独立して一国独立し、一国独立して天下も独立すべし」なんです。福沢は個人が自立して自分のことを決められるような社会を作るために、「家族」を非常に重視していたのに、「一家独立」が抜けた形で一般に流布しているのは、大問題だと思います。

この文章の根本にあるのは「万物の霊」という福沢の人間観で、元々は儒学の概念です。福沢が同時代に明治民法を作った人々と決定的に違っていたのは、西洋思想を熟知しつつ、女性も男性も「万物の霊」として完全に対等な存在と考えた点にあります。「万物の霊」は、世界に存在するすべてのものの中で最も優れた存在という意味で、人間が本来あるべき姿(完成態)を表現しています。詳しくは、前著の『女性差別はどう作られてきたか』(集英社新書)に書きましたが、福沢は「万物の霊」となるために「学ぶ」ことを重視し、それにより自分が独立した後、「万物の霊」という人間のあり方を家族、さらには国家へと広げていくべきだと唱えていました。

能條 今回の本の終章でも福沢諭吉の「男女関係論」が詳しく紹介されていますが、本当に衝撃的でした。学生時代に知っていたら、「伝統」を盾に女子学生を差別する大学に対し、もっと言えることがあったのに、とすごく残念です。「伝統」と言われていることがいかに作られたものなのか、読みながら改めて実感しました。

「作られた伝統」について、もう少し話を続けると、今回の本の第3章「明治から第二次世界大戦時までの変化」には、明治時代の初めごろ、戸主の地位は男性だけでなく女性にも認められていたと書かれています。それは、江戸時代までの慣習では家督の継承は必ずしも男性に限定されていたわけではなかったことを反映したもので、一時期は納税をしていれば女性にも投票権があったのですよね。この本を読むまで、知りませんでした。

中村 区町村会の選挙に限ってですけれどね。女性の戸主は「女(にょ)戸主(こしゅ)」と呼ばれましたが、明治22(1889)年の衆議院議員選挙法で選挙人(投票できる人)の資格要件に「日本臣民の男子」と明記され、さらに大正14(1925)年の普通選挙法において「満25歳以上の男子」とされることで、「女戸主」の選挙権は完全に排除されました。

能條 つまり、地方参政権という、それまで認められていた女性の地位や権利が、政治的意図によって剥奪されたということですよね。そういう歴史的経緯を知ると、遅れていた昔の時代から少しずつ良くなって今に至るという、男女平等の歩みのイメージが覆されます。

中村 学校の歴史の授業では、近代化とは前よりどんどん良くなるものだという風に教わるけれども、けっしてそういうものではありません。だから政治は重要なんですよ。

能條 「女戸主」の選挙権を排除した政治的意図のベースにあったのは、明治国家的価値観です。それを復活させる流れを今、右派が作ろうとしているわけですよね。選択的夫婦別姓が拒み続けられているということも、その流れの中にあり、私たちは女性の権利が剥奪された過去の歴史的事実に自覚的である必要があるのだと思います。

*1 1914〜1996。戦後日本を代表する政治学者・思想家。福沢諭吉を主な研究対象とした。

変化を促すアプローチは身近でシンプル

中村 私は政治学者なので、国会が法律を変えて世の中を変えていくことに重きを置いてきました。でも今回の本では、これまで分析の対象にしてこなかった経済の分野についても考えるべきではないかと思ったんですね。日本の社会では、高齢男性が権力を握っている政治よりも、経済合理性で動く経済分野の方が実効性のある変化が望めるような気がしますし、実際、経団連などの経済団体は夫婦別姓に賛成の立場になっているわけですよね。

能條 経済界やメディアの意思決定者には男性が多いので、経済合理性の話をすると、説得しやすいという面はあります。私たちも、選択的夫婦別姓への支持を広げていくアプローチとして、「選択的夫婦別姓で法改正にかかるコストは少ないですよ」「実現しないことでこれだけ社会全体に損失がありますよ」などと訴えてきました。 

でも、今回の本を読んで、私たちはなんのために夫婦別姓の運動をやっているのだろうか、ということを改めて考えさせられました。明治国家から今に続く日本の家父長制解体という目的を、正々堂々と掲げることも忘れてはいけないんですよね。

中村 社会に変化を促そうというとき、いろいろなアプローチがあっていいのだと思います。その積み重ねで、少しずつ世の中は変わっていくんです。

私の若い頃を振り返っても、先輩たちが声をあげ、それを我々が引き継ぐことで、いろいろな変化を起こしてきました。たとえば就職するときに、男子学生には段ボールにいっぱい企業からダイレクトメールが来るのに、女子学生には一通も来なくて、本当に頭に来たことを昨日のことのように覚えています。この前、大学の同窓会であった同級生は皆、50年経ってもそのことを怒っていましたよ。でも、今はそんなことはないでしょう?

能條 一応、建前としては、就職で女性を差別することはダメだとなっています。でも、目に見える差別を体験していないことで、すべてが個々人の努力や能力の話に置き換えられてしまい、実際は女性が差別されているという構造が見えにくくなっている気もします。

たとえば、出産をした女性がキャリアトラックから外されるのは、よくあるケースです。それはもちろん女性差別なのですが、いろいろな好条件が重なって、子どもがいてもキャリアを築いている女性も出てきている。そういう事例を見たときに、「自分の努力が足りないからだ」と思わせられてしまうわけです。そうではなくて、女性差別の構造に原因があるのだということをどう伝えるか、そこがなかなか難しいですね。

中村 シンプルに、自分たちがやりたいことができない、だったらやれるようにしよう、という感じでいいのではないかしら。

戦後すぐに東大に入った女子学生たちは「女子トイレを作れ」と運動したし、私たちの時代は「女子が選べる体育種目が2つしかないのはおかしい」と大学に掛け合いました。そうやって、自分たちが「おかしいな」と思うことを変えていきながら、ちょっとずつでも選択肢を増やしてきたんです。

能條 そんなふうに自分たちの日常的な困りごとに取り組んでいくと、参加するハードルも低いですし、運動も広げやすいですよね。

私が母から聞いて「そんなの許せない」と思ったのは、共学でも家庭科の授業を受けていたのは女子だけだったと聞いたときでした。それは、私自身が男女関係なく家庭科を履修する状況で育ったから、「許せない」と思えたのだと思います。

中村 私も許せなかったですよ。私たちが家庭科の授業を受けている間、男子はサッカーしていたんですから。

能條 やっぱり許せないですよね! 

今の学校では、男女の混合名簿もあたりまえですし、「女性だからできない」と言われることもあまりなくなってきています。そういう状況があたりまえという環境にいれば、男女平等の感覚もどんどん変わっていくでしょう。もしかしたら、私たちよりもっと下の世代が今の時代を見たとき、「すごく男女差別されていたんだな」と感じるかもしれません。

中村 結局、それぞれの持ち場で地道に活動していくしかありません。取り組むことは、なんでもいいけれど、変えた先にどういう社会を作りたいのかということを、ちゃんとイメージするのが大事なんです。

自由に生きられる「ヘルシー」な社会へ

能條 この本の最後にも書いてあるように、日常レベルの運動が最終的に家父長制の構造を変えていくという、大きな絵につながっていくわけですよね。

その大きな絵を、男性も一緒に描いてほしいと思います。夫婦別姓やジェンダー平等の話をすると、男女の対立に単純化されて、「自分が責められている」と感じる男性が多い。また、今より女性が苗字を変えることが当たり前だった時代に結婚をした男性の中から、「夫婦別姓を望むのはわがままだ」と、問題を矮小化しがちな発言を聞くことが多くあります。でも夫婦別姓はけっして「わがまま」で片付けられるような小さなことではないし、個人個人の男性ではなく家父長制という社会の構造を批判しているということを、わかってほしいと思います。闘う「敵」は何なのかを具体的に示してくれるという意味でも、この本は男性にもぜひ読んでほしいです。

中村 夫婦別姓の問題は、今現在、姓を変えることを強制されている女性はもちろん、男性にとっても自由な生き方ができる社会につながっています。

また福沢の話になりますが、彼はずっと人間の自由を追求してきた人で、男女の関係についても、その最終的な理想形として、個人の尊厳を重視する「フリー・ラヴ(相愛の自由)」を思い描いていました。「フリー・ラヴ」は、男女は自分の完全な意志に基づく心からの「純粋な愛情」によって関係を結び、愛情がなくなれば自由に別れるという関係ですが、それは文明の究極状態である「文明の太平」において成立するというのが、福沢の議論です。現実的な福沢は「一夫一婦制」を提唱しつつ、ユートピアとしての「フリー・ラヴ」を目指したと言えるでしょう。

夫婦別姓の運動はもう50年もやっていて、「この壁をどうすれば崩せるのか」と無力感にとらわれることもあると思います。でも「ユートピア」があることで、私たちはそれを指針に、諦めずに歩み続けることができます。現実は現実として「フリー・ラヴ」というユートピアを構想した福沢の姿勢から、私たちが学ぶことは多いのではないでしょうか。

能條 先生がおっしゃった「どんな社会をイメージするか」ということで考えてみたのですが、私はヘルシーな社会がいいなと思っているんです。

中村 「ヘルシー」というのは、どういう意味かしら?

能條 経済的な厳しさが増しているとは言え、それでも日本は物質的にはかなり豊かな生活ができる社会だと思います。でも、幸せを感じられているかというと、裏で文句を言ったり、SNSで悪口を書き込んだりして、憂さ晴らしをしてやり過ごすということも多く起きていると思います。それで一時的に欲求不満を発散できるかもしれませんが、問題を解決したり、物事を良い方向に変えていったりする変化につながるわけではありません。

主体的にアクションを起こそうとしないのは、「どうせ自分が言っても何も変わらない」という諦めもあるかもしれません。特に若い世代は、社会の欠陥を「そういうもの」と受け入れて、その中でいかに「賢く」生きるかということに目を向ける傾向があります。それはつまり、社会を信頼できないことの表れなのでしょう。もし皆が問題だらけの社会の中でうまく立ち回れたとしても、それは持続可能ではなく、長い目で見れば、生きやすい世の中にはならないと私は思います。そういう意味で、今の日本は「ヘルシーではない」と感じています。

自分の人生を自分で選ぶことができ、自分たちの社会は自分たちが作っていると実感できる。100%満足できない何かがあったとき、それを自分たちで満足できるように変えていくことができる。そう思えることが「ヘルシー」なのだと私は思います。

中村 同感です。やっぱり自分が生きたいように、自由に生きられる社会になってほしいですよね。

能條 今日、先生とお話ししてきて、「本当に、バトンリレーなんだな」という思いを新たにしました。これまで夫婦別姓は制度としては実現してこなかったけれども、「自分の苗字を名乗れる社会にしたい」という女性たちがずっと訴えてきたからこそ、今も運動を続けられているわけですよね。

私が最初に「バトンを受け取った」と思えたのは、前編でお話しした森喜朗氏の女性蔑視発言に抗議するオンライン署名を集めたときでした。やっている最中は、SNSで一気に広まった現象しか見えていなかったのですが、後になって、全国各地の女性団体の方たちが紙に印刷して、「こういうオンライン署名をやっているので協力してください」と署名を広げてくださっていたと知ったんです。それまで私はフェミニズムというと海外の運動のことしか知らなくて、日本でやっている活動とは接点がなかったのですが、「こうやって地道に運動を続けてきた人たちが過去にいたから、今の自分があるんだな」と思えるようになりました。

先生、今度は私たちの活動の仲間にもぜひ会ってください。

中村 私は最近、政治に絶望していたのですが、前回と今回の対談を通して、少し希望が持てるようになりました。こんなに頑張っている人たちがいるんだから、いつか絶対に世の中は変わりますよ。(了)

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