対談

過疎地と福祉を食いものにする“制度ハック”の罠・後編

『障害者福祉ビジネス』著者・市川亨×『過疎ビジネス』著者・横山勲 対談
市川亨×横山勲

過疎地の再生と障害者福祉。異なる現場を取材してきた二人の記者が、共通する問題として浮かび上がらせたのは、制度や机上の理屈を優先するあまり、生身の人間や現場の実態が置き去りにされる日本社会の構造だった。
前編では、制度の隙間を突いて公金や福祉を食いものにするビジネスの実態と、その背景にある行政の機能不全を掘り下げた。後編ではさらに、現場の声を無視して「あるべき姿」を押しつける行政やコンサルの傲慢さ、そして調査報道を支える組織のあり方へと迫る。制度の論理が人間の現実を押しつぶす社会を、どうすれば変えられるのか。二人の対話は、行政のあり方と調査報道の未来にまで及んでいく。

構成/浮島さとし 撮影/五十嵐和博

人間より制度を優先する行政の本末転倒

──前編では、採算度外視で現場を支えるべき公金が、制度の隙間を突いたビジネスによって吸い上げられている実態についてうかがいました。一方で、そうした安易な解決策に飛びつかず、地道に地元の人と対話を重ねて外部の人間に安易に頼らないというという動きも各地で見られるようです。

市川 はい。横山さんの『過疎ビジネス』で紹介されていた岩手県紫波町のように、町の職員が2年間で100回もの意見交換を重ねて丁寧に進めていくような実践もありますよね。現場の良識ある人たちが声を上げて少しずつ押し返している点に、お互いの本が示す希望があります。

実際、住民自身が「もっと町を良くしたい」という思いを持っていても、役所の職員は日々の激務に追われて、じっくり耳を傾ける余裕がない。その隙間に「こうすれば手っ取り早く解決しますよ」と耳触りのいいコンサルが入り込んでしまう。本来なら、地域に暮らす人たちの声を地道に拾い上げることなしに、地域が良くなっていくはずがありません。

横山 ただ、現実には一筋縄ではいかない難しさもあります。宮城県の「宿泊税」をめぐる議論を取材したときのことです。オーバーツーリズム対策というわけではなく、「観光客を誘致する財源が必要だから」という理由で、宿泊客から広く税金を徴収しようというものでした。県内の宿泊客の約8割はビジネスホテルなどの多い仙台市に集中していますから、その仙台市で集めた宿泊税を県全体の市町村に再分配するという建前です。

 ところが、具体的にどんな事業に使うのか議論が進む中で、ある自治体が宿泊税を使って、地元の花火大会にモノマネ芸人を呼ぶという企画を立てていたことがわかったんです。「宿泊税を使ってタレントを単発で呼ぶイベントに何の意味があるんだ」と、私も取材先などで猛烈に批判していましたし、外部からも疑問の声が上がって最終的には宿泊税の活用事業としては取りやめになったのですが。

 結局、税金の使途というのは、どこが握っていても、放っておけばあっという間に一線を越えてしまう。だからこそ議会やメディア、そして何より住民による監視が不可欠です。住民側も議会や行政におんぶに抱っこで「お客さん」のままでいてはいけないし、主権者として関わらなければならない。

市川 本来であれば、おかしな金の使われ方に対して議会や住民、メディアが違和感を表明し、議論を通じて是正していくべきです。その面倒な民主的プロセスをスキップしてしまうから、おかしなビジネスや無駄遣いがまかり通ってしまうのでしょう。

「税金を払っているんだから行政が何とかしろ」という他人任せの意識が社会全体にあると、結果として目端の利く連中に公金が食いものにされてしまう。自治体と現場の住民がもっと密にコミュニケーションを取れる関係性があれば事態の悪化を防げるはずなのですが、今の自治体にはそこまで現場に深くコミットする人員的・時間的な余力が残されていないという、さっきの人員不足の話に戻ってしまうわけですが。

いちかわ とおる 1972年山梨県生まれ。共同通信記者。慶応義塾大学文学部卒業後、1996年共同通信社入社。地方支局を経て、厚生労働省キャップ、ロンドン特派員、生活報道部編集委員などを務める。社会保障分野に関する取材を約20年間続け、ホスピス型住宅と訪問看護の不正に関する調査報道で2025年度日本医学ジャーナリスト協会優秀賞。

横山  組織内の業務の偏りも極端なんですよ。猛烈に忙しい部署がある一方で、定時になればすぐ帰れるような部署もある。以前、県庁で夕方4時からある課を取材し、5時頃に別の課へ移動したことがあったんですけど、最初の課は全員が鬼気迫る様子で残業必至、という感じだったのに、次の課へ行くと職員全員がすでに帰宅準備を終えてスマホをいじってたりして、課長だけが私の取材対応のために残っている。「こっちはこんなに暇なのか」と拍子抜けした経験があります。

市川 なるほど。ただ、それは個々の職員の問題というより、縦割り行政の構造的なこともあるでしょうけどね。

横山 たとえば隣の課が逼迫していても、別の部署の人間が勝手に手出しすることは基本的に許されませんからね。部署間のバウンダリーに阻まれて柔軟に動けず、効率が落ちて、職員の意欲も削がれてしまうことになります。

 そして、この「決められた枠組みから一歩も出られない」という硬直さは、行政特有の「無謬性神話」とも深く結びついていると感じます。一度決めた計画や前例に対して「組織の判断は間違っていない」と言い張り、現場で綻びが出ていても誤りを認めて改めることができない。その、辻褄合わせで無理な理屈を塗り重ねて、ますます事態を悪化させてしまう。本来は人間を助けるための制度や枠組みのはずなのに、頭の中で作ったシステムの中に現実の人間を無理やり押し込めているように見えます。

市川 まさに「制度のための行政」になっていて、生身の人間が見えなくなっているわけです。福祉や医療の現場でも、実態より「規則に合致しているか」ばかりが優先される場面を本当によく目にします。

横山 これって、最近読んだ本にあった、ゲシュタルト心理学の「図と地」の話と、まったく同じ構図なんですよね。つまり、絵を見るとき、形として浮かび上がるものが「図」で、それを支える背景が「地」なんですけど、この主客が逆転してしまうと、物事の本質が見えなくなってしまう。

 本来あるべき順序は、まず「地」である「ありのままの現場の実態」があり、そこから立ち現れる構図を「図」として認識したうえで、対話を通じて再び現場という「地」に落とし込んでいく。つまり、制度作りって本来はそうした民主的なプロセスのはずなんです。

市川 なるほどね。ところが実態はそれと逆だという……。

横山 そうなんです。今の行政やコンサルは真逆なんですよ。最初に頭の中で描いた机上の空論である「図」があり、それを現場という「地」に、上からスタンプのように無理やり押しつけようとする。そして、現場の実態が自分たちのプランに合わなければ、「現場のほうが遅れている」「住民の意識が低い」と、現実の「地」のほうを都合よく書き換えようとするわけです。

 そんな傲慢なやり方をすれば、至るところで軋轢や歪みが生まれ、公金の無駄遣いや制度のハックが横行するのは当然です。「図」を現場に押し付けるのではなく、何よりもまず「現場という地」ありきで物事を考えなければならないのだと、痛感させられます。

市川 要するに、官僚やコンサルタントが机上で理屈を組み立てて、「現実はこうあるべきだ」と無理やり制度に人間を合わせさせようとするから軋轢が起きるわけですね。人間や現場の実態はそう簡単には動かないのに、設計した側は「自分たちの論理は間違っていない」と言い張るから事態が悪化していく。

 大学で学ぶ政治や経済、法律といった制度は、本来、人間が頭の中で作ったバーチャルな枠組みに過ぎませんが、現場で働く人たちが向き合っているのは剥き出しの生身の現実です。訪問看護ひとつ取っても、その日の本人の体調や気分によって対応は毎回変わるのに、「30分以上滞在しないと報酬がつかない」と決められているから(編注:医療保険の訪問看護で定められている報酬算定のための最低サービス提供時間に基づく)、本当は5分で必要な支援が終わっていても、無理に30分居続けなければならない。制度と、制度ビジネスで利益を上げようとする事業者による歪みが、現場に一方的に押しつけられているわけです。

横山 『障害者福祉ビジネス』に出てくるコンサルが描いた青写真が現場を歪めているのも、「地方創生の勝ち筋はこれだ」と称して自治体の名前だけを差し替えた金太郎飴のような計画を横展開していくのも、同根の病理だと感じます。

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プロフィール

市川亨×横山勲

市川亨(いちかわ とおる)

1972年山梨県生まれ。共同通信記者。慶応義塾大学文学部卒業後、1996年共同通信社入社。地方支局を経て、厚生労働省キャップ、ロンドン特派員、生活報道部編集委員などを務める。社会保障分野に関する取材を約20年間続け、ホスピス型住宅と訪問看護の不正に関する調査報道で2025年度日本医学ジャーナリスト協会優秀賞。

横山勲(よこやま つとむ)

1988年、青森県出身。河北新報編集部記者。執筆に加わった連載「止まった刻
とき
検証・大川小事故」は2018年度新聞協会賞受賞。自ら中心となって取材執筆した「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は第29回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞し、その書籍化『過疎ビジネス』はベストセラーに。

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