中東から世界を見る視点 第7回

ラッカ陥落後の中東の不安

川上泰徳

 シリアで米軍・有志連合とともに過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦をしていたシリア民主軍(SDF)が、10月中旬、ISのシリア側の都ラッカの制圧を宣言した。7月にはイラク側のISの都モスルがイラク政府によって制圧されており、ISが2014年6月に宣言した、イラクからシリアにまたがる「カリフ国」は崩壊した。

 しかし、これでイラク情勢、シリア情勢、さらに中東情勢が安定化に向かうとは考えられない。ISを排除しても、もともとISが出てくる背景となったスンニ派問題は解決していない。その上に、ISを排除した力が、ISに代わる新たな危機を生み出す要因になるという、危機のいたちごっこになっている。

ラッカを制圧したSDFの戦士たち(AP/アフロ)

IS排除の過程で犠牲になった民間人

 ISを排除した力は、イラク側では、シーア派主導政府のイラク軍とクルド地域政府のクルド人部隊、そしてシーア派民兵組織の「民衆動員部隊」である。シリア側では、反体制勢力のSDFであるが、その主力は、シリアのクルド人組織であるクルド民主統一党(PYD)の武装部門クルド人民防衛隊(YPG)だ。米軍・有志連合は、イラクのモスル制圧でも、シリアのラッカ制圧でも、空爆でそれぞれの地上部隊を援護した。

 イラクでのIS掃討作戦については、本コラムの第4回「モスル陥落後の「イスラム国」はどうなる」で取り上げた。その中で、「ISとの『テロとの戦い』の下で、民間人の犠牲に配慮しない空爆が行われ、それがおびただしい民間人の犠牲と大規模な国内難民を生み出している」と書いた。国際人権組織アムネスティ・インターナショナルが集計した数字として、有志連合による空爆やイラク軍の砲撃による民間人の死者は、2017年2月19日から6月19日までの間に「5805人」と、驚くような数字が出ていたことも紹介した。

 米軍・有志連合によるラッカ制圧作戦が始まったのは2016年11月であるが、シリアには反体制地域で活動する人権組織が複数あり、イラクに比べれば市民による監視の目がある。アサド政権軍やISなどすべての軍事勢力による民間人死者を集計しているシリア人権ネットワーク(SNHR)によると、2017年1月~9月の9か月間に米軍・有志連合の空爆によって死んだ民間人は1622人で、民間人死者総数7879人の21%を占めている。ところが、2016年1月~9月の米軍・有志連合の空爆による死者は337人で、民間人死者総数10421人の3%に過ぎなかった。実数で4・8倍、割合で7倍と、急激に増えていることが分かる。

 SNHRの集計は、2016年まではアサド政権軍とロシア軍による民間人死者が多く、そのため「欧米のプロパガンダ」と言われた。しかし、2017年1月に初めて有志連合による死者がロシア軍による死者を上回り、5月と8月はアサド政権軍による民間人死者よりも多く、有志連合による民間人死者が軍事勢力中で最多となった。SNHRのリポートには「有志連合は政権軍やイスラム過激派よりも多くの民間人を殺害」という見出しがついた。

シリアの独立系メディアは何を報じたか

 シリアの反体制派地域の独立系アラビア語メディアも、一斉に、米軍と有志連合に対する批判的な論調をとった。ラッカのジャーナリスト組織サイト「ラッカは静かに殺される」は、2014年4月にシリア人の市民ジャーナリスト17人によって秘密裏に創設され、IS支配地域での人権侵害を報じてきたが、有志連合によるラッカ市街地への侵攻作戦が始まってからは、米軍・有志連合の無差別空爆を批判的にとりあげる報道が増えた。

 侵攻作戦が始まった直後の2017年6月17日に「ラッカといわゆる『解放戦争』」という見出しの記事が出た。そこにはこうある。「(有志連合の)ラッカ焦土作戦が始まって一週間たったが、空爆から逃れることはできないし、ISのナイフにも慈悲はない。ラッカは4年間、砲撃の下にあった。しかし、この数年間のすべての痛みは、先週の1時間とさえ比べものにならない。ラッカ市の状況は非常に悪く、何が起こっているかは言葉にもならない」

 6月21日には「私たちが知っているシリアは過去のものだ」と題する記事が出た。そこには「数週間の間に、数百人の市民が死傷し、市の施設や住宅地や水や電気などの設備は大規模に破壊された。すべて、SDFが市域に入るために起こっていることだ。SDFとその支援者は、市民を守り、テロリズムを排除する戦いという名目で、ISが4年間の戦争の中で行ったよりも多くの民間人を殺した」と書かれている。その上で、「ラッカ市は、市を支配しようとして焦土作戦を行う有志連合とその同盟者(SDF)による組織的な破壊を受けている。民間人に対するあらゆる人権侵害に対しても、ごくわずかか、全く非難を受けることはない。そのような行動は、ISと戦うという口実の下に行われているのだ」と指摘する。

 シリアには、シリア内戦後に反体制地域で誕生した独立系メディアが数多くあり、「革命メディア」と呼ばれる。その一つ、インターネットのアラビア語サイト「ラッカ・ポスト」は、6月17日付の「対IS戦争での報道統制」という記事で、「6月6日に始まったラッカ掃討作戦で、米国は、有志連合のラッカでの作戦に対して幅広い報道規制を行っている。イラクの対IS戦争であるモスルについての報道とは異なり、ラッカ市の戦いについては画像もビデオも出ていない。ラッカでの戦闘にはジャーナリストもテレビ関係者もおらず、米国が主導する有志連合がラッカで何をしているか、誰にも直接見られたくないかのようだ」と書いている。

 モスル陥落時には欧米のメディアも日本のメディアもモスル陥落を現地から報道したが、ラッカ陥落は、SDFと米国防総省の発表として報じた。モスル報道に比べて、ラッカ陥落については欧米メディアの現地からの報道が決定的に少なく、実態が分からなくなっている。

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中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

関連書籍

「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

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