著者インタビュー

水野和夫×片山杜秀 対談 ポスト近代は中世に学べ──「歴史の危機」を乗り越えるために

水野和夫×片山杜秀

資本主義の終焉によって経済の「常識」が逆転した世界で生き残るのは、「閉じた経済圏」を確立した「帝国」だけである――。ベストセラー『資本主義の終焉と歴史の危機』を著したエコノミスト・水野和夫氏の新刊『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』(集英社新書)は、歴史の大転換期に日本の行くべき道を示した一冊です。
刊行にあたり、政治学者の片山杜秀氏をお迎えし、対談をお届けします。
構成=斎藤哲也

資本主義をやめるか、戦争か

片山 水野先生の新刊『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』を読むと、黙示録的な凄みが文章の端々から浮かび上がってきます。このまま資本が暴走すると、原発事故をしのぐような惨事が待ち受けているんじゃないか。そんなシナリオすら想像させますね。
 いまや世界も日本も、非常事態が日常化している現実があります。毎日のようにテロが起きる。シリアをめぐって、米露の対立は深まっている。米と北朝鮮は挑発しあっている。世界中に戦争の火種がばらまかれている状況です。
 そういうなかで、人々のなかから、物事を冷静に議論する力がどんどん削り取られている。そして本のなかでも語られているように、国家は国家で、わざと非常時を演出して、民衆の理性を麻痺させていく。トランプ大統領や安倍総理を見ても、まさにそういうマッチポンプな形で危機を煽っているとしか思えません。リーダーも民衆も理性を失えば、戦争だって起こりかねない。
 そういった政治的な状況が、いかに資本主義の終焉という経済的な出来事と結びついているかが、この本を読むとよくわかると思います。

水野 グローバルな資本主義は、国内外を問わず、世界中に分断を生み出しています。テロリズムだって、グローバリゼーションがもたらしたものです。そうなるといまや、自主的に資本主義をやめるか、なし崩し的に戦争になだれ込むか、という選択を人類は突きつけられているような状況にあるのでしょう。
 でも、もはや一国単位では資本の暴走もテロリズムも食い止めることはできないのですね。だとしたら、国を超えた単位のシステムを構想していかなければなりません。それが本書で示した「地域帝国」というビジョンです。

片山 一国のサイズよりは大きいけれど、世界帝国にならないサイズの地域帝国が、複数並び立つような世界システムですね。そのさきがけとして水野先生はEUを挙げていらっしゃる。それだけでなく、世界が帝国単位に分割されるだろうという壮大なビジョンが語られるくだりは、興奮しながら読ませてもらいました。

水野 そこで重要なのは、それぞれの地域帝国が、それぞれの経済圏として「閉じている」ことです。
 昨年起きたイギリスのEU離脱やトランプ米大統領の「アメリカ・ファースト」は、「閉じる」方向を示した点では意義があると思いますが、一国単位で閉じるのは現実的には難しい。一国単位では、グローバル資本には、勝てないからです。今後は、帝国という単位で閉じる必要があるのです。

 

成長が貧しさをもたらす逆説

片山 ご本のなかでは、「新中世」というキーワードも目を引きました。ポスト中世であるルネサンスが古代に学んだように、ポスト近代は中世に学ぶべきだと。そういう非常に大きな歴史の見取り図が明快に示されています。
 実際、人口減少やゼロ成長など、中世回帰の現象があちこちで起き、世界は無限から有限に向かっている。あるいは、近代が英米を中心とする海の時代だったのに対して、現在はEUやロシア、中国が存在感を増した陸の時代へと転換している。これもまた、中世的な現象です。
 問題は、現代人が新中世を主体的に選んでいけるかどうかですね。

水野 かなり多くの人たちが「いまの状況はおかしい」と薄々は気づいていると思うんです。国際NGO団体オックスファムの調査によると、二〇一六年の世界の富豪上位八人の資産総額は、下位三六億人の財産とほぼ等しいといいます。グローバル資本主義やAI(人工知能)のような技術革新は、ますますこの格差を拡大してしまう。誰だって、そんな世界に住みたくないはずですから。

片山 本来は、政治家がそういうビジョンを明確に示すべきなのに、それでは票が取れないから、できもしない「成長」を言い続けている。それがまた危機を助長しています。

水野 よく誤解されるんですが、私は、成長できるなら成長すればいいと思っています。でも、フロンティアもエネルギーも消滅が近いのですから、もう成長できないんです。それでも成長しようとすると、バブルによって一握りの資本家や経営者が儲け、バブル崩壊のツケは一般の国民が押しつけられ、経済はさらに後退する。成長を求めれば求めるほど、ますます貧しくなるというのが二一世紀経済の逆説なのです。

片山 先生の現状分析には、付け足すことはありません。では、どうすれば水野ビジョンが実現できるのだろうと考えるのですが、政治の貧しさを見るにつけ、どうしても悲観的になってしまいます。

水野 「歴史の危機」を乗り越えるには、三世代では足りなくて、四世代一二〇年ぐらいかかるのではないでしょうか。近代の国民国家という理念も、フランス革命を出発点とすれば、帝国が解体したのは第一次世界大戦あたりですから、その間隔は一二〇年ぐらいです。近代にブレーキがかかったのは一九七〇年代なので、いまはまだ中間地点かもしれません。

片山 とすると、危機はまだまだ続いていきそうですね。

水野 時代が転換するには、何かのきっかけが必要です。現システムから利益を得ている人が社会のリーダーになっているのですから、いままでのやり方ではもうダメなんだということが明らかにならないと、次のシステムには移れないのですね。
 歴史を見ると、システム転換のきっかけはたいてい戦争でした。でも、それは避けたい。戦争ではない形で、現在のシステムが破綻していることが明らかになればいいんです。その点では、日銀の黒田総裁は非常にいい役割を果たしたんじゃないでしょうか。

片山 なるほど。異次元緩和でもマイナス金利でもダメなら、もうどうしようもない。ラディカルな形で、資本主義の終焉を証明していますね。

 

「新中世・日本」の準備を急げ

片山 とはいえ、日本の舵取りを一つまちがえれば、世界的な大惨事に巻き込まれる危険はいぜんとしてあるのではないでしょうか。

水野 そう思います。その引き金になるのは、おそらくエネルギー問題です。エネルギーの争奪戦に日本が加わってしまえば、必然的に戦争に巻き込まれますから。

片山 戦前も、結局は石油を海外に求めようとして自滅しました。その愚を繰り返さないためにはどうすればいいでしょう。

水野 日本は生産力はもう十分にあるのですから、適切な再配分さえできれば、定常状態の経済圏をつくれるはずです。
 現在の世界で、定常状態に入れる資格を持っているのは、ゼロ金利を実現しているドイツと日本だけなのです。日本が新中世のリーダーになれるかどうかは、このアドバンテージを活かし、具体的な経済のモデルを示せるかどうかにかかっています。

片山 本のなかでは、同じゼロ金利国の日本とドイツを比較して、日本がそのアドバンテージを活かしていない、と悲観なさっていましたね。日本が対米追従を続けるなかで、ドイツは一九八〇年代から自覚的に、古びてゆく政治・経済モデルを引きずるアメリカから離れ、新しいモデルであるEUを先導したと。歴史の流れとしては、非常に刺激的でした。

水野 日本の政治は、いまだにアメリカ追随のままですね。私は、早晩、アメリカのほうが「もう日本は必要ない」と手を引くと思います。

片山 まったく同感です。基本的にアメリカという国は、中国が好きなんです。太平洋を挟んで米中それぞれが大きな市場圏をつくることによって秩序を安定させるというのが、一九世紀以来のアメリカの構想ですから。

水野 だから、日本がいま手を組む相手は、ドイツでありEUだと思うのです。ゼロ金利同盟をつくって、ポスト近代の実験を重ねていく。それが新中世への近道です。

片山 そのためには、まずもって新中世の議論を盛り上げなくてはいけませんね。
 かつて新党さきがけは、もう成長しないことを前提にして「小さくともキラリと光る国・日本」というビジョンを打ち出していました。冷静に物を考える状態があれば、こういう価値観に収斂していく可能性に期待ができるのですが、非常時が続けば続くほど、民主主義はポピュリズムに傾いてしまいます。手遅れにならないうちに、この本を多くの人に読んでもらい、「新中世・日本」のビジョンを具体的につくっていかなければなりません。

みずの・かずお●法政大学教授
かたやま・もりひで●慶應義塾大学教授

2017年 青春と読書 7月号「本を読む」より

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