昨年2018年12月に刊行された『安倍政治 100のファクトチェック』は、朝日新聞でいち早く「ファクトチェック」に取り組んできた南彰と、官房長官会見等で政権を厳しく追及する東京新聞の望月衣塑子がタッグを組み、日本の政治を対象に、何がフェイクなのかを明らかにした本格的ファクトチェック本。
刊行前後から今にいたるまでも政権与党の周囲では検証されるべき発言が相次いでいるため、ここに連載として最新のファクトチェックをお届けします。本書と合わせて日本政治の今を考える一助としていただければ幸いです。
【ファクトチェック】首相、閣僚、与野党議員、官僚らが国会などで行った発言について、各種資料から事実関係を確認し、正しいかどうかを評価するもの。トランプ政権下の米国メディアで盛んになった、ジャーナリズムの新しい手法。
Check 1 菅義偉官房長官(2018年11月14日午前の記者会見)
記者 GDPの統計資料についてお聞きします。安倍政権、2020年までにGDP600兆円の達成を目標に掲げてますが、きのう、一部報道で日銀がGDPなどの……。
上村秀紀報道室長 質問簡潔にお願いします。
記者 基幹統計の信頼性に不信を募らせており、内閣府に元データの提供を迫っているのに、内閣府がこの提供を……。
上村報道室長 結論をお願いします。
記者 一部拒否していると出ております。提供できない問題となるようなデータがあるんでしょうか。
菅義偉官房長官 そこはあり得ないと思ってます。
上村報道室長 この後、日程ありますので、次の質問最後でお願いします。
記者 はい。内閣府はですね、加計問題でも政策形成の過程を示す、これさまざまな内部文書がほとんど公開されていないことが問題視されておりました。
上村報道室長 質問簡潔にお願いします。
記者 重要なGDPの統計、基幹統計についてもこれ出せない理由があるんじゃないですか。
菅官房長官 あり得ません。
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勤労統計で不正が続々と発覚
質疑後の2018年末、景気判断の指標とされる厚生労働省の毎月勤労統計で、本来行うべき全数調査をせず、その後、補正を行うなどの不正な統計を行っていた事実が発覚。厚労省事務次官など22人が処分された。不正により、雇用保険などが過少給付されていた労働者は、計約2015万人に上り、追加給付の費用は、システム改修費など計約800億円に上った。
厚労省が毎月出している勤労統計に関して、2018年1月に新たに手法を変えたところ前年同月比の伸び率が跳ね上がり、同年6月の実質賃金、名目賃金は21年ぶりの高い伸び率を示した。これに対して、専門家らから「流石に上がり過ぎだ」と疑問が噴出、総務省の統計委員会でも問題視され、賃金データを基にまとめる内閣府の雇用者報酬でも修正を迫られていた。
その後、日経新聞が、2018年11月13日付け電子版で、日銀が、厚労省統計での賃金の異常な伸び率に注目し、昨年7月の経済・物価情勢の展望では統計方法変更の影響を除いた数字を採用し、10月以降、内閣府と日銀が綱引きを繰り返し、日銀が国内総生産(GDP)などの基幹統計の信頼性に不信を募らせ、独自に算出するために元データの提供を迫っていると報じた。
日経新聞は「内閣府は業務負担などを理由に一部拒否しているが、統計の精度をどう高めるかは、日本経済の行く末にも響きかねない大きな問題をはらんでいる」と指摘している。
この報道を受けて、翌日の11月14日、記者が官房長官会見で日経新聞の報道を基に「(政府に)提供できない問題となるようなデータがあるのか」と聞くと、菅官房長官は「そこはあり得ないと思う」と回答。さらに記者が「重要なGDPの統計、基幹統計についても出せない理由があるのではないか」と重ねて聞いたが、あらためて菅官房長官は「あり得ません」と言い切った。
しかし、昨年12月、総務省・統計委員会の西村清彦委員長の指摘で不正が発覚。厚労省は、2004年以降、全てを調べる必要のある500人以上の事業所について、東京都では3分の1程度を抽出し、調査しただけで済ませ、その後、3倍の補正まで行っていたことが判明した。他にも、統計から日雇い労働者を外したり、新手法での基準値を、過去の数値に遡及させて比較しないなど、確実に実質、名目賃金が上がるような統計手法を採用していたことも判明した。
2019年1月21日、菅官房長官の過去の答弁を踏まえ、記者が「結局、勤労統計で重大な不正が発見されたが、発言は撤回するか」と尋ねたが、菅官房長官は「撤回しません」と否定した。
(望月)
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昨年2018年12月に刊行された『安倍政治 100のファクトチェック』は、朝日新聞でいち早く「ファクトチェック」に取り組んできた南彰と、官房長官会見等で政権を厳しく追及する東京新聞の望月衣塑子がタッグを組み、日本の政治を対象に、何が「嘘」で、何がフェイクなのかを明らかにした本格的ファクトチェック本。 刊行前後から今にいたるまでも政権与党の周囲では検証されるべき発言が相次いでいるため、ここに連載として最新のファクトチェックをお届け。本書と合わせて日本政治の今を考える一助としていただければ幸いです。
プロフィール
南 彰(みなみ・あきら)
1979年生まれ。2008年から朝日新聞東京政治部、大阪社会部で政治取材を担当。政治家らの発言のファクトチェックに取り組む。2018年秋より新聞労連に出向し、中央執行委員長をつとめる。 著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったか』(朝日新書)
望月衣塑子(もちづき・いそこ)
1975年生まれ。東京新聞社会部記者。2017年、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞受賞。著書に『新聞記者』(角川新書)等。共著にマーティン・ファクラー氏との『権力と新聞の大問題』(集英社新書)、前川喜平氏、マーティン・ファクラー氏との『同調圧力』(角川新書)等がある。『新聞記者』を原案とした映画「新聞記者」も全国劇場で大ヒット公開中。https://shimbunkisha.jp/