ニッポン巡礼 kotoba連載版⑤

奄美大島(鹿児島県)

アレックス・カー

手つかずの自然が残る奄美大島。ここにも、公共事業と観光開発の波が押し寄せている―。

 

 二年前のある日、私のフェイスブックのページに「ジャン・マルク T」という人からメッセージが届きました。内容は「奄美大島で巨大コンクリートの護岸を建設する計画があり、このままでは美しい海岸が破壊されてしまう。その海岸を守るために、何かよいアイデアはないでしょうか」というもので、文章とともに「嘉徳(かとく)浜」という場所の写真が添えられていました。

 海岸線に沿って湾曲した広い砂浜があり、青々とした海がその先に広がる嘉徳浜の光景は、映画『南太平洋』のセットから出てきたようでした。その時は具体的にどうすることもできず、「頑張って下さい」と簡単に返事をしただけでしたが、嘉徳浜の美しさはずっと心の片隅に残っていて、いつかは行ってみたいと思っていました。

 そして、この二月、本連載の取材で、ようやく奄美大島を訪れることになりました。出発の前日、ジャン・マルクに連絡したところ、武(たけ)久美(ひさみ)さんという奄美生まれのパートナーとともに、仕事で奄美を案内しているとのことで、私たちのガイドもお願いすることにしました。その名前と、英語でのやり取りから、私は彼のことを外国人と思い込んでいましたが、会ってみたら、フランス人の父を持ち、パリで育った日本人だということがわかりました。「ジャン・マルク T」の「T」は、高木という姓のイニシャルだったのです。

 

日本元来の柔らかさがある原生林

 

 ジャン・マルクと知り合ったきっかけの「嘉徳浜」と、さらに奄美大島の南にある「加計呂麻(かけろま)島」の自然を見ることに、私は大きな期待を抱いて、奄美の地に降り立ちました。

 空港に到着してから約束まで時間があったこともあり、まず、彼が勧めてくれた今井崎(いまいさき)海岸を見に行きました。

 今井崎海岸は奄美本島の北側に位置し、奄美空港からは車で三〇分ほどを要します。教えてもらった通り、山の上にある「今井権現」という神社を目指しましたが、地図では正確な道がわからず、何度も間違えつつ、どうにかたどり着きました。人もめったに来ないようで、神社へと続く苔むした石の階段はシダに覆われています。

今井権現

 段差の大きな階段を、息を切らしながら登っていくと、途中でその両脇に仁王さまの石像の残骸があることに気づきました。一体は足だけ、もう一体は胴体しかありません。「権現」という名や、お寺の現状からして、きっとここは天台宗系の神社でしょう。廃仏毀釈の影響はこんな小さな島にまで及んだのかと思いを馳せましたが、考えてみれば、奄美はかつて薩摩藩の直轄地で、西郷隆盛がしばらく滞在した場所でもあります。維新の爪痕が残っていたとしても不思議ではありません。ここで起きた歴史を見守るかのように、石階段を登った先にはこぢんまりとした神社がひっそりと立っていました。

 神社を出て、さらに細い道を抜けて小高い丘の上の灯台まで行くと、気持ちの良い眺めが開けていました。遠方に見える笠利(かさり)湾の先に、海に浮かんでいるかのように山が続いています。眼下には山肌一面にソテツの原生林があり、さらにその下に目を向けると、弓状に広がる今井崎海岸の白い砂が光っていました。

 今井崎に向かっている時から感じていたことですが、奄美の山には植林がほとんどありません。大半は原生林のようで、山にはふわっとした日本元来の柔らかさがあり、木々の葉っぱも青々としています。

 残念なことですが、日本の山は本州に限らず、九州、四国まで、スギ・ヒノキ人工林に覆い尽くされています。その結果、山は暗く鬱蒼(うっそう)としたものになり、本来の美しさが損なわれてしまいました。奇跡といえるかもしれませんが、この植林の「魔の手」も、奄美にはほとんど及ばなかったようです。日本本来の自然に触れて、私は久々に深い安らぎを感じることができました。

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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