人間は大別すると「天才」と「秀才」と「凡人」に分けられ、それぞれ「創造性」、「再現性(論理性)」、「共感性」と異なる価値基準でものごとを判断するために企業や組織では軋轢や対立構造が生まれてしまうという独自の説を、架空の会社を舞台にして描いた北野唯我氏の著書『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社)。今まで論じられてこなかった視点から炙り出された組織の問題や実態に共感を覚えたビジネスパーソンも多かったようで、10万部を超えるベストセラーとなっている。
その北野氏がこの本の続編として書いたのが『分断を生むエジソン』(講談社)だ。会社を追われた起業家(天才)が新事業を立ち上げるために、コンサルタント(秀才)と対話していくなかで、前作での「天才」「秀才」「凡人」のカテゴライズをさらに推し進め、新たに整理された、4つの世界の存在が解説されている。革新派(天才)が住む「西の国」、「公益」を掲げルールを重視する秀才が住む「中部」、同じ秀才でも「経済」や「組織」を大事にして実利を好む「東の国」、そして「生活」や「家族」に重きを置く人たち(凡人)が住む「南部」という4つの国とその関係性だ。
経済とルールが世の中の中心である現在は、まさに秀才の時代と言って良い。論理性と再現性、そして実利という秀才が求める価値基準が幅を利かせるこの時代に、その他の人間はどう向き合い生きていけばいいのか。北野氏に話を伺った。
──『天才を殺す凡人』は、ビジネスパーソンが読むと非常に共感できるのではないかという印象を持ちました。創造性を大切にする天才は、論理的に物事を考え、システムや数字を大事にする秀才に興味はない一方で、感情やその場の空気を敏感に読み、相手の反応を予測しながら動ける凡人に共感してほしいと思っている。秀才は天才を憧れと妬みの相反する感情を持ち、凡人は天才を理解できないから排斥する一方で、秀才を天才と勘違いしている。
仕事におけるたいていの悩みは、個人の能力の問題もあるけど、その人が置かれている環境や関係性にも原因があることもこの本を読むことで理解できるので、みんな気が楽になると思うんです。加えて、『天才を殺す凡人』も『分断を生むエジソン』も、ビジネス書でありながら登場人物の対話を前面に出した物語的な構成になっていて、とてもユニークです。このような構成は北野さんが考えて、編集部に持ち込んだのですか。
北野 『分断を生むエジソン』はビジネス書ですが、後半は文学みたいになっているので、書いた本人の僕にもどうジャンル分けすれば良いのか分からないのが正直なところですね。この本は僕が企画したもので、もともと「愛ある革命」というタイトルにするつもりでした。昨年の初めぐらいから書いていて、原稿も7、8万文字ぐらいあった。それをどの編集者や出版社と組むのがベストかと考えた結果、講談社を選びました。実際、発売の1カ月前ぐらいまで、タイトルも『愛ある革命』にするか『分断を生むエジソン』で行くのか、ディスカッションしていたんです。
──「愛ある革命」は本の最後の最後に出てくる言葉ですね。この4つのカテゴリー分け、あるいは『天才を殺す凡人』で「天才」「秀才」「凡人」というカテゴライズや関係性・法則性を解き明かしていくことはいつごろから考えていたんですか?
北野 実は、昔からで、先日、実家に帰った際、学生の頃の日記を見直していたら、中学生の時点で人間関係を構築するパターンは6つぐらいある、みたいなこと書いていたんですよ。これを見て、さすがに自分でも気持ち悪いなと思いました(笑)。でも、当時考察している要素は、これらの本の中に入っています。
僕は人間単体を理解することは無理だけれども、人間と人間の間にある力学みたいなものは、ある程度の法則性やパターンがあると思うんです。それを理解するための物理学のような考え方を、社会科学の領域に適用させることはできるのではと考えていたんです。
──すごく面白い中学生だったんですね。この法則性は本を読んで勉強したわけじゃなくて、自分で世界を観察して分類したのですか?
北野 ええ。先に理論系みたいなのがあって、その理論系に基づくと大体のことが説明できる、未来も予測できるというアブダクションという思考法らしいのですが、この思考法が好きでよくやってたんです。別に、「この人はこうだ」ということにはあまり興味がなくて、むしろ、ある関係性の中で特定の条件下においては、ある特定の人々は同じような行動する、ということを見ているのが昔からずっと好きだったんですね。
人間は究極的には3つのタイプでほとんど説明できると最初に考え始めたのは、社会人になってからで、それをブログで書いたら、多くの人に読まれ、結果『天才を殺す凡人』につながっていったわけです。
──この二冊は納得することだらけでした。『天才を殺す凡人』では、片腕だったはずの秀才に追い出される天才社長を、凡人の社員がなんとか救おうとするドラマでした。『分断を生むエジソン』は、その天才社長と、秀才のコンサルタントの二人による対話を主軸にした物語で、そこで語られることは、4つの国のマクロで俯瞰的な世界のことです。ただ、『天才を殺す凡人』を読んだ人には、『分断を生むエジソン』がその進化版ということはわかるものの、内容は抽象度が高くて難しいと感じると思うんですが。
北野 『分断を生むエジソン』は確かに抽象度が高いと思います。ここで出てくる4つの国の話は、その国同士の宗教戦争に近いことを語っていますからね。
ユヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史』で、「一神教の宗教には、多神教よりも他者を占領していく概念を内包している。だからこそ一神教は歴史的に見ても拡大していった」という意図のことを言っていたと思いますが、そう考えると、資本主義社会も一神教だと思うんです。資本主義は再現性が強いですので、共産主義やその他の考え方を駆逐していく力があった。
──『天才を殺す凡人』でも、秀才の論理に、天才や凡人が反論できなくなるシーンが出てきます。
北野 ええ。だから、『天才を殺す凡人』を書いた後、この「秀才の論理=一神教である資本主義」がどういうものかをもう少し解き明かさなければならないと思い始めたんです。
ところが、資本主義社会全体を見ていると、実はその中には複数のパターンがあることがわかってきました。それが、現在の資本主義の主流を占めている「東の国」と「中部」、そこに天才の「西の国」と凡人の「南の国」も合わせて4つの国があり、その4つの国はある種の宗教を信じているというモチーフにすると、読む人にとってもわかりやすくなるんじゃないかと思ったんですね。
プロフィール
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、株式会社ワンキャリアに参画。執行役員として事業開発を経験し、現在、同社の最高戦略責任者、子会社の代表取締役を兼務。テレビ番組や新聞、ビジネス誌などで「職業人生の設計」「組織戦略」の専門家としてコメントしている。
著書に『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社・2018年)『天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』(日本経済新聞出版社・2019年)『トップ企業の人材育成力──ヒトは「育てる」のか「育つ」のか』(編著、さくら舎・2019年)『分断を生むエジソン』(講談社・2019年)『OPENNESS 職場の「空気」が結果を決める』(ダイヤモンド社・2019年)