徳光和夫の昭和プロレス夜話 第2夜

プロレス担当配属の挫折から立ち直れた理由

徳光和夫
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 その前に。

 徳光和夫はいかにしてアナウンサーになったのかを早足になるが、ササッと語ってもらおう。

 

「ご存知の方が多いとは思いますけども、私は高校時代から長嶋茂雄さんに憧れていまして、昭和34年ですか、立教大学を目指して受験し、なんとか補欠で入れるわけです。

 昭和34年というと、すでに長嶋さんは卒業されていたんですが、とにかく憧れていた人ですから、当時はその足跡を追うことを目標にしていたんです。それで追うとなると、まずは球場ですよね。神宮球場です。その神宮球場にタダで足を運ぶにはどうすればよいか考えた時に、頭に浮かんだのは応援団だったんですよ。団員になれば、いつでもタダで神宮球場に行けると踏んだんです。ですから、即決で私は立教大学の応援団に入部しました。

 でも、誤算でしたね。というのも、せっかくタダで球場に入れたのに、試合が観られない。なにせ応援団員は常にグランドに背を向け、観客席の学生に“手拍子をしてください”とか“手の振りを合わせて”だとか指示をしなければいけませんから。そうなると、長嶋茂雄の足跡を追うという当初の目的が達成できないことがわかってきまして。

 だって、例えばですよ、試合を決める大事な場面で、去年まであの長嶋茂雄が守っていたホットコーナーの三塁に尻を向けた状態で立っている自分がいるわけですよ。そんなの許されますか。許されませんよ。学生に指示している暇があったら、1分1秒でも長く3塁を見つめていたかった。去年まで、あの3塁上で長嶋茂雄が試合を決める一球を追っていたのに――。

 だけど、応援団の先輩方はチラ見さえ許してくれませんでした。まあ、そりゃそうですよね。試合後も観客席の学生たちが散らかしていったゴミを団員である私がほうきで掃除するんですね。なんだよ、と思うけども、それも団員の大切な役割。そう自分を納得させて神宮球場の観客席の掃除をする。でもねえ、なんか本意じゃねえな、と。これでは長嶋茂雄の足跡を追うことになってないんじゃないか、と思っていました。

 そんなある日、いつものように神宮球場の応援席で学生たちに応援の指導をしていると、目の端に、ある一団が映ったんです。そういえば、彼らも応援団と同じように毎試合、神宮球場にいるな、と。で、友人に聞いてみたら、彼らは放送研究会だと教えてくれて。当時は、その放送研究会が立教大学の試合を毎試合、応援席の最前線に陣取り録音中継して学食などで流していたんですね。

 そのとき、ああ、そういう部活動もあるのか、と放送研究会に入部しようと思ったわけです。

撮影/五十嵐和博

 単純なことだったと思います。応援団は試合中に後ろを向いていなければいけない、放送研究会は逆に応援席の一番前で選手たちのプレーする姿をその目で追っていける。どちらがよいか、面白そうか、と言われれば、そりゃねえ、放送研究会に決まってるじゃないですか。

 もっと大人になってから知ったのですが、いわゆる応援団を辞めるというのは一大事らしいですね。他の大学の応援団なんか、辞めようとしても部内の規律が厳しかったりして、なかなか辞めさせてくれない。辞めるなんていったら最後、正直な話、先輩たちからボコボコにされちゃうますもんね。

 でも、立教大学のクリスチャン的な校風といってしまえばそれまでですけど、私が試合の実況に興味があります、なので放送研究会に入部したいです、よって応援団を辞めさせてくださいって申し出ると、割と簡単に辞めさせてくれたんですよ。非常に民主的といいましょうか、ラッキーでした。

 そして、無事に放送研究会に入部できたんですけども、その頃はアナウンサーの実況の真似ごとをしているだけで満足していましてね、別に卒業後にテレビ局に入社したいとか、そんなことは別に思っていなかったんです。そのうち私の盟友となる、同期の土居まさるが、こう言ったんです。

『お前さ、そんなに長嶋さん、長嶋さんと言うんなら、いっそのことテレビ局のアナウンサーになって、本物の長嶋茂雄さんと一緒に仕事をすればいいじゃないか』

 そう彼に背中を押された形で、結果的に私は日本テレビのアナウンサー試験を受けることになったんです――」

 

 では、ここからさらに徳光の記憶を掘り下げる作業に突入し、本丸のプロレスとの日々にグイグイ踏み込んでいきたい。

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プロフィール

徳光和夫

1941年、東京都生まれ。立教大学卒業後、1963年に日本テレビ入社。熱狂的な長嶋茂雄ファンのためプロ野球中継を希望するも叶わず、プロレス担当に。この時に、当時、日本プロレスのエースだった馬場・猪木と親交を持つ。

 

 
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