連載:座間9人殺害事件裁判 第11回

座間9人殺害事件裁判「最高の2カ月間」

共同通信社会部取材班
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日本犯罪史上まれに見る猟奇的な大量殺人「座間事件」。白石隆浩被告が死刑判決を受けるまで、計24回の公判をすべて記録した記者たちによる詳細なレポート。 

被害者9人それぞれの事件の審理が終わり、法廷では一連の事件全体を踏まえた白石隆浩被告の審理が始まった。「甘やかしすぎたかもしれない」。被告の母親の供述調書が読み上げられた。これまで感情の起伏が乏しかった白石被告に、初めて動揺が見えた。

 ※白石隆浩被告は2021年1月5日に死刑判決が確定し、呼称は「白石隆浩死刑囚」に変わりましたが、この連載では変わらず「被告」と表記します。

2017年11月、東京地検立川支部に入る白石隆浩被告。写真提供 共同通信社/ユニフォトプレス

 

「白石隆浩の母です。自分の産んだ子が9人を殺害したことは今でも信じられません。亡くなった方やその家族のことを思うと、自分は生きていていいのかと…」

  2020年11月24日の第21回公判。弁護側は、白石被告の母親が捜査段階で語った供述調書を読み上げ始めた。被告の両親のコメントは、私たちが知る限り、事件発覚直後からこの時まで公になっていない。公判でも被告が父親と折り合いが悪かったことは紹介されたが、母親についてはほとんど情報がなかった。何が語られるのか。法廷は静かな緊張感に包まれた。

 母親は、被告の生い立ちから事件後の心境まで詳細に語っていた。

「私と夫は1989年に入籍し、90年に隆浩を出産しました。3086グラムの元気な赤ちゃんで、心から喜びました。隆浩という名前も、夫といろんな本を読んで字画や文字を考えました。自由に物事を考え、行動してほしいと思っていたので、あまりかまわないようにしていました。今考えれば甘やかしすぎたかもしれません」

 数年後に妹が生まれる。

「娘に比べればわがままに育ったと思います。夫は休みの日に子どもと遊ぶことを楽しみにしており、子煩悩な父親でした。年に1度くらいは旅行をしたり私の実家に帰ったりして、どこにでもいる、ごく普通の家庭だったと思います」

 被告は小さい頃からおとなしい子だった。

「テレビゲームが好きで、幼稚園か小学校入学の頃に買ってあげました。1日2時間と決めていても熱中して時間が守れず、何度も注意しました。自分では素直にかわいく育ってくれたと思っています。小学校低学年の時に、高学年にならないと読めない漢字を読むことができ、理由を聞くと『ゲームの攻略本に載っていた漢字を自分で調べた』と言っていました。そこまでゲームが好きなんだなあと感心したのを覚えています。勉強が得意な方ではありませんでしたが、国語だけは成績が良かったです。クリスマスや誕生日には、ゲームをお願いされた記憶しかなく、ゲーム好きでした」

 地元の中学では、野球部に入る。

「野球部は1年でやめました。野球より走ることが好きだと言って、中2からは陸上部に入りました。しかし中3になると、(成長期の男子が膝などを痛める)オスグット・シュラッターという病気にかかり、陸上部もやめました。中2の時に自宅近くの学習塾に通いましたが、ずる休みをすることもあり『行きたくない』と言ったのでやめました。塾をやめると成績も下がり、仲のいい友だちと中3のクラスでは別れてしまい、『学校に行きたくない』と言うようになり、休みがちになりました。『つまらない』『気の強い子ばかりで合わない』と言っていました。いじめにあっていたのかもしれません。強制的に学校に行かせようとしたこともありましたが、かわいそうで、次第に無理して学校に行かせるのをやめました」

 成績が悪かったため、高校は進学校ではなく、就職に有利な学校に進んだ。

「『まわりがだらだらしていてつまらない』などと言っていたので、あまり楽しい高校生活ではないと思いました。欠席や遅刻が多かったです」

 被告の性格も変わっていったという。

「内気に変わっていき、食事以外は部屋に引きこもるようになりました。家族とも最低限しか会話をしなくなり、ゲームをする時間が多くなりました。妹とも会話がなくなりました。いつも部屋を散らかしているので、ゲームの時間を決めたり、部屋を片付けたりする約束をしましたが、守れないことが多くありました。注意すると『今やろうとしてたのに、言われたからやる気がなくなった』と言い返すこともありました。干渉されることをひどく嫌い、注意されると意地でも聞かないこともありました」

 何度注意しても態度を改めないため、部屋のブレーカーを落として強制的にゲームをやめさせたこともあったという。

「その時には隆浩も怒り、部屋の壁を殴って穴をあけました。普段、人に暴力を振るうことがない子でしたが、頭に血が上ると暴力的になることもあるのだと思いました。父とも話さなくなっていきました」

 

 ▽音信不通の家族関係

 調書には、被告の精神的な不安定さをうかがわせる記述もあった。

「隆浩は高校卒業前に3回、家出をしました。場所は北陸、山陰、北海道。当時、携帯で自殺に関する方法を検索していました。自殺を考えていたのかもしれませんが、死ぬことはできず数日間で家に帰ってきました。隆浩は『もうどうでもいいや』『生きていても仕方がない』と言うことがあったので、突発的に死にたいことはあったのかもしれません。どうしたらいいのか分からず、私は『生きていたら楽しいこともあるから』と声を掛けました」

 白石被告は高校を卒業したが、遅刻や欠席が多すぎて学校推薦では就職できず、アルバイト先の自宅近くのスーパーに自分から頼んで就職した。

「学校推薦ならもっと良い会社に就職できたはずなので、本人も本意ではないかもしれませんが、とりあえず決まってほっとしました」

 ベーカリー部門に配属され、朝が早くなった被告は独り暮らしを始める。その後、母親は息子の詳しい状況が分からなくなる。

「このタイミングで夫との離婚を考えました。別居を隆浩に相談せず、事後報告となりました。夫は『隆浩には連絡しないでほしい』と言っていました。隆浩が金にだらしなく、金がなくなると『貸してほしい』と言ってくるからです。隆浩は『仕事の先輩とのつき合いでお金が足りない』と話しており、信じましたが、私の生活が苦しいため連絡は取らなくなりました」

 離婚の理由には触れていない。白石被告の法廷での供述によると、事件までの7年間ほど、母や妹とは音信不通の状態だったという。

 

 ▽快楽を追い求めた2カ月間

 続いて、最後の被告人質問が始まった。弁護人は事件前の仕事だったスカウトについて尋ねた。

 弁護人「どんな仕事でしたか」

 白石被告「女性に声を掛けるのが主な仕事でした」

 

 2015年10月には、ネットで勧誘する別のスカウト会社に入り、楽に稼げるようになった。一生続けたい仕事と思っていたが、違法風俗店に女性を紹介したため逮捕され、有罪判決を受けた。

 保釈後は肉体労働のアルバイトをしたが、すぐにやめて父に金を無心。「死にたい」と落ち込んでいるふりをしたり、遺書を書いて自殺するふりをしたりして父親から金を引き出そうとした。一連の事件前の17年6、7月頃のことだ。

 やがて最初の被害者Aさんと知り合って殺害し、約2カ月の間に計9人を殺す。

 弁護人「2カ月は忙しかった?」

 被告「普通でした。感覚としては体を動かさず、携帯だけで作業しているので、とても楽でした」

 弁護人「2カ月間、遺体が部屋にあって何を考えていましたか」

 被告「処分しなきゃなと」

 弁護人「被害者のことは考えなかったのですか」

 被告「遺体のことを考えることはありました」

 弁護人「聞き方を変えます。被害者の気持ちは考えなかったんですか」

 被告「はい」

 

 人並みの感情が欠落しているような受け答えは、この後も続く。

 弁護人「部屋の中は心やすまる空間だった?」

 被告「はい」

白石隆浩被告にとって「心やすまる空間」だったアパート

 弁護人は、遺体解体に最初は2日間かかったが、最終的には2時間でできるようになっていたと明らかにし、「解体時に遺体の表情は目に入らないんですか」と尋ねた。

 被告「入ります」

 弁護人「どう思いましたか」

 被告「こんな顔をするのか、って感じでした」

 弁護人「申し訳ないという気持ちはなかったんですか」

 被告「はい、なかったです」

 

 弁護人は、白石被告から事件に対する反省の弁を引き出そうと考えて質問を続けているように見えるが、そうだとすれば完全に裏目に出ている。肉体労働のアルバイトと遺体解体、どっちが大変だったかを比較させると、被告は「解体の方が楽でした」と平然と言った。

 検察側も、白石被告が一連の事件にどう向き合っているのかを質問した。

 検察「Aさんを殺害し、初めて人を殺したことに罪悪感は」

 被告「悪いことをしている、罪に当たるなとは考えました」

 検察「後悔はなかったんですか」

 被告「逮捕されるまで後悔はなかったです」

 検察「それぞれの被害者から悩みを聞き、同情したりとかは」

 被告「自分の損得しか考えておらず、相手の事情は考えていませんでした」

 検察「2カ月間、どんな生活だった」

 被告「すごく楽で、自分の快楽を追い求めた生活だった」

 

 検察官はここで捜査段階の被告の供述調書を紹介する。調書の中で被告は「何にも縛られない自由な生活。最高。私なりにゴールにたどり着くまでは、ずっと続けようと思っていました」と語っている。

 検察「これは本心ですか」

 被告「本心です」

 

 ▽最初で最後の「謝罪」

 最後の被告人質問はこの日で終わらず、翌日の第22回公判でも続いた。

 反省の弁を引き出そうとする弁護側は、白石被告のアパートに入っても殺害されず「生還」した女性が2人だけでなく、もう1人いたと新たな事実を指摘した。この女性は高校生で、17年9月に部屋で被告と首吊りの練習をし、被告から「クーラーボックスの中に首が入っている」と言われ、解体に使った刃物を見せられた後、逃げるように帰ったという。

 白石被告は「黙秘します」を連発して問いかけを突っぱね続けたが、最終的には「警察に通報されるかもしれないと思い、『生首はうそ』とメッセージを送っておいた」と認めた。

 続いて立った検察側は「今どんな心境ですか」と尋ねた。すると白石被告は、ここで自分の母親について語りだした。

 被告「正直、昨日、私の母親の調書が読まれ、頭の中は母親のことでいっぱいです」

 検察「どんなことでいっぱいなんですか」

 被告「申し訳ない、本当に迷惑を掛けたなと思います」

 

 被告が初めて動揺している内心を吐露した。前日の公判で母親の供述調書が朗読されている間、白石被告は目をつむり、腕を組んでじっとしていたが、平静を装っていただけなのかもしれないと感じた。

 被告は面会に来た家族が一人もいなかったことも明らかにした。心情を問われると「さみしい、悲しい気持ちがある半面、これだけのことをやったら見放されるのも仕方ないと思います。本当に申し訳ない。難しい話ですが、自分の存在があったことを忘れて生活してほしいです」と話した。

 検察側は被害者9人全員への思いも尋ねた。

 被告「Aさん、Eさん、Fさん、Iさんについては殺害したことを後悔しているが、それ以外には深い後悔を持てていないのが正直な気持ち」

 

 9人全員ではなく、4人についてだけ後悔という中途半端な回答。9人を線引きした理由を問われると「過ごした時間の長さ、その方が置かれていた家庭環境、実際に逮捕につながったこと」と話した。

 被告の言葉を推測で補うと、Aさんは出会ってから殺害までの期間が他の被害者よりも格段に長く、愛着があった。Eさんは子どもがいたことや離婚歴があることへの同情があった。Fさんは被告の望む通り「金づる」になる可能性があり、被告に言わせれば「本来なら殺す必要がない」のに殺害してしまった。Iさんについては、足取りを兄が追跡したため逮捕につながった後悔があった。

 一方、残りの5人について被告は「会って数時間で殺害しており、正直、印象は薄いです」と言い放った。遺族に対しても「直接、面識がないため、正直、何とも思いませんでした」と話した。

 検察側「あなたはこれまできちんとした形で一度も謝罪をしていません」

 被告「はい。すべての罪を認め、一部の被害者に謝罪したい流れでした。どこかのタイミングで謝罪するつもりでした」

 検察側「そのタイミングはいつですか」

 被告「今だと思います」

 検察側「述べてください」

 被告「私が起こした行動により、命を簡単に奪ってしまい本当に申し訳ありませんでした。おとなしく罪を認めて罰を受けます。本当に申し訳ありませんでした。以上です」

 検察側「誰に対する言葉ですか」

 被告「先ほどの4人本人と、一部の遺族の方です」

 

 さらに検察側は、子どもがいたEさんの元夫が傍聴に来ていると告げ、被告に「言っておきたいことはありますか」と尋ねた。

 すると被告は「一言、言わせていただきます。まだ未来のある子どもにしっかりと母性というものを伝えることのできない状況に追い込んでしまい、申し訳ありませんでした。以上です」と述べ、むせんだようなしぐさを見せた。

 被害者や遺族には至って冷淡だったのに、Eさんの子どもへの感情はこれまでの裁判で見せたことのないもので、意外だった。

 裁判官も9人中4人という奇妙な線引きやEさんの子どもへの発言が気になったらしい。最後に白石被告に尋ねた。

 裁判官「ご遺族も傍聴している裁判で『後悔した』と、仮に本心でなくても意図を察して言えると思いますが、言わない理由は何ですか」

 被告「ここまで来たら演技をしても減刑も狙えないです。結局、極刑になったら演技する意味がなく、演技せず正直に話すことにしました」

 

 被告は最後まで自分本位だった。 

(つづく)

 

執筆/共同通信社会部取材班

 

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プロフィール

共同通信社会部取材班

※この連載は、2020年9~12月の座間事件公判を取材した共同通信社会部の記者らによる記録です。新聞を始め、テレビ、ラジオなどに記事を配信している共同通信は、事件に関連する地域の各地方紙の要請に応えるべく、他のメディアと比較しても多くの記者の手で詳細に報道してきました。記者は多い時で7人、通常は3人が交代で記録し、その都度記事化してニュース配信をしました。配信記事には裁判で判明した重要なエッセンスを盛り込みましたが、紙面には限りがあります。記者がとり続けた膨大で詳細な記録をここに残すことで、この事件についてより考えていただければと思い、今回の連載を思い立ちました。担当するのは社会部記者の武知司、鈴木拓野、平林未彩、デスクの斉藤友彦です。

 
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