カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第12回

チョンセと再開発――不動産階級社会としての韓国

伊東順子

 不動産仲介人は二重契約をしており、明らかな詐欺犯罪である。前後の会話から判断すると、ト先生が不動産仲介人に払ったチョンセ金は2億ウォンぐらいだろう。それは首都圏で夫婦2人が暮らす家としては平均的である。ところが実際に大家が不動産仲介人と結んだのは、保証金2000万ウォンに月々90万ウォンの家賃という契約だった。

 90万ウォンとは日本円で9万円弱。大学病院の医師にとって高い家賃だとは、我々日本人にとっては思えない。しかし「いずれは持ち家」と考える韓国の人々は、やはりその分を貯蓄に回せる「チョンセ方式」を選ぶのである。韓国の銀行にはチョンセ貸付という制度があり、その利子は3-4%である。月に90万ウォンの家賃を払うよりも割安なので、みんな銀行からお金を借りてまでチョンセ契約をするのだ。

 

 「司法試験の勉強を6年もした自分がチョンセ詐欺にあうなんて……」

 

 ドラマの中のト先生の嘆きに同情した韓国人は多かったと思う。ここまで明確な詐欺でなくても、多くの韓国人がチョンセをめぐるトラブルに遭遇しているからだ。 

 

私も経験したチョンセのトラブル

 

 チョンセのトラブルの中で最も多いのが、契約期間が満了して退去する時に、そのチョンセ金が戻ってこないというケースだ。何千万円相当の大金が返ってこないなんて、そんな恐ろしいことがあっていいのだろうか? と思うのだが、意外に多い。というのは、このチョンセという賃貸ビジネスは「自転車操業」だからだ。

 大家さんがチョンセで部屋を貸す理由は、その大金を使いたいからだ。したがって大金は大家さん宅の金庫や銀行口座でおとなしく寝ているわけではない。それはそれで別のところに出かけて、忙しく運用されている。

 だから通常は、チョンセ契約の人が引っ越しをする場合、次に入居する人が払うチョンセ金がそのまま回される。それはリレーのバトンのようなものだ。走ってくるランナーからそれを受け取って、家を出るのだ。

 ではバトンが渡されない場合は? ランナー来ない場合はどうなるのだろう?

 詰む。

 私は詰んだことがある。待てど暮らせどランナーは来なかった。理由は明確だった。地下水が浸水して、家が水浸しだったから。そんな家に入居したい人がいるはずもない。大家は少し待ってくれと言った。お金は必ず返すからと。しかし約束は守られず、彼もまた海外逃亡した。結末部分は『賢い医師生活』のストーリーと同じである(金額ははるかに少額だったが)。

 

不動産階級社会の上と下

 

 さて、詐欺にあったト先生はどうしたらいいのだろう? 銀行の借金を返済しながら、また貯蓄をしていくしかない。

 

 「90万ウォンの家賃はきついし、引っ越さないと」

 「うん、今週中に引っ越すらしい。奥さんは坡州の実家で、ト先生は当分週末には考試院で過ごすそうだ」

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 第11回
カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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チョンセと再開発――不動産階級社会としての韓国