カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第12回

チョンセと再開発――不動産階級社会としての韓国

伊東順子

『野蛮なアリスさん』

 

 一方、『野蛮なアリスさん』の著者ファン・ジョンウンは、1976年の生まれである。それはチョ・セヒが雑誌『文学と知性』に「こびとが打ち上げたボール」というタイトルの短編を発表した年だった。

 まるでこの作品の中から生まれた子どものように、ファン・ジョンウンの作品世界はチョ・セヒの世界につながっている。実際、彼女が生まれた街にもやはり「再開発」はやってきて、子どもたちはそれを目撃しながら育ったのである。

 

 作品中に登場する「コモリ」という街のモデルとなっているのは、ソウルの「空港洞」と「麻谷洞」一帯だという。今は広大なニュータウンになっている街の一角には「出入国管理事務所」があり、在韓外国人である私には行く機会もあるのだが、そこで「コモリ」の痕跡を探すのは難しい。街はあまりにも整然と、平然と広がっている。

 主人公のアリシアは、この街で生まれ育ち、再開発の中で家と家族を失った。今は女装のホームレスとして、四つ角に立っている。そして人々に問いかける。

 「君はコモリを覚えているか。」 

 チョ・セヒの作品の「こびと」の子どもたちは、アリシアと弟に引き継がれる。いつの時代ももっとも弱い人々が、もっともひどい暴力にさらされる。

 

 二つの本の初版には35年もの開きがあるのだが、まるで連作のような不思議なつながりを感じる。訳者は当然そのことに気づいていて、『野蛮のアリスさん』の日本語版訳者解説には「『こびと』から『アリス』へ」という項がもうけられている。

 

 その本と『野蛮なアリスさん』を並べてみるとき、貧しい人が再開発の恩恵から締め出された構造が基本的に同じであることに驚く。再開発を契機に持てる者はさらに富み、持たざる者はさらに疎外されることになるのである。

 さらに、……

 

 「さらに」の後に続く解説では、現在においてはその疎外が「野蛮さ」を増していることが指摘されている。映画『パラサイト』に本物の貧困はないと言われる理由がよくわかる。

 ところで著者のファン・ジョンウンが「アリスさん」のモデルを発見したのは、2012年に大阪を旅行していた時だった。阪神百貨店の地下道にいた女装のホームレスは、足に合わないハイヒールを履き痛そうにあるいていたという。

 その人はどこから来たのだろう。日本人は「コモリ」を知っているだろうか。

 

 

 

 

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 第11回
カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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チョンセと再開発――不動産階級社会としての韓国