カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第12回

チョンセと再開発――不動産階級社会としての韓国

伊東順子

  • 「エリート医師でも騙されるチョンセの罠」(ドラマ『賢い医師生活』)

 

チョンセとは?

 

 まずは前回の続きから。『賢い医師生活』のシーズン1第8話に登場する「チョンセ詐欺」の話だ。「チョンセ」とは韓国独特の賃貸制度であり、まずこの仕組を理解することが、韓国生活の第一歩だったという外国人は多い。文学作品などにも高頻度で登場し、翻訳者や読者を悩ませる。私自身も過去に何度かこの用語の解説を頼まれた。その1つは、例えばこんなふうに書いた。

 「チョンセとは韓国独特の賃貸システムである。家を借りる際に先渡し金(チョンセ金)を払うことで月々の家賃が免除され、かつ退去時にはチョンセ金の全額が返済される」(『文藝』2019年秋号)

 要は最初に大きなお金を払うことで、月々の家賃がタダになる。

 「えー、家賃がタダ!?」

 外国人からすれば衝撃のシステムなのだが、ただ最初に払うお金がとてつもない。それがどれだけ大きいか?

 韓国の国民銀行が毎月発表しているマンションのチョンセ価格の中央値は2021年8月現在、ソウルで6億2648万wである。日本円に換算したら約6000万円(!)。ソウルは突出して高いだろうが、全国の中央値でも3億1149万ウォンと、それでも3000万円近くになるのである。

 「それだったら、買うのと同じでは?」

 という価格なのだが、チョンセ価格は売買価格の5割強といわれている。つまり購入となったら、その倍のお金がいるわけで、いきなりそこには飛ぶにはハードルが高いというか、もう棒高跳びでも難しい。

 マンション購入はおろかチョンセも無理な人は、半チョンセという方法を選ぶ。これは例えば3000万円のチョンセを半分だけ払い、残りはウォルセ(月払い)の家賃として払っていく方法である。

 

40歳の大学病院医師の夢

 

 ドラマ『賢い医師生活』に登場するト・ジェハク先生は40歳、シーズン1の時点では夫婦2人暮らしという設定だった。法学部卒業後に医学部を入り直した彼は少し出世が遅れているが、それでもエリートには間違いない。

 そんな彼の直近の夢は「半チョンセ」を完全な「チョンセ」にすることだった。苦労して貯金の目標額を達成させた彼は、ついに「チョンセ契約」をすることになる。

 ところが、それが詐欺だった。第8話は、彼の悲劇を同僚医師たちが解説する場面からスタートしている(日本語字幕は字数制限での省略があるので、以下の会話は韓国語版を直訳した)。

 

 「つまり不動産仲介人が大家さんにはウォルセ契約だと言いながら、ト先生とはチョンセ契約をした。それで大家さんに保証金2000万ウォンと1ヶ月分の家賃だけ払って、残りは持ち逃げしたんですね」

 「そういうこと。なんてこった。ト先生が今まで苦労して貯めたお金なのに……。それに銀行からも1億ウォンを借りているし。その利子も払わなくちゃいけない」

 「犯人は捕まらないんですか?」

 「とっくに国外逃亡したさ」

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 第11回
カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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チョンセと再開発――不動産階級社会としての韓国