宇都宮直子 スケートを語る 第22回

I LOVE YOU

宇都宮直子

 キャシー・リードと会うのは初めてではなかった。

 ただ、それは試合であったり、記者会見であったり、ホテルから会場へ移動するバスの中であったり(過去には可能だったが、現在は選手やコーチとの同乗はできない)にとどまる。

 つまり、私はよく知っているが、彼女はぜんぜん知らないという、よくあるインタビュイーとインタビュアーの関係である。

 にもかかわらず、キャシーは、はじめからすごくフレンドリーだった。

「日本が大好きな気持ち」、ファンへの「I LOVE YOUの気持ち」は、まったく変わらないのだと言った。

「小さい頃から、私には『日本人』という気持ちがあった。今は日本に来られて、めっちゃ幸せ」

 と笑った。

 キャシーは、私がクリス・リードについて訊くまで、ずっとそんなふうだった。クリスは2020年3月15日、心臓の病で突然、逝ってしまった。30歳という若さである。

 最愛の弟、クリスの話をするとき、キャシーは泣いた。涙がぽろぽろとこぼれ、止まらなかった。

 それでも、彼女はクリスの話を続けた。

「クリスのことを毎日、考えている。いつも 『I LOVE YOU』と言っている。

 みんなに、クリスを忘れてほしくない。覚えていてほしい。それはほんとうに大事だから、ずっと話し続けたい。

 今日の出会いに感謝しています。私とクリスのことを書いてくれてありがとう。すばらしいです」

 コロナ禍で多くの人の予定は、大きく変えられた。

 クリス・リードもそうだったのだと思う。

 彼は、姉と一緒に、「大好き」な日本でアイスダンスの選手育成に尽力するつもりでいた。そのための荷物も日本へ送っていた。

 クリスの当時の思いを、2020年3月11日のブログから引用する。全文を、そのままだ。承認は、キャシーから受けている。

「どうぞ、全部、使ってください。もちろん」

 と、彼女は言った。

 

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宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

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プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
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