宇都宮直子 スケートを語る 第21回

小さい子たち

宇都宮直子

 春以降、原稿は一本しか書かなかった。アイスショーにも行かなかった。目が回ってしまうので、テレビもあまり見なかった。
 新型コロナワクチンの接種を二回、受けた。基礎疾患枠で、ファイザー製だった。一回目は腹痛が酷く、二回目は血圧が二〇〇近くまで上がった。アレルギー体質のためか、モデルナアームのような症状も出た。
 でも、後悔はしていない。受けられてよかったと思う。接種は義務ではないが、重症化リスクの高い私には必要だったのだ。
 都築章一郎コーチとは一度会って、一度電話で話をした。
「お元気でいらっしゃいましたか?」
 挨拶を交わしてから、羽生結弦の話を真剣にした。
 都築は穏やかな人だが、羽生の話をするときは熱くて鋭い。ときおり尖る。たぶん、人生をかけて、羽生を愛しているのだと思う。都築の話を、私は涙を浮かべながら聴く。いつもそうだ。
 
 九月の終盤には、集英社の編集者と会った。
 連載の担当者は「フィギュアスケート」と書いて「羽生結弦」と読む(実を言えば、私にもそういう傾向がある)。筋金入りの羽生ファンだ。
 その日も、羽生結弦の話をした。原稿が書きたくなるくらい、たくさんした。楽しかった。
 体調を崩したり、新型コロナウイルスの影響を受け、執筆は休んでいた。だけど、そろそろ仕事に戻らなければ、本の刊行が遅れてしまう。来年に、二冊の予定だ。
 そういうわけで、連載も再開させていただく。まず、ロシアのことを書きたいと思う。コロナさえなければ、ロシア関連の本が今年刊行になっていた。
 海外での取材は、今も困難だ。二重三重に課題がある。
 それでも、 
「またお目にかかりましょう」
 と約束をした人たちが、ロシアにはいる。タフな国だが、私はロシアが恋しい。とても懐かしい。だから、書く。

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宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

関連書籍

羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程

プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
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