「子どもスコープ」
子どもの小ささや先入観のなさ、そして文字情報に頼らず「おもしろいもの」を身体的に捉えようとする姿勢は、歴史の表舞台にはなかなか現れない生活のすみっこを照らし出す。それは遠い過去や、異文化を生きる人びととのつながりを感覚的に知る基盤になり、現在の日本に生きる自分を問い直すきっかけにもなり得る。
子どもならではの関心や反応、細部にそそがれる独特の観察眼。「子どもスコープ」とでも呼べそうなその視点を、私はいつしか重宝するようになっていた。子どもを「連れて」ではなく、子どもと「ともに」鑑賞することの共創的な効果を意識したのだ。ただ、相手が幼児なだけに、「スコープ」は必ずしも理性的な環境でばかり発動するものではない。
たとえば、ノルウェー西部にあるハンザ同盟の中心都市、世界遺産ベルゲン(ブリッゲン)のブリッゲン博物館で、簡易な手織り機を体験したとき。「やりたい!」と言うので2台ある手織り機の前に座らせ、前の人の所作にならって、横糸を巻いたシャトル(杼)を上下に分かれた縦糸のあいだに通し、櫛で上から押して形を整えていく。
「昔、学校で習ったわ」と、年配の女性が次女を手伝ってくれたのは嬉しかった。異言語・異世代の2人が手を取り合って布を織りあげていく。その一方で、一人がんばる長女は「からまっちゃった」と顔をゆがませ、手助けすると「おかあさんのせいで変になった」と逆上。強引に糸をほどこうとするのを抱き上げてひっぺがした。せっかくの体験の場で騒いでしまい、申し訳ない。

このときは私も精一杯だったけれど、あとで振り返ると「手織りで糸がからまる」というのは、初心者の「あるある」な失敗にちがいない。いらいらしてしまうのも、忍耐力のない子どもならでは。となれば、これは「子どもスコープ」の出番ではないか。
この卓上手織り機には「そうこう」と呼ばれる縦糸を一気に広げる装置がなかった。上手な人は縦糸をすくって上下をしっかりと分け、シャトルを滑るようにして水平方向に通すけれど、写真や動画を見直すと、長女のシャトルは角度が安定せず、縦糸のあいだをさまよっている。私もきっと似たようなものだったはずだ。
そうこうは原初の手織りを格段に効率化する古代のイノベーションだった。近代のイノベーションは、1733年にイギリスの発明家ジョン・ケイが開発した「飛び杼」だ。バネを利用して縦糸を高速・自動ですり抜ける飛び杼は、イギリスの世界遺産ダーウェント峡谷の工場群で実演を見たときは「はやい!」と驚いただけだったけれど、いま、こうして手織りの難しさに触れると、それがどれほど画期的だったかよくわかる。産業革命のきっかけになったのもうなずける。
縦横の糸を組み合わせて布を織る。その技術革新の歴史の傍らには、長女のようなままならない感情や、次女が受けたような手ほどきの光景が、無数に散りばめられていたのだろう。伝統的な手仕事を体験する意味は、懐古だけではなく、歴史の源流をのぞき、自分の手で触れることにあるのではないか。子どもの退屈も、わがままも、ネガティブな感情でさえもそのトリガーになり得るなら、(作品と周囲に迷惑をかけないのは大前提として)そう悪いことばかりでもないと思える。
プロフィール

大手報道機関での事件記者を経て文化遺産に傾倒し、学芸員資格を取って文化部記者に。ビジネス系ウェブメディアで働きながらアートメディアや要約サービスに寄稿。2025年に研究者の夫に同行し、幼い娘2人を連れてヨーロッパ11カ国、350件以上の文化遺産を鑑賞する旅に出た。
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