【短期連載】ある音楽家の "ステイホーム" 第9回

ステイホーム~外の世界②~

「弾き籠る」生活の日常と非日常に思いを馳せる
黒田映李

 

 「尊い時間」。4月初旬の本番を目指して積んだ、3月の稽古。あるかもないかもしれない舞台へ向けて出演者皆で過ごした準備時間を、そう言い表されたのは大竹しのぶさんだった。

 大道具さんもいて、舞台照明を整え衣装もつけて、なによりも美しいストーリーを携えての、リハーサル。3月中、周囲に予定されていた他の舞台はどんどんキャンセルとなり消えていってしまったけれど、あと2週間経ったら、あと数日経ったら、明日になったら状況が変わるかもしれない…。関係者全員で希望を絶えず持ち続け、二カ月間の集大成を発表できる、お客さまに見ていただけるその日を楽しみに、稽古を続けたと言う。しかし、思い叶わず舞い込んできてしまった、公演中止の知らせ…。

 “舞台仕事がなくなり、久しぶりに大きな声を出して、聴いて下さる方々へ向けておしゃべりしている。そんな今、どこか恥ずかしさもある”

 それ以来に登場されたというラジオ番組の中で、大竹さんはご自身のお気持ちを、とても丁寧に語られていた。

 

 5月初旬の今日、ウイルスとの共存へ向けた、行動変容の途中。ここでは、“ステイホーム”下での活動指針を皆がそれぞれに持っていて、あらゆることへの意見が乱立し、対立しがちになっている。その中のどれが正しくて、正しくないのか。諍いのニュースを見つけると、最早、正解不正解なんてものはないのかもしれないとも、思えてくる。

 混乱の中での、日々の暮らし。記憶の片隅にくっついて離れないのは、大竹さんの放たれた、“尊い”という言葉であるようだ。今後どんな時間を重ねて、その先でどんな行動変容が確立するとしても、形として残ることはないかもしれない時間へも“尊い”という形容が在るような、大切にされるような、そんな世界があることを、ただ、今望めたらと思う。

 

 

1 2
 第8回
第10回  
【短期連載】ある音楽家の

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

プロフィール

黒田映李

愛媛県、松山市に生まれる。

愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。

現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。

2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。

故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。

日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。 

2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。

これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。

2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。

ホームページ http://erikuroda.com

 

 

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

ステイホーム~外の世界②~