世界中が新型コロナウイルスに翻弄され続けるなか、気づけば終わりに差しかかりつつある2020年。今なお正常化からは程遠い日々が続く一方で、近所への買い物でさえ自粛を促され「不要不急の外出」を控えた4~5月は既に、記憶の後景へと退きつつある。未だ収束しないコロナ禍の延長線上に、Go To キャンペーンが喧伝される現在もまた存在するのだと考えれば、違和感は一層深まるばかりだろう。
去る5月、ゴールデンウィークが明け緊急事態宣言は延長された。その時に我々は何を思ったのであったか。ピアニストが瑞々しいタッチで綴った当時の日常から、その移ろいに思いを馳せる。
「1、オンライン〇〇」
「オンライン」という冠名は世に大きく轟き始めている。
オンライン授業、オンラインレッスン、オンライン飲み会、オンライン帰省に引き続き、
オンライン委員会、オンライン名刺交換、オンライン説明会、オンライン採用、オンライン親子面談、オンライン動物園…
ある面ではとても新しい試みに挑戦することができ、画面を通じて少し緩やかな共通項を敷くことができれば、自由度も増すシステムである。
その一方で、予定調和をこなすこと、今に帳尻を合わせて進むことがオンラインであると見える点も出てきており、ここにきて本質の損失、元通りの世界への強制的な歩み、その為に決まっていることをこなすのだという側面が目立ってきているようにも感じている。
「2、価値・価値観の変容」
にわかに個人チャンネルが数多く立ち始めた今、“オンライン演奏”への思いを始まりに語ってみようと思う。まずはクラシック音楽に限りたく、クラシック音楽の演奏家への道のりを述べてみようと思う。
作曲家の生まれ育った国と時代、そしてその作曲スタイルを明確に表現し分けることができるよう、学びを積むことから、それは始まる。表現のスキル修得には、自らに必要な師匠を探し、脈々と流派を受け継いでおられるその師匠の方々から徹底的に教え込んでいただき、必要ならば更にもう一師匠、更に更にもう一師匠と探して師事し、修行を経て独立独歩する。独立の船出を切っても、一生何かが未完成で、修行を続けているような気分で、芸術と向き合って生きている。その感覚はもしかしたら、どの分野にも通じることなのかもしれない。
「教育の資料・学びのきっかけ」「誰かを勇気づけることができる」「作品を知っていただく」「普段実現しないようなセッションが生まれる」そんな点においては、演奏動画の作成、公開はある意味、有意義なのかもしれない。ではそれと同時に、作品・芸術そのもの、芸術家への尊厳は揺るぎなくあって、本質は守られているか。そして今、クラシック音楽家へ求められていることへの明確なリサーチなく、オンライン演奏が盛り上がりきってしまう風潮は、黙視して良いものなのだろうか。
学校休校の政策が発表された3月初旬。様々なコンテンツが無料で開放された。音楽のみならず、マンガやアニメ、映画、書籍、料理レシピ、教育プログラム。更に広げると、お弁当や給食。それらは突然の事態への“一時的な救い”として生まれたものだと思うが、事態はそのまま長期化を迎えてしまい、それぞれがその後の対応に苦悩することとなってしまった。その課題そのままに、5月初旬の今は、ウイルスとの共存へ向けて行動の変容が迫られ始めている。この影響は、各分野における主体そのものの価値、そして、人々がそれらへ抱く価値観にまで、今後、及んでくるかもしれない。
音楽の世界に戻り、個人チャンネルとは別の部分を見る。
世界の主要劇場や巨匠音楽家が配信している動画には感銘を受けることも、この状況下では多々ある。しかし、今後しばらく続くであろうウイルスとの共存世界に於いてこれらの“配信”という形が続く場合、劇場で鑑賞することと同等の“芸術の価値”は、果たして保存されるのだろうか。
新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。
プロフィール
愛媛県、松山市に生まれる。
愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。
現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。
2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。
故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。
日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。
2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。
これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。
2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。
ホームページ http://erikuroda.com