被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世 第15回

被爆二世の「不安」に応えるものは?

【放影研 ゲノム解析開始(後編)】
小山 美砂(こやま みさ)

 被爆二世が歩んできた戦後を辿る本連載。放射線影響研究所(放影研)が開始したゲノム解析調査について取り上げてきたシリーズは、今回が最終回となる。
 放影研では1947年の設立以降、遺伝的影響の研究が続けられてきた。2025年末に着手することを発表したゲノム解析調査では、「遺伝情報の総体」とされるゲノムを調べることで、親の受けた原爆放射線が子どもに影響を与えたか否か、より深く理解したい考えだ。
 前回記事では放影研の研究者に対するインタビューを紹介したが、そこではゲノム解析調査の「限界」が浮かび上がってきた。新時代の調査は、被爆二世と私たちの社会に、一体何をもたらすのだろうか?

※肩書はすべて当時のもの

市民公開講座で語られた、あるキーワード

 ゲノム解析調査は、被爆二世やその周辺にいる人々を幸せにするのか――胸にわだかまりを抱えたまま時は流れ、調査に向けた検討は続けられた。そして2024年4月、放影研は「市民公開講座~親の被爆と子どもの健康~」を広島と長崎で開催する。

 同月13日、私は広島市中区の平和記念資料館で開かれた講座に参加した。地下1階のホールを訪れた聴衆は約200人で、ほとんど満席になっていた。

 放影研の遺伝的影響に関する調査の歴史について紹介があった後、計画段階にあったゲノム解析調査の説明に移ってゆく。広島大学病院遺伝子診療科の檜井孝夫教授が登壇し、実際の医療の現場において、ゲノム検査とカウンセリングがどのように実施されているかも説明された。

 最も興味深い気持ちで聞いたのは、後半のパネルディスカッションだった。

 議論のとりまとめ役は、前回記事でインタビューを紹介した放影研・分子生物科学部部長の野田朝男さんが務め、檜井教授や外部諮問委員会の委員らが登壇した。中には、自身も「被爆二世」あるいは「三世」と明かす人もいた。ゲノム解析に期待を寄せる発言が続く中、印象に残った言葉があった。「多様性」だ。

 ある登壇者は、ゲノム解析への注文としてこう述べた。

「調査をすることで、人々にどんな利点がもたらされるのかが大事だと思います。あらゆる調査は調査のためにあるのではなく、地球がよりよい場所になるためのものでないといけません」

「人類のすばらしさを訴える調査になればと思う。多様性が受容される社会づくりに、今回の調査が貢献できれば」

 これらの発言を受けて、野田さんは思いを述べた。

「人の多様性を受け入れるような社会が必要だと思います。親と子どものゲノムを調べた時、子に新しい変異がみられるのは一般的なこと。ゲノムの変化が見つかった時に、ただちに『大変だ』と受け取られないような……私たちはゲノムの揺らぎの中で生きている、ということが共有できればよいですね」

 これまでの連載でも取り上げてきたように、ゲノムの変異は一般的な親子でも生じる。確かに私たちは、「ゲノムの揺らぎ」の中で生きているのだろう。

 内閣総理大臣の諮問機関である科学技術会議の生命倫理委員会が、2000年6月に策定した「ヒトゲノム研究に関する基本原則」には、次のようにある。

各個人のゲノムはそれぞれに異なっており、各々の遺伝的特徴が個人の独自性と唯一性を示すとともに、人類全体が多様であることを表わすものである。それゆえに、何人もまたいずれの集団も、遺伝的特徴の如何を問わず、その尊厳と人権が尊重されなければならず、互いに平等であって、またいかなる差別の対象ともされてはならない。

 ここでもうたわれている通り、人類は多様で、互いに平等だ。私たちがもつゲノムは一人ひとり異なっていて、その「多様性」は尊重されるべきである。

 だが、どうもすっと腑に落ちない。

 確かに多様性は重要だ。しかし、被爆二世に特有のゲノムの「揺らぎ」が見つかった場合、「多様性は大事だから受け入れよう」というかけ声で、単純に済ませてよいものか。その突然変異が自然発生によるものではなく、親が原爆に遭ったことによって生じたものだとしたら? ならばそれは、「原爆被害」とも捉えられるのではないか。

「多様性」で済ませてよいのか?

 終了後の記者会見で、野田さんに尋ねてみた。

「多様性を受け入れる社会はもちろん大切です。しかし、被ばくによる突然変異があるとわかった場合、多様性は大事だからいいよね、と言うだけで済ませてはいけないような気がして……」

 野田さんは「難しい問題ですね、確かに」と受け止めた後、次のように考えを話してくれた。

「難しい反面、自然に起きる突然変異は、20~30くらいの人もいれば120くらいの人もいます。みんな違うんですね。これに加えて、被ばくによって突然変異がいくつか増加した場合でも、健康に影響が出るようなものでなければ、許容するような社会であってもいいと思うのですが、いかがでしょうか」

 そうと認めてよいのかわからず、悩みながら問いを重ねた。

「ゲノム解析を望む被爆者や被爆二世は、自分たちに影響がないことを知りたいと同時に、影響があった場合の“支え”を求めているのではないでしょうか。多様性を認めるとか、受け入れるとか、そういう話じゃなくて、このデータが今後どういう意味を持ってくるのか……そこをどう思っていらっしゃるのか……」

 しどろもどろになって、うまく整理して質問することができなかった。野田さんの隣にいた主任研究員の内村有邦さんが、意を汲み取ってこう答える。

「先週、解析に協力していただく方々を対象に説明会を開きました。そこで、『影響のある、ないを調べるのは結構だけど、もし影響が見つかった場合は、私たちのからだを少しでも良くするところまで考えてくださいよ』と言われました。本当に大事な視点だと僕も認識しています。残念ながら影響がありました、で終わってはいけない。健康の増進や病気の予防につなげられたらと思っています」

 野田さんも続けた。

「ゲノム解析をしたとしても、これまでの調査結果が急にひっくり返ることは考えにくいと思います。ただし、被ばくによって引き起こされやすい傷のようなものが仮に見つかった時、どう対処してゆくべきか話ができれば、それは素晴らしいことだと思いますね」

「なぜ調査を?」被爆二世の疑問と科学者の答え

 市民公開講座の会場では、ゲノム解析に対する否定的な声も聞いた。神奈川県から参加した被爆二世の女性は、こんな風にいぶかしんだ。

「結局、遺伝的影響を否定したいがための調査では……?」

 彼女がこう受け止めた理由としては、講座の中で野田さんが「ゲノム解析を行っても、最終的な結論が出るとは思っていない。これまでよりも詳しい話ができると期待している」と述べたことに引っかかりを覚えているためだった。

「最終的な結論が出ないのに、どうしてそれでも実施するの? そこが、どうもわからなかった。私たちが抱えてきた具体的な病気について、耳を傾けてほしいのだけど」

 結論が出せないのならば、私たちはいつまでも「モルモット」のままなのか? 遺伝的影響があるのか否か、苦悩の日々は続くのか――。

 被爆二世たちが抱える思いは、真実だ。会場で聞いた声を野田さんに伝えたところ、「被ばくによる影響を確信している人に、科学的に、うまく伝える方法は永遠にないのかもしれませんね」と、悩まし気に言った。

 例えば放影研の推定方式では被ばく線量がゼロの被爆者がいるとする。その人が、わが子が患う白血病の原因を原爆に求めた時、「あなたは計算上被ばくしていないので、原爆の影響ではありませんよ」と、誰がその人に言えようか。科学だけでは答えられない領域があるはずだ。

「それでも、原爆放射線の影響を調べることが放影研の使命なんですよ」

 それが「なぜ調査を?」という疑問に対する、科学者としての野田さんの答えであった。

 放影研は、広島大学および長崎大学と協定を結び、調査協力者に対する遺伝カウンセリングや医療支援につなげる体制を整えた。だが、それはあくまでも調査に協力した人に対するフォローアップだ。調査に関わらない圧倒的多数派は置き去りにされてしまう。

 被爆者への援護施策を実施するのは、行政府だ。被爆者援護についていうと、厚生労働省にその責任がある。とはいえ、調査を行う研究機関がなんの責任も取らなくてよいはずはないが、やはり限界がある。

「被爆二世」という大きな問いの前で

 では、厚生労働省はどのように考えているのだろうか。各地の団体や個人会員が加わる「被爆二世・三世全国連絡会」が2026年2月、厚労省に対して被爆二世・三世への医療保障を求めた交渉の場で、同省原子爆弾被爆者援護対策室の幹部はこう答えた。

「放影研をはじめ、さまざまな論文を読んできましたけれど、親世代の被ばくに関連した被爆二世の健康影響を示す結果は得られていない、と認識しています。被爆者と同等の施策を実施する科学的な根拠がないというのが、現時点でのお答えとなります」

 やはり、科学の壁が立ちはだかる。

 国が、被爆二世に対して唯一実施している施策が、「被爆二世健康診断調査事業」だ。希望者は無料で健康診断を受けることができるが、仮に病気が見つかった場合に医療的なサポートが用意されているわけではない。厚労省は、「健康面での不安を訴え、健康診断を希望する者が多い現状」に応えることが健診を行う目的としているが、こう話してくれた被爆二世の女性がいる。

「国の健診が40年以上続けられてきましたが、私たちの不安はなくなっていません。遺伝的な影響が否定できない以上、どれだけ健診を受けて『大丈夫です』と言われても、不安をうみ出す原因がなくなるわけではないのです。『もしかしたら病気になるかもしれない』という不安は、医療保障によってしか解消されないのではないでしょうか」

 日本原水爆被害者団体協議会の『全国被爆二世実態調査報告書』(2021年)では、6割の被爆二世が「不安や悩み」を訴えており、その要因に「健康」を挙げる人が8割にのぼった。ゲノム解析を用いた調査が行われ、当事者たちは厚労省に医療保障を求め続けている。この事実こそ「被爆二世」という大きな問いが、私たちの目の前にあることの証左だろう。

「私たちも原爆の被害者だ」と訴える被爆二世たちの声に、どう答えていくか。この点に正面から向き合わない限り、核がもたらすものの全体像は見えてこないだろう。科学的な調査の結論をただ待つだけではなく、社会全体で彼らの訴えに耳を傾ける。そうしなければならない時が、今まさに来ているはずだ。

〈了〉

 第14回
被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世

広島・長崎に投下された原子爆弾の被害者を親にもつ「被爆二世」。彼らの存在は人間が原爆を生き延び、命をつなげた証でもある。終戦から80年を目前とする今、その一人ひとりの話に耳を傾け、被爆二世“自身”が生きた戦後に焦点をあてる。気鋭のジャーナリスト、小山美砂による渾身の最新ルポ!

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プロフィール

小山 美砂(こやま みさ)

ジャーナリスト

1994年生まれ。2017年、毎日新聞に入社し、希望した広島支局へ配属。被爆者や原発関連訴訟の他、2019年以降は原爆投下後に降った「黒い雨」に関する取材に注力した。2022年7月、「黒い雨被爆者」が切り捨てられてきた戦後を記録したノンフィクション『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)を刊行し、優れたジャーナリズム作品を顕彰する第66回JCJ賞を受賞した。大阪社会部を経て、2023年からフリー。広島を拠点に、原爆被害の取材を続けている。

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被爆二世の「不安」に応えるものは?

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