10代のホームステイ体験から現在に至るまで、さまざまなかたちでカナダとの縁が続いているという脳科学者の茂木健一郎さん。自然豊かな資源大国にして、AIや量子技術の世界的拠点を擁し、多文化主義を模索するこの国の人々の心には、「True North」という言葉が脈打っている。
「真実の北」の核にあるものとは何か?という問いを抱きつつ、8月下旬、茂木さんはノースウエスト準州に位置するナハニ国立公園へ向かった。陸路では立ち入ることができない雄大な渓谷をラフティングで移動した6日間。その旅の記録を、全5回の連載でお届けする。
文/茂木健一郎 撮影/高砂淳二 取材協力/カナダ観光局
今年の夏、カナダのノースウエスト準州にある世界自然遺産、ナハニ国立公園を訪れて、5泊6日の川下りの旅をした。カナダ観光局にお世話になった。
出発前から、「宇宙」のイメージが私の頭の中にあった。15歳で初めて行った外国がカナダ。コミュニティ・カレッジでの英語のレッスンの中で耳にした、カナダ国歌の中にある「真実の北」(True North)という言葉が、宇宙へとまっすぐに続く感覚を呼び起こした。以来、カナダ、特に北方の地方は、人類のフロンティアとしての宇宙とひとつながりの「真実の北」として私の心の中にある。


ナハニ国立公園の旅は、フォート・シンプソンから始まる。その前段階の移動日、ノースウエスト準州の州都、イエローナイフに夜遅く着いた。ホテルへとタクシーで移動している時、同行している写真家の高砂淳二さんが突然声を上げた。
「見えてますね!」
「北の光」、オーロラとの出会いは、そのようにして不意に訪れた。高砂さんの声に見上げると、夜の空にうっすらと雲のようなものが見えた。スマートフォンのカメラを向けると、モニターに緑色の光が映る。
オーロラだ!
私は、長旅の疲れもあって、すっかり油断していた。今日、イエローナイフを訪れる観光客の多くがオーロラを目的にしている。それにしても、こんなにすぐに、簡単に見えるとは思わなかった。イエローナイフは、確かに宇宙とまっすぐにつながっている。
翌日、飛行機で1時間ほど移動したフォート・シンプソンは、人口1000人余りの町で、毛皮交易の拠点として発展した。今日、ナハニ国立公園への入口として知られ、町の近郊には、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が1987年にフォート・シンプソンを訪問したことを記念した、先住民の伝統的な住居ティピーの骨組がある。先住民たちは、この地を「リィドリィ・クエ」(川が合流するところ)と呼び、古くから人々が集う場所であった。実際、町のすぐ横をマッケンジー川が流れ、そこへリアード川が合流している。
フォート・シンプソンのメインストリートを「旅ラン」した。リカーショップや、高校、そして街に二軒あるというレストランの一つの中華料理屋さんがあった。いつも、すぐ横を流れている川の気配がある。
夜、宿のすぐ裏の川端からオーロラを見上げた。まるで龍のようにかたちがうねり、変わっていく。その光の輝きが一段落すると、背景から信じられないほど星がたくさん輝く宇宙の漆黒が現れた。

私たちは、ふだん、宇宙は遠いところにあると思っている。しかし、夜になると、その距離は一気に縮まる。文明以前は、人類は毎夜空を見上げて、そこにある暗闇との関係を測っていたはずだ。街の明かりは、私たちと宇宙の間に物理的、そして心理的な壁をつくってしまった。
オーロラは、不思議な間合いを持っている。太陽から放出される電子や陽子のプラズマが、地表から100キロメートルから500キロメートルにある電離層の大気に衝突する際のエネルギーによって光を放つオーロラは、地球環境と宇宙の間の境界に生まれ、踊り、そして消えていく。
しかし、文明の光のようには、オーロラは私たちを宇宙から遮断しない。むしろ、オーロラは、私たちの心を空へと向け、その向こうにある宇宙へと誘う。
イエローナイフの周辺の先住民(デネ)たちは、オーロラを「ヤケ・ンガス」(空が目覚めている)と呼んでいた。
フォート・シンプソンの夜空を舞うオーロラは、確かに、私の感覚を目覚めさせ、宇宙へと導くように感じた。しかも、その動きや消長は私たちの生命とともにある。
フォート・シンプソンから、ナハニ国立公園の川下りの旅の起点となるヴァージニア滝へは、飛行機で向かう。今回、ガイドをしてくれるジョーダン、エリー、そしてメルの3人と会った。
ジョーダンはブリティッシュ・コロンビア州でホームスクーリングの子どもたちに対して「森の学校」をしている先生で、夏の間、このナハニ国立公園の川下りのガイドをしている。今回のツアーのリーダー役である。
エリーは、ノバ・スコシア州出身で、お父さんが大学で環境科学を教えている。自身は、チャリティのために遠泳に挑戦した友人のドキュメンタリー映画を撮ったりしている。
メルは、フランス語圏のカナダの中心都市の一つであるケベック・シティ出身で、「アドベンチャー・セラピー」、すなわち冒険を通した治療を研究テーマに修士号を取得している。

日本側は、野生動物などを撮影し、英国の賞も受けるなど国際的に活躍している写真家の高砂淳二さん、そして今回の旅を企画、コーディネートしてくださったカナダ観光局の半藤将代さん、そして私が参加した。
ナハニ国立公園に向かう水上飛行機はフォート・シンプソンの町からしばらく行った川のほとりから出る。私たちは、ジョーダンの運転する車で向かった。着くとすぐに、ガイドたちが荷物を運び始めた。驚くほどたくさんの箱や、袋がある。
カナダの「真実の北」で川下りをすることは、「宇宙」を探検することに、確かに似ている。次に述べるようなことがその理由である。
もともと、今日、「ファースト・ネーション」と呼ばれる先住民たちは、川を巧みに使って広大な大地を行き来していた。1万年余り前に終わった最後の寒冷な時期(氷期)の記憶を口承しながら、樺の皮でつくった舟などを活用して、川を旅し、交流し、生きる上で必要な糧を得て、運んでいた。
ヨーロッパ人がやってくるようになると、毛皮交易が重要な意味を持つようになった。冬に凍った川を歩いて遡り、夏に舟で川を下るという方法で、高い経済的価値を持ったビーバーの毛皮などを運んだ。その初期においては、フランスからの移民たちが重要な役割を果たした。水が途絶える区間を、カヌーを担って歩く行為を「ポルタージュ」とフランス語で表現するのは、そのようなレガシーの表れである。今日のカナダが、英語、フランス語を公用語とすることの意味は、単なる言語的多様性だけの問題ではない。
カナダ発展の段階において、川はとても大切な役割を果たした。狩りなどを通して現地で食料を調達することはできるが、多くの物資を準備して、運び込むことが川の旅の基本となる。幸い、川を下る際には大きな荷物を比較的容易に運ぶことができる。水運は、大量の物資を水に浮かせて移動させることができる点において、現代で言えば、超電導磁石の力で浮上させるリニア新幹線の技術に似ている。
現代の私たちが参加するナハニ国立公園の川下り、5泊6日の旅においても、大量の物資が持ち込まれることになる。世界自然遺産に指定されているナハニ国立公園を旅する上で、現地で調達するものは「水」だけである。それ以外のものは、「何も残さず、何も持ち出さない」という基本原則に基づいて、すべて持ち込み、持ち帰る。
今回の旅のリーダー役であるジョーダンとは、とても仲良くなっていろいろなことを話した。彼の話を聞いているうちに、川下りの旅は実際的な意味で「宇宙」探査といろいろなことがとても似ていると改めて気づいた。
言うまでもなく、宇宙空間には生命活動に必要な水や空気、食料はない。従って、全てを持ち込まなければならない。そのため、宇宙探査の際には、準備に気が遠くなるような膨大な時間がかかる。探査の過程で何が必要とされ、どんなものが排出されるのかを綿密に計画し、運び込まなければならないのである。
5泊6日分の食料、テントや寝袋などの機材、ナイフなどの調理用具、フォークやスプーンなどの食器、テーブルや椅子、そしてガソリンを使って電気をつくるジェネレーターなど、驚くほど多くの物資が持ち込まれる。
共有の物資については、防水機能のある箱に分割して入れられ、運搬される。ガイドの3人、そして私、高砂さん、半藤さんのゲスト3人、計6人分のテント、寝袋、雨具などを入れる防水の袋は、色によって「レッド・バッグ」、「ブルー・バッグ」と名付けられ、それぞれに一組分配された。加えて、すぐに取り出せる透明なビニルの袋が一人ひとりに配られる。ナハニ国立公園の川下りの旅は、このようにして準備された物資をラフトに乗せ、その荷と一緒に移動していくことで成立している。
ジョーダン、エリー、メルの3人のガイドが働く会社、「ナハニ・リバー・アドベンチャーズ」のオペレーションは、大規模な分業体制によって成り立っている。食材は、現地での調理の手間が省けるように、あらかじめ計画され、調達される。ナハニ国立公園内の出発点であるヴァージニア滝の地点までは、ベテランの水上機パイロットであるジャックが、私たち、そしてラフトやカヌー、その他の物資を空路運搬してくれる。5泊6日の川の旅の終着点である「ラスト・キャンプ」からは、ファースト・ネーションのベテラン船長が、モーターボートで移動をアシストしてくれる。上陸地点には、協力者によって、すでにトレーラーが運転されて駐車されており、空気を抜いたラフトとカヌー、その他の物資を荷台に載せて、あとはジョーダンが運転すればいいだけになっている。
さらに、国立公園を管理するカナダ政府の機関であるパークス・カナダとの連携もある。川旅の途中、予定していたキャンプ地にクロクマの子ども二頭と母グマが現れたため、閉鎖されるという事態があったが、そのような連絡も、衛星通信を通してジョーダンに伝えられていた。私たちは川下り中、三度にわたりクロクマに遭遇したが、その際にもジョーダンは衛星通信でパークス・カナダに報告していた。ナハニ・リバー・アドベンチャーズのガイドたちは、私たちのようなゲストの旅を助けるとともに、国立公園のどこで何が起きているのか、情報を収集してパークス・カナダに届ける大切な役割も担っていた。

実態を知るほどに、ナハニ国立公園の川下りの旅は、宇宙旅行に似ていると感じた。その司令塔として情報を集約し、キャンプ地の閉鎖などの決定をするパークス・カナダは、宇宙開発で言えばさながら「ヒューストン」であろう。
何よりも、現地では、同じように川下りの旅をしている人たち以外には全く誰にも合わず、人のいる痕跡もまったくないという途方に暮れるような大自然のあり方が、文明から隔絶されているという点において宇宙と近かった。そのような、普段デジタル情報にまみれている私たちからすればあまりにも贅沢な環境の中で、ナハニ国立公園の旅は続いていく。
もちろん、私たちは、そうは言っても、さまざまな文明の利器に囲まれていた。そのようなサポートが一切ない状態で、「真実の北」で生活を営み、新しい世界を探索していったファースト・ネーションの人々に対して、心からの尊敬の念がわきあがってきたのは、当然のことだろう。

●ナハニ国立公園の旅の情報はこちらから。
Nahanni River Adventures
ナハニ国立公園┃壮大なリバージャーニーで冒険心を開拓

10代のホームステイ体験から現在に至るまで、さまざまなかたちでカナダとの縁が続いているという脳科学者の茂木健一郎さん。自然豊かな資源大国にして、AIや量子技術の世界的拠点を擁し、多文化主義を模索するこの国の人々の心には、「True North」という言葉が脈打っている。 「真実の北」の核にあるものとは何か?という問いを抱きつつ、8月下旬、茂木さんはノースウエスト準州に位置するナハニ国立公園へ向かった。陸路では立ち入ることができない雄大な渓谷をラフティングで移動した6日間。その旅の記録を、全5回の連載でお届けする。
プロフィール

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
脳科学者。1962年、東京都生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞受賞。『挑戦する脳』(集英社)『クオリアと人工意識』(講談社)、世界的ベストセラーとなった『The Little Book of ikigai』(邦訳版は新潮社)など著書多数。
茂木健一郎




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