オレに死ねと言ってんのか? ━検証!高額医療費制度改悪━ 第1回

国民一人あたり月91円の負担減のために“殺される”難病患者

西村章

この制度がなければ、寝たきりになって死んでいたかも…

 自慢じゃないがワタクシはこの15年ほど、高額療養費制度をずっと利用し続けている。この制度のお世話になることで生きながらえている、といってもいい。各報道で「がんや難病患者」とひとくくりにされるうちの難病患者のほうで、病名は自己免疫疾患の関節リウマチ。

 この病気、温泉やサプリメントの効能に記されがちな疾患名なので、どうしても「歳を取ると節々が痛むそうだねえ」くらいの軽い誤解を受けがちなのだが、そうではなくて、免疫機能が暴走して自分自身の体組織を攻撃し、身体各部が炎症を起こして、やがては関節や骨が破壊され変形してゆく、というけっこうめんどくさくて大変な原因不明の病気なんである。

 骨がいったんスカスカなになったり関節が壊れて歪んでしまうと、どんな治療でももう元には戻らない。ワタクシの場合も、たとえば左手人差し指の付け根や中部、手首内側の一部などはすでに鬆になっているし、右手親指の付け根も軟骨部分がきれいになくなって、見た目でもハッキリわかるくらい変形している。あと、右足親指の付け根も外反母趾みたいになっている。だが、免疫抑制剤を服用し、生物学的製剤を定期的に点滴することで病状の進行を抑え込み、現在はもうかなり長いこと寛解状態を維持している。病気が判明して16~7年ほどになるが、高額療養費制度を利用してこの高度な治療をできていなければ、今ごろは寝たきりで高レベルの要介護状態になっていたとしても不思議ではない。

 自分が利用しているのは、高額療養費制度の中でも「直近12ヶ月のうち3回以上限度額を超えた場合には、4回以降の限度額をさらに引き下げる」という分類の「多数回該当」という枠組みだ。上記のリンク先ニュースでも簡単に説明されているが、現状の制度で月にたとえば8万円支払う治療が1年のうちに3回以上続いたとすれば、4回目からは大幅に減額され、治療を行った月に4万4400円を支払う生活が現在までかれこれ15年少々続いている。

 とはいっても、点滴治療のたびに4万4400円を支払うのは実際問題としてかなりキツい。治療費を捻出して生活するだけでもカツカツである。だが、この「多数回該当」区分も、当初の上記12月末段階政府案では7万7000円に引き上げる、とされていた。

 これを読んだ瞬間に「あ、無理。今までの倍近いそんな料金を毎回払うのなんてとてもできっこない」と思った。まさに上記の「破滅的医療支出」である。

2024年7月~10月の医療支出。40万円近い医療費が7万数千円程度の支出ですんでいる。

 治療が継続できなければ、今は寛解状態を維持している病気がふたたび進行する可能性がある。そうなったら、炎症の再発とともに自分の骨や関節が壊れていくのを座視して痛みに耐えながらやがて寝たきりになり、そのまま貧困状態で死に至ることになるのだろう。病気とともに長年生きていれば、それくらいの想像は簡単にできてしまう。

 上記報道があった12月25日、福岡資麿厚生労働大臣と加藤勝信財務大臣との閣僚折衝で予算案の合意に至り、その折衝後に行われた記者会見で福岡厚労相は「保険料負担の軽減を図りながら、セーフティネットとしての制度をしっかり堅持していく観点から実施する。国民ひとりひとりの負担感について理解してもらえるよう努めていきたい」(12/25 NHKニュース)と述べたという。

(……限度額を引き上げると支払いが厳しくなる自分のような制度利用者がたくさんいることは明白なのに、「セーフティネットとしての制度をしっかり堅持」もくそもないだろう。月々400円程度の「国民の負担感」を抑えるために、高額療養費制度を利用している患者を切り捨てるのかよ……)というのが、このニュースを見たときの正直な感想だ。

 参考までに、上記のNHKニュースでは全国がん患者団体連合会(全がん連)理事長・天野慎介氏の「負担額が増えれば治療をあきらめたり、生活ができなくなる人もいる」と受診抑制を危惧するコメントも同時に紹介している。高額療養費制度を利用している人々の「受診抑制」とは、熱があるけど病院に行くのをやめておくといったレベルではなく、生きるための治療を断念する、という意味であることに留意されたい。

 昨年12月末にこのニュースが報道された当初は、まだそんなに世間で大きく注目され問題視されるような状態ではなかったが、医療関係者や患者団体などがSNSなどで声を上げたことなどが契機になって、1月中下旬頃から少しずつメディアの報道量も増え始めた。1月29日には全がん連等の患者団体が高額療養費引き上げ反対の緊急署名を開始。たった数日で13万筆以上を集め、2月12日に福岡厚労相と面会して見直し案凍結などの要望を伝えた。その頃には、世の中で注目を集めるニュースになっていた。

 大きな反対の声を無視できなくなったのであろう政府側は、2月17日の衆議院予算委員会で石破茂首相が「高額療養費に年4回以上該当される方の自己負担額の見直しを凍結し、据え置くということを政府として決断をさせていただきました」と述べ、多数回該当に関しては現在のままとすることを表明した。

 だが、見直されたのは自分が現在利用しているこの区分(制度利用者全体の2割程度)に関する事柄だけで、残り8割の制度利用者が直面する、多数回該当以外の引き上げ案については「高額療養費制度の見直し自体は実施させて頂き、この大切なセーフティネットを次の時代にも持続可能なものとしたい」と、寝言のように相変わらず繰り返していた(石破総理「年4回以上は自己負担額の見直しを凍結」:TBS NEWS DIG)。

 2月21日の衆院予算委でも、石破首相は「受診抑制が起こらないよう、最大限、配慮した。被保険者の意見もきちんと聞いていかなければならない。いかに負担を減らすかと制度をどう持続可能にするかのギリギリの接点が今回の結論だ」(衆院予算委 石破首相 高額療養費の負担上限引き上げ理解求める:NHK)と述べており、当事者や医療関係者の声を聞こうとする姿勢はあいかわらずまったく見られない。

 受診抑制(≒緩やかな死の選択)が起こるから拙速な決定はひとまず待ってほしいと当事者たちが訴えているにかかわらず、「受診抑制が起こらないように最大限配慮した」という返答などは、制度利用者にケンカを売っていると言われてもしかたないだろう。高額療養費制度を利用している国民に「あんたの治療は金がかかってしかたないんだよ」と平然と言ってのける国家元首が思い描く「たのしいにっぽん」っていったい何なんですかね。

 医療関係者も今回の事態にはかなり腹に据えかねているようで、日本肺癌学会、日本胃癌学会、日本乳癌学会、日本緩和医療学会、日本がんサポーティブケア学会などが続々と引き上げ案に反対する緊急声明を発表し始めた。新聞やテレビのニュースのみならず、ワイドショーでもこの問題が取り上げられるようになり、世間でもかなり周知されてきた。

 そのような動きを受けてかどうか、2月27日夜には政府が今回の見直しを「凍結」するという情報も新聞等を通じて流布された。だが、翌日28日の衆院予算委では、2026年度と27年度の引き上げは再検討すると一応はいいながらも、今年8月の引き上げ分については凍結どころか、「『物価上昇分だ』と説明した。その上で『物価上昇分はきちんと見させていただくことが、制度の永続性を担保することになる』と理解を求めた」(高額療養費の8月引き上げ分は「物価上昇分だ」石破首相が強調:毎日新聞)。

 この答弁が、制度の利用当事者と医療関係者の感情をさらに逆撫でした。高額療養費制度を利用する当事者たちが怒り嘆き悲しむのは当然ながら、医療関係者がSNSなどで軒並み怒髪天を衝く様子だったのは、薬価や診療報酬は物価の影響を受けないようにという観点から国が取り決めるもので、それらはこの10年間上がっていないからだという。また、社会人全般の給与「手取り」が減っていることは、これをお読みいただいているみなさんも実感されているとおりである。

 つまり、首相答弁で何度も繰り返していた「物価の上昇」なんてもっともらしい理由は、医療の現場とも保険制度ともリンクしていない話で、高額療養費を払うワタクシたち当事者は実質可処分所得がどんどん減っているにもかかわらず、「生き続けたかったらこれくらい払いな」とさらに毟り取られることになる。

 上記で触れた「破滅的医療支出」に陥る人が増える可能性が高いから「拙速に制度を動かすのはいったん停めて、どうすればいいのかを皆で検討しましょう」という声がこれだけあちこちから多数上がっているにもかかわらず、石破茂首相と厚労省はかたくなに「動かすと決めたんだから動かします。で、あんたらがうるさいから動かしたあとにちょっと停めてあげます」と言っているわけだ。恐るべきは動き出したら何があっても止まらない官僚機構と、その使いっ走りのように同じ文言をただ木偶人形のように繰り返すだけの国家元首である。

 国民皆保険の最後のセーフティネットを壊しているのは、いったい誰なんですかね?

 次回は、今回の高額療養費制度見直し案が孕む様々な問題点について、当事者目線から平易に、そして少しだけさらに深く掘り下げてみたい。

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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