PM2.5に黄砂「世界最悪」の大気汚染が急激に改善した背景
では、なぜ北京市は「森林都市」に指定されるほど樹木を増やしているのだろうか。その大きな理由の1つが公害(環境汚染)問題への対応だ。日本でも多くの報道がなされてきたが、中国は2000年以降、急速な経済発展を遂げると同時に、深刻な公害問題に見舞われた。
中国の公害問題の中でも、とくに酷かったのが大気汚染だ。「世界の工場」と言われるほど多くの製品を生産するようになった工場群から排出される煤煙は、中国の都市をスモッグで覆いつくし、健康面での被害が懸念された。
大気汚染の最も酷かった都市が北京だ。テレビなどでスモッグで霞んだ北京の街を見た人も多いだろう。2008年に行われた北京オリンピックでは、大気汚染による身体への影響を懸念し、出場を辞退する選手も出た。北京市によると2013年に大気汚染が深刻な水準に達した日数が189日あり、2014年に中国政府系のシンクタンクが出したレポートによると北京の大気汚染状況は世界の主要な40都市のうちワースト2位だった(1位はモスクワ)。2016年にイギリスのBBCが北京を取材し、大気汚染によって喘息などに苦しむ子どもが病院には数多くいると報じている。

中国政府内では当初は経済発展を優先し、「『汚染を引き起こしても、後でキレイにすればいい』という考え方が政府の方針としてまかり通っていた」という(「偽りの青空~中国共産党が得た遺産」)が、中国国民の間でも大気汚染を懸念する声が強まり、国際的な関心も高まる中、この問題を放置しておくことができなくなった。
そこで中国政府は2016年からの第13次5カ年計画で、大気汚染の改善を大目標として打ち出した。5カ年計画とは正式名称は「中華人民共和国国民経済と社会発展第〇次5ヵ年計画」というもので、全国人民代表大会(略称「全人代」日本の国会にあたる)での審議を経て決定される。計画経済体制だった1953年に旧ソビエト連邦にならって策定を開始したもので、中国の指導部(中国共産党)が定める今後5年間の経済・社会の運営方針である。ここで打ち出された方針や目標を元に、地方政府などの下部組織も計画を立てて、それぞれの事業を行っていくことになる。
「中国における最大の問題は、やはり汚染です」と第13次5カ年計画に携わった清華大学国情研究院長の胡鞍鋼教授は述べている。「そこで今回の『13次5カ年計画』において、とくに提起したのは、空気の質に関する指標です。この5年間、PM2.5は効果的に削減してきましたが、健康への被害はやはり大きい状況です。地表水の問題もあります。そこで、基本的な経済成長、都市化を進める中で、環境汚染物質の絶対量を大幅に下げていく計画です」(中国の『第13次5カ年計画』 (2016-2020年):中国及び世界への影響)
大気汚染物質の排出源として大きかったのが「工場」と「自動車」である。自動車に関しては、よく知られているようにEVの導入を猛烈に進めた。中国政府は2012年には「省エネ・新エネルギー自動車(NEV)産業発展計画(2012~2020)」、2020年には「NEV産業発展計画(2021~2035)」とEV推進計画を矢継ぎ早に打ち出し、2025年までに新車販売台数の2割をEVにする目標を掲げた。購入の際の補助金や税金の免除を行い、中国のEV普及率は飛躍的に上昇した。2020年までは新車販売におけるEV比率は5%ほどだったが、現在では6割を超えている。街中で見ていてもグリーンのナンバーを付けたBEV(Battery Electric Vehicleバッテリー式電気自動車)とPHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle プラグインハイブリッド自動車)が数多く走っており、バスなどの公共交通機関は全てEVとなっている。
では、もう1つの排出源だった工場に関しては、どのように対処したのだろうか。こちらに関しても政府が“力技”を行った。工場を強制的に北京の都心部から郊外へ移転させたり、閉鎖させたりしたのだ。北京市では2014年から2023年までの10年間で、3000もの工場が周辺の河北省などに移転したという。
そして、移転した多くの工場跡には木が植えられて公園や緑地となった。私はその1つである「大興生態文明教育公園」を訪ねた。緑豊かなとても美しい公園だ。早朝から木々の間をランニングする人がいた。

公園の入り口に掲げられた看板には大きな文字で「大興区の産業改革は生態文明(生態系や環境への負荷を減らす文明・文化※筆者注)の建設に貢献する」と書かれていた。その後には次のような文章が続いている。「2014年、習近平総書記は北京から首都の主要機能以外を取り除き、北京・天津・河北地域の協調的発展を促進することを提起した。大興区は習総書記の講話の精神を積極的に実行に移し、大気浄化の行動計画を推進し、環境の総合的な修復活動を繰り広げるとともに、深刻な大気汚染に対する緊急対策や下水処理・再生水利用施設の建設に関する3カ年行動プログラムなどの具体策を実施した。これらの措置の結果、燃料用石炭消費量が52万トン削減され、旧型エンジン自動車12万5千台が廃棄され、石炭燃料ボイラー1,536トン分がクリーンエネルギーに改造された。法律や規則に違反して汚染物質を排出して生産・操業を行っていた企業3,024社が徹底的に処分された」
中国共産党総書記である習近平氏の指示に従って、汚染物質を排出していた企業を「処分」し、大気汚染の改善を行ったということが誇らしげに述べられている。公園の中には荒々しく破砕されたコンクリート塊が置かれている。そこには「コンクリート梁の彫刻」と書かれている。下に説明があり「この場所はもともとコンクリート混合工場でした。この彫刻は、解体された工場から回収された廃棄コンクリート梁で作られています。このコンクリート梁の彫刻は、都市の産業変革と発展を物語っており、都市の進化における重要な一歩、そして大興区が汚染企業を移転させ緑地を再生しようとした歴史を象徴しています」
この「コンクリート梁の彫刻」には、かつてここにあったコンクリート混合工場の色あせた写真もはってあった。工場には大きな煙突がある。ここから大気汚染物質が排出されていたのだろう。別の「コンクリート梁の彫刻」には、かつてのこの地域の航空写真もある。工場らしき建物がいくつも密集して建っていた様子が見てとれた。物流拠点もあったと書いてある。これらがすべて、大気汚染改善のために立ち退かされてしまったのだ。私はしばらくの間、写真を見ながらこの場所に工場などがひしめいていた時代に思いを馳せてみた。強制的に移転させられた人々はどんな気持ちだっただろうか?

公園の中を歩いていると習近平氏が子供たちと一緒に木を植えている写真が看板に出ていた。この公園を建設する際に、習近平氏もここに来て木を植えたのだ。写真の横には次のように書いてある。「先人たちが木を植えた精神を受け継ぎ、未来の世代がその木陰を楽しめるようにしよう。様々な種類の樹木を育て、適切な樹木の手入れを続けよう」。その下には次のように続いている。少し長くなるが、中国の最高権力者である習近平氏の樹木に対する考えを示すものなので引用する。
「北京、4月5日(新華社)──中国共産党中央委員会総書記、中華人民共和国主席、中央軍事委員会主席の習近平氏は4月5日午前、北京で行われた植樹活動に参加し、中華民族の偉大な復興は、すべての中国の男女の共同努力にかかっていると強調した。第13次五カ年計画期間は、あらゆる面で小康社会(中国経済の改革開放を推進した鄧小平が掲げた「まずまずの程度の社会、少しゆとりある社会」の意※筆者注)を建設するための決定的な段階であるだけでなく、生態文明建設のための重要な時期でもある。(植樹活動など広い意味での)林業の発展は、あらゆる面で小康社会を建設するための重要な構成要素であり、生態文明建設のための重要な措置である。各級の指導的幹部は、率先して自主的な植樹に参加し、社会全体に新たな発展理念を積極的に広め、将来の世代が木陰を楽しめるよう植樹の精神を継承し、より多くの木を植え、良質な木を植え、木を適切に管理することで、土地や山々を緑豊かにし、人々の生活環境を美しくするべきである(中略)。
白松、中国松、イチョウ、ニレ、梅、カエデ…習近平氏は6本の苗木を次々と植えた。植樹中、傍らにいた少年先鋒隊員たちと温かく語り合い、彼らの学業や生活について尋ね、勉学に励み、労働を愛し、運動するよう促した。習氏は、子供たちが自主的な植樹活動に参加することで、幼い頃から環境保護と自然への愛着を育むことを期待していた。習氏は、『木を育てるのに10年かかるが、人を育て上げるには100年かかる(中国の有名な諺※筆者注)。10年後、あるいは20年後に、君たちがここに戻ってきて、自分の手で植えた苗木がどのように成長したかを見ることができる。これは非常に意義深いことだ』と述べた。
植樹活動中、習近平国家主席は植林・緑化活動に参加した幹部や一般市民と話をした。習主席は、60年前、毛沢東同志が『祖国を緑化せよ』という偉大な呼びかけを行い、35年前、鄧小平同志の提案により、全国人民代表大会が『全国自主植樹運動開始決議』を採択したことを指摘した。長年にわたり、わが国のあらゆる民族の人々の広範な参加と積極的な努力により、わが国の森林資源は増え続け、21世紀に入ってから世界で最も森林資源の増加率が高い国となった。

習近平氏は、中国共産党第18回全国代表大会から第18期中央委員会第5回全体会議、そして今年(2016年※筆者注)採択された『第13次5カ年計画』に至るまで、生態文明建設の強化の重要性が強調されてきたと指摘した。今や生態文明建設は人々の心に根付いている。自主的な植樹は、全国が生態文明建設に参加するための重要な活動である。自主的な植樹に力を注ぐだけでなく、生態文明建設のあらゆる面において力を注ぎ、社会全体が参加するよう動員していくべきである。
習近平国家主席は、緑豊かな国づくりは人類共通の夢であると指摘した。我々は国土の緑化と美しい中国の建設に注力するとともに、『一帯一路』構想などの多国間協力メカニズムを通じて相互協力を進めなければならない。植林と緑化を通じて、我々は共に環境を改善し、気候変動などの地球規模の生態学的課題に積極的に取り組み、地球規模の生態学的安全保障の維持に貢献することができる」
もちろんこれはニュースの体裁をとったプロパガンダである。露骨なまでに習近平氏を称えて共産党体制を賛美する報道は、私たち日本人にとっては奇異なものに映るだろう。しかしそのプロパガンダの中にも、現在の中国の緑化に対する姿勢がうかがえる。
習近平氏と言えば日本人にとっては「中華民族の偉大な復興」を掲げ、武力による威嚇を繰り返す強権的な人物というイメージが強いだろう。一方、日本ではあまり知られていないが、国内では「美しい中国」を掲げて、積極的な緑化政策を進めている。今年発表された2026~2030年までの「第15次5カ年計画」でも「大規模な国土緑化行動」を行うと表明。中国全土で植樹活動を大々的に推進するよう号令をかけているという(2026年4月16日 産経新聞)。緑化政策は習近平氏の看板政策の1つなのだ。

先に述べたように北京市では2023年までの10年間で1億本以上の木が植えられた。これによってPM2.5が年間26万7600トン減少したと試算されている。工場移転、クリーンエネルギーへの転換、植樹などの施策によって、北京市の2024年におけるPM2.5の年平均濃度は2013年比で65.9%減と大きく改善した。北京市の空気質指数(Air Quality Index)が100以下となる青空の日数も、2013年の176日から近年では300日を超えるまで増えている。
また、黄砂?も大幅に減っているが、これにも植樹が重要なファクターとなっている。
黄砂は中国北西部の黄土高原や新疆ウイグル自治区にあるタクラマカン砂漠、内モンゴル自治区からモンゴルに渡って広がるゴビ砂漠といった乾燥・砂漠地帯の砂が強風によって上空に巻き上げられ、偏西風などに乗り中国やモンゴル、韓国や日本などに飛来する。
これに対して中国が1978年から行っているのが、中国北部の全域(国土の4割)に広大な森林と植林地をパッチワーク状につくり、砂の移動を安定させる「三北防護林プロジェクト」、通称「緑の万里長城(Green Great Wall)」である。
これは都市部の緑化でないので本稿では詳述を避けるが、2026年4月に科学誌『ネイチャー』に掲載された論文では「この地域の森林被覆率は、1978年の約5%から2023年には14%弱へとほぼ3倍に増加し、土壌侵食の影響を受ける面積は3分の2減少した。砂嵐の強度と頻度は低下し、北京などの風下にある都市の空気の質が改善された」と評価されている(「Can China’s Great Green Wall shape efforts to keep the world’s deserts at bay?」)。
プロフィール

(おおさわ さとる)
テレビ東京で「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」など報道番組の記者・ディレクターを担当。現在はジャーナリストとして活動。明治神宮外苑の再開発に近隣住民として反対し、新宿区に対する樹木伐採許可取り下げ訴訟の原告団長を務める。X(旧Twitter)フォロワー3.9万人「ミド建築・都市観測所」(https://x.com/Mid_observatory)を運営。早稲田大学第二文学部卒、京都大学公共政策大学院卒。1983年生まれ。
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