僕がトレイルを歩く理由 第1話

トレイルを知っていますか?

斉藤正史

トレイルはアメリカ発祥の概念で、山野に付けられた道を歩く、いわゆる「山歩き」。
北米ではポピュラーなアクティビティであり、文化として根付いている。
山に登るのではなく、山を歩くとはどういうことか。なぜ人々は山を歩くのだろうか。
20年にわたり国内外のトレイルを歩き、日本におけるトレイルカルチャーの普及に努めてきたプロハイカーが、その豊富な実体験を通して「山歩きの哲学」を伝える。

プロハイカーという仕事

 2025年11月14日午前11時頃、僕はウィスコンシン州にあるアイスエイジ・トレイル1,200マイル(1,900km)をスルーハイク(単年で全行程を一気に歩き通す歩き方)で踏破した。アメリカ連邦政府が指定する11あるシーニックトレイル(景観のトレイル)のうち、7つ目のトレイルだ。

 ゴールに向かう中、1人また1人と僕を囲む輪は増え、最終的には12 名の方と共にゴールした。それは、まるで映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』のワンシーンのようだった。今まで海外のトレイルをいくつも歩いてきたが、こんな経験は初めてだった。

 ゴール後もランチで訪れたレストランのスタッフに写真を求められ、シカゴに移動して日本に帰るまさにその瞬間、空港やセキュリティーでも、2人の方からフェイスブックをフォローしていますと声を掛けられ、写真を一緒に撮った。「MASA、君はロックスターだよ」と、トレイルを歩いている時に何度かそう言われたが、その意味がこの時少しだけわかった気がした。

 2025年秋、このようにウィスコンシン州の人々が熱狂したトレイル。いったいトレイルとは何か。ここまで読んで疑問に思う人も少なくないと思う。

 今なら「トレイル」は、アウトドアに興味のない人でも一度は耳にしたことがある言葉なのかもしれない。そのくらいこの言葉は、今、日本で認知されつつある。しかし、面白いことにトレイルという言葉は知っていても、トレイルが何かを知る人も、説明できる人も、解説した本も少ない。ある意味、言葉が一人歩きしている珍しい例と言っていい。時々、「トレイルって山を走るやつですか?」と話しかけられ、「いや、走らないですね」と、答える。その後「そうですか……」と、会話が途切れることも少なくない。

 さて、こんなことを述べるキミは何者と思った方も多いはず。まずは僕が何者なのかを明かしつつ、トレイルについて話したいと思う。

 僕の職業はプロハイカー。「海外のトレイルを歩き、レポートする傍ら地元山形にトレイルコースを作る活動を行う」。僕の簡単なプロフィールだ。しかし、こうして改めて読んでみると、トレイルという言葉を知らないと、何をやっている人なのか全くわからないことに今更ながら気づく。「へぇー」という相手の言葉の奥には、とにかく反応しなくてはという日本人的優しさが溢れているのだろう。

 まずはこの僕の肩書から紐解きたいと思う。

 トレイルを歩く人はアメリカでは一般的に「ハイカー」と呼ばれる。すなわち、プロハイカーは、トレイルを歩くプロということになる。プロハイカーは僕が作った職業なので、世間一般には謎な職業といえる。知らなくて当然なので、「山のお仕事です」と言うと、目の前にいる、長髪癖っ毛、髭面の僕に人々は頷き、すべてが肯定されてしまうのが面白い。いったい山の仕事って世間一般にはどう思われているのだろうとちょっと不安になるが、つまり、まだまだ付け足さないと僕の職業は理解されないのである。

「トレイルを歩くプロはわかるけど、収入は?」と聞かれる。ここまで聞いてくれるのは、トレイルを知っている人かアウトドア関係者、もしくは僕に興味を持ったわずか数パーセントの人しかいない。今でこそ、歩き終えてから記事を書いたり、トレイルツアーのガイドをしたり、アウトドアメディアに寄稿したりという仕事も増えてきたが、始めたばかりの頃は、僕が作った職業だけに、何を仕事にすればいいかさえわからなかった。

 手探りでプロとして活動を始めた数年は、トレイルの仕事もほぼ無い状況で、一度海外に行くと、無収入でただひたすら歩き消費するだけの生活。当時はトレイルを歩くために半年ほど海外に滞在することも多く、会社員時代に作った貯金があっという間に底をつきかけた。別の定期的な仕事を入れる道もあったと思うが、そこは僕が作った職業とはいえ、プロフェッショナル。プロとしての本業がおろそかになると考え、プロハイカーとしてできるだけ歩く仕事をいつでも受けられるように優先した。

 しかし、暇なときにだけ働くなんて、都合の良い仕事があるはずもない。この頃は、タイミングが合えば友人の会社を手伝ったり、知人の農家さんの手伝いをしたり、細々とアウトドア関連の先生をしたりして何とか生きていた。そんな生活は、今もさほど変わらない。まずは僕が、そしてプロハイカーが何たるか、なんとなくわかってもらえたのではないかと思う。

アパラチアン・トレイルで1,600km歩いて履き潰したブーツ(2足目)。撮影/筆者
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僕がトレイルを歩く理由

トレイルはアメリカ発祥の概念で、山野に付けられた道を歩く、いわゆる「山歩き」。 北米ではポピュラーなアクティビティであり、文化として根付いている。 山に登るのではなく、山を歩くとはどういうことか。なぜ人々は山を歩くのだろうか。 20年にわたり国内外のトレイルを歩き、日本におけるトレイルカルチャーの普及に努めてきたプロハイカーが、その豊富な実体験を通して「山歩きの哲学」を伝える。

プロフィール

斉藤正史

(さいとう まさふみ)
プロハイカー

1973生まれ。山形県新庄市出身。アパレルブランドやディベロッパー企業などに勤務後、
2012年より日本で唯一のプロハイカーとして活動。トレイルカルチャー普及のため、海外のトレイルを歩き、アウトドア媒体を中心に寄稿、講演やイベントを行う傍ら、地元山形にトレイルのコースを作る活動「YLTクラブ(山形ロングトレイル)」に携わる。スルーハイク(単年で一気にルートを歩く方法)にこだわり、踏破した国内外のトレイルだけで25,000km(地球半周以上)を超える。

公式HP https://hikermasa.wixsite.com/
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