僕がトレイルを歩く理由 第5話

20年目のジョン・ミューア・トレイル

斉藤正史

物語のあるトレイル、IATを歩く

 日本にトレイルカルチャーを確実に根付かせるためにも、僕はプロとしてもっと歩きたいと思った。そして翌年、インターナショナル・アパラチアン・トレイル(IAT)を歩くことにした。実は、2005年に歩いたアパラチアン・トレイル(AT)には、続きがあったのだ。公式にATの続きではないのだが、ATの北のターミナス(起点)がある、マウントカタディンの山麓からカナダのケベック州・ガスペ岬までの約1,200㎞のルート、それがIATだ。

 ATは、アメリカ東部にあるアパラチア山脈沿いに作られたトレイル。しかし、地質学的な観点で見れば、アパラチア山脈はパンゲア大陸(約2~3億年前に存在した、世界の大陸が全てつながっていた超大陸)の中央部、現在の北アメリカ東部、グリーンランド東部、西ヨーロッパ、北西アフリカにまたがっていたという。パンゲア大陸が地殻変動で分裂し、大西洋が形成されると、アメリカ合衆国東部エリア、カナダ東部エリア、グリーンランド、スカンジナビア半島、イギリス諸島、ブルターニュ地方、イベリア半島、モロッコに山脈は分かれた。そんなこともあり、地質学的に同じで、国境を越えた広域のトレイルとして、IATが作られたのだった。現在では、グリーンランド、スコットランド、スウェーデン、デンマーク、オランダ、イングランド、アルスター・アイルランド、ウェールズ、フェロー諸島、アイスランド、スペイン、モロッコにIATの支部が設立され国ごとに観光をメインとした様々なルートが作られている。

 ここでは、北アパラチア山脈として、アパラチア山脈(アメリカ)から、ニューファンドランド島(カナダ)までが同じ山脈となる。同じ山脈に属するが、ニューファンドランド島はその名の通り島になっているので、マウントカタディン山麓から繋がって歩ける最北地点がカナダ・ケベック州のガスペ岬。ここまでがIATの主なセクションの1ルートとして考えられている。面白い。こんなストーリーのあるルートなら歩いてみたい。久々にアメリカ東部、しかもマウントカタディンへ。そんな気持ちが僕の心を熱くさせた。

 だが、とにかく情報が少なかった。一応、IATのケベック州とメイン州の地図は、各州を管轄する団体から手に入れることが出来たのだが、ケベック州とメイン州の間にあるニューブラウンズウィック州を管轄する団体は、すでに2016年時点で活動していなかった(ホームページは2019年に消滅)。僕は、ルートを示す地図だけ印刷して、とりあえず現地で何か手に入ればと考えて現地に向かったのだった。

 ケベック州内は、いくつかの国立公園や保護地域を通過する道のりだった。多くの人は英語とフランス語のバイリンガルという情報だった。しかし実際に行ってみると、英語はほぼ通じなかった。補給が難しいエリアに事前にいくつか食料を送り、その旨をメールで連絡したのだが、全く返事が無かった。きっと届いているはずと思い、現地に行くと、ちゃんと送った荷物を出してくれた。担当者は「英語がわからなくて、メールの返事が出せない」と言っている様子だった。

 ケベック州とニューブラウンズウィック州境には、まるでここでトレイルが終わるかのような立派なモニュメントがあった。ニューブラウンズウィック州に入ると、ATVトレイル(オフロード用4輪バギー用の道)が待っていた。

 カナダは、ATVが非常に盛んで、ATVトレイルがカナダ全土で整備されている。ATVトレイルは、いわゆるバギーが通るオフロードの土の道と考えてもらうとわかりやすい。ちょうど州境付近にアウトドアのガイド会社があったので、IATのルートに関する資料がないか聞いてみたが、主にケベック州を案内しているようで、ニューブラウンズウィック州の情報は無かった。さいわいATVトレイル沿いには、キャンプ場等が点在していたので、とりあえず歩みを進めた。過去に公開されていた地図を見ると、ATVロードとハイウェイ(舗装した主要幹線道路)がルートとなっており、いわゆる人が歩くトレイルはニューブラウンズウィック州には存在していなかった。

延々と道路が続くインターナショナル・アパラチアン・トレイル(IAT)。撮影/筆者

 ATVロードから、ついでハイウェイを歩く。路肩に歩くスペースなどない。時折、車が停まる。「大丈夫か?」と話しかけられる。今日、どうやって水を補給すればいいのだろう……。こんなハイウェイの近くでテントを張る場所なんてあるのだろうか。ハイスピードで通り過ぎる車が起こす風に煽られながら歩いた。秋なのに日差しが強かった。照り返すアスファルトからの熱に、一体僕は何をしているのだろうと何度も思った。

 ハイウェイエリアが終わったキャンプ場で、同じ方向に歩くハイカーに出会った。彼は、カナダとアメリカの二重国籍を持っていて、メイン州に入る最初の町まで一緒に歩いた。共に夜を過ごしつつ、ハイカーとして道路を歩く意味についていろいろと論争になった。特にIATのニューブラウンズウィック州の、そもそも管理者もない舗装道路なんてトレイルではない、歩く価値も意味もないと僕は考えていた。彼は、管理者のいない舗装道路を、どんな手段を使ってでも歩くことを考えていた。途中、南の方向から歩いてくるATハイカーに出会った。彼女はニューブラウンズウィックに住んでおり、ATをスルーハイクした後に、そのままIATを歩いてきたという。しかし、道路歩きにうんざりしたそうで、歩くのをやめるという。何人かのATハイカーもそのままIATを歩いて来たが、道路歩きがあまりにも長く、彼女以外は全員すでにIATを歩くのをやめてしまった。結局、二重国籍を持つ彼と僕は方向性が違いすぎて一緒に歩くのをやめた。

 それから幾日かして、道路を歩いていると、州立公園に入る辺りのハイウェイで、1台の車が停まった。運転手に、「ハイウェイは歩くべきではない」「とりあえず危ないから、乗れ」と言われ、その時はなぜかそのまま従った。ハイウェイが途切れるまでの2~3マイル(3.2~4.8㎞)ほどだった。わずかな時間だったが、彼からこのエリアの道路を歩くことの危険性を説かれた。再び歩き始めると、言いしれぬ虚しさだけが残った。トレイルは、文明社会から離れて自然の中で身を過ごす、いわゆるバックパッキングと呼ばれる行為だがIATのハイカーの少なさは、コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)のそれとは意味も内容も全く違っていた。道路だらけのトレイルに歩きに来るハイカーはそもそもいなかったのだ。1,200㎞歩いてわずかに1名というIATハイカーの数が全てを物語っていた。

州立公園と国立公園

 IATの南の起点は、地図を見るとATの北のターミナス(起点)となる、マウントカダディンがあるバクスター州立公園の境目に存在しているように見えた。しかし、IATの南のターミナスのモニュメントに着くと、それはバクスター州立公園の外側に設置されていた。州立公園の外側にあることで、なんとなくIATがどんな位置づけか理解した気がした。きっと州立公園の中にターミナスを作ることが許されなかったのだろう。脱力感に襲われたのも束の間、普段なら人がいるはずもない、この場所で何人かの人を見かけて驚いた。

 実は、2日ほど前から、ある程度予定が確定したので、IATのゴール後、バクスター州立公園に滞在して、2005年以来となるマウントカタディンにもう一度登ろうと考えていた。しかし、州立公園のキャンプ場は、全て予約で埋まっていた。人気のある国立公園なら予約も難しいのだが、州立公園で予約が取れないなんて考えられなかった。そんな時、僕は出会ったデイハイカーに声を掛けられた。

「おめでとう、君はマウントカタディンと森と水が、ナショナル・モニュメント(国立記念物)に昇格して初めてのIATハイカーだよ」

 ナショナルモニュメントになること、それはすなわち、州管理の公園から国立公園局の管轄に昇格したことになる。制度や法律が違いすぎるので厳密には当てはまらないが、日本でいえば、各県立の自然公園が国立公園に昇格するそんなイメージだろうか。しかも、2016年8月24日国立公園局創設100周年の前夜に、オバマ大統領が州立公園からの昇格を決めたらしい。昇格決定からわずか1週間、僕はそんなタイミングでこの地を訪れたのだった。

 州立公園がアメリカで国立公園局の管轄に昇格するのは非常に名誉なことだ。しかも、国立公園局からの予算が付き、しっかりと自然が保存される道筋ができる。たくさんの人が国立公園の風光明媚な景色を求めてやってくるので、地域にも地方経済にも大きな影響を与える。そういうわけで、国立公園に昇格した記念に多くの人々がバクスター州立公園を訪れ、キャンプ場が予約で埋まっていたのだった。

 歩き終えた後に聞いたのだが、アメリカの大手企業が、メイン州のIATルート周辺の広大なエリアの土地の買収を終えたという話だった。ルートがハイウェイを通らなくてもいいように、企業が土地を買収し、そこに新たにトレイルのルートを作るのではないかという内容だった。そんな話を聞いて、少しだけIATの未来に期待したことを今でも覚えている。

(続く)

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 第4話
僕がトレイルを歩く理由

トレイルはアメリカ発祥の概念で、山野に付けられた道を歩く、いわゆる「山歩き」。 北米ではポピュラーなアクティビティであり、文化として根付いている。 山に登るのではなく、山を歩くとはどういうことか。なぜ人々は山を歩くのだろうか。 20年にわたり国内外のトレイルを歩き、日本におけるトレイルカルチャーの普及に努めてきたプロハイカーが、その豊富な実体験を通して「山歩きの哲学」を伝える。

プロフィール

斉藤正史

(さいとう まさふみ)
プロハイカー

1973生まれ。山形県新庄市出身。アパレルブランドやディベロッパー企業などに勤務後、
2012年より日本で唯一のプロハイカーとして活動。トレイルカルチャー普及のため、海外のトレイルを歩き、アウトドア媒体を中心に寄稿、講演やイベントを行う傍ら、地元山形にトレイルのコースを作る活動「YLTクラブ(山形ロングトレイル)」に携わる。スルーハイク(単年で一気にルートを歩く方法)にこだわり、踏破した国内外のトレイルだけで25,000km(地球半周以上)を超える。

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