トレイルはアメリカ発祥の概念で、山野に付けられた道を歩く、いわゆる「山歩き」。
北米ではポピュラーなアクティビティであり、文化として根付いている。
山に登るのではなく、山を歩くとはどういうことか。なぜ人々は山を歩くのだろうか。
20年にわたり国内外のトレイルを歩き、日本におけるトレイルカルチャーの普及に努めてきたプロハイカーが、その豊富な実体験を通して「山歩きの哲学」を伝える。
加藤さんの歩いた道
ニュージーランドを歩いて帰国したのが、2015年2月の終わり。僕は、この年の秋に、アメリカに行くことを計画していた。加藤則芳さんがジョン・ミューア・トレイル(以下JMT)を歩いて20年目に当たる年だったからだ。
2012年にパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を歩いた時、その大部分がJMTとほぼ同じルートだった。その理由は、PCTのルートが、各地にあった短いトレイルをつなげて構想されたことにある。結ばれたトレイルの一つがJMTだった。PCTを歩いた時は、加藤さんが進んだのと逆方向に歩いていたので、時々後ろを振り返りつつ、加藤さんはこの景色を見ながら歩いたのかなと考えていた。だから、今度は、JMTだけを歩いてみたかった。当時の加藤さんと同じ方向を向いて歩くことで何か見えるものがあるのではないかと思った。
僕がJMTを歩いた2015年は、JMT、PCT共に大きく変わった年となった。ヨセミテ国立公園内で、PCTハイカーとJMTハイカーが必ず通るトゥオルミーメドー周辺の牧草地が、ハイカーによるオーバーユースで枯れ始め、国立公園局は、1日に通行できる人数の制限を行うべく、レギュレーションを変更したのだった。急にもたらされた変更は、ヨセミテ国立公園の入口、ドノビューパスを通る人数を、PCTハイカーやJMTハイカーを含めて1日40人とするものだった(宿泊をともなうハイキングの場合)。それに伴い、ヨセミテ国立公園ヨセミテバレー内にあるJMTの北の起点、ハッピーアイルからスタートする許可人数が極端に減ることになった。入口であるドノビューパスを通る人が減らされたので、他のアクセスポイントからの予約受け入れ数も当然減った。予約無しの当日許可分もあるのだが、これはほとんど取ることができない数に激減していたのだった。
JMTの許可書の申し込みが始まると、人々は眼の前にスマホやパッド、ノートパソコンなどを並べ、多くの端末からアクセスし、許可を取ろうと必死になった。それは、まるでWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本戦のチケットのように、即座に埋まっていった。
アメリカのトレイルでは、ハイカーによるオーバーユースがある場合、トレイルはクローズされ、迂回ルートが作られることが多い。一度クローズになったトレイルはその自然治癒能力により回復されるまで使用されることはない。
僕は、JMTから100㎞北のPCTのトレイルヘッド(トレイルのアクセスポイント)で、許可が取りやすくアクセスも容易な、ソノラパスから歩くことにした。人数制限のあるドノビューパスは通らず、その隣のモノパス入口まで歩き、モノパスを越え、サウザンアイランドレイクでJMTと合流する迂回ルートを考え、変則的に歩くことにした。オーバーユースで自然が荒らされている場所をわざわざ争って許可を取り歩く必要ってあるのだろうか。ハイカーとして真っ先に浮かんだのはそんな疑問だった。ソノラパスからマウントホイットニーまでの許可書はたやすく取ることができた。この時、サポートしてくれたテッドにPCTを歩いた時の写真を見せた。「MASA、僕はこれと全く同じ場所で写真を撮ったよ」 と言って彼は、アルバムの中から少し色褪せた写真を1枚見せてくれた。そこには、50年前の少年のような彼がいる以外、今と少しも変わらない同じ景色が広がっていた。時を越えてトレイルで同じ時間、同じ景色を共有できる素晴らしさを知った瞬間でもあり、景色が変わらないことの尊さを知った瞬間でもあった。JMTだけを歩きに来て良かった。心からそう思えた。
僕はヨセミテ国立公園の100㎞北から、懐かしいPCTのルートを利用して歩き始めた。実際に歩いてみると、僕のようなハイカーは少なからず存在していた。
ヨセミテ国立公園に入り、トゥオルミーメドーに着く頃、空には少しモヤがかかっていた。偶然、米国在住の日本人のハイカーの方に出会った。彼女の話では、JMTやPCTの補給の町でもあるビショップを抜ける辺りでは、かなり煙が立ち込めているという。モヤの正体は山火事の煙だった。この年は複数箇所で火事が発生し、通行許可のキャンセルが多く出ていたそうだ。2012年にPCTを歩いた時に火災が増えているとは聞いていた。それまで山火事が少なかった湿度の高いオレゴン州やワシントン州でも2012年の時点で山火事が多発していたのだ。
カリフォルニア州には、世界で一番大きい木、ジャイアントセコイアの森がある。ジャイアントセコイアが世代を更新するには、山火事が必要になる。山火事は土壌を豊かにするだけではなく、熱によって、球果から種子が落ちるそうで、それを経なければ発芽しないという。そうして、時に計画して人為的に燃やす場合がある。ところが、多すぎる火は種子を、木を焼き尽くす。環境の変化で必要以上に乾燥した火となり、森を焼き尽くすのだ。また、山火事は自然発火によるものより、人為的な火の不始末で燃え広がることが多いという事実も忘れてはならない。山火事の原因の85~90%が人為的なものによる(2005年アメリカ国立公園局)。カリフォルニア州では、焚き火をする際にはルールが有り、キャンプファイヤー許可書も必要となる。

話をJMTに戻そう。2015年は、干ばつもひどかった。補給で立ち寄ったバーミリオン・バーレー・リゾート(VVR)へは、JMTのルートから、トーマスAエジソン湖をボートで渡るか、湖の周りを歩いて回っていくしかない。PCTを歩いた時乗った船着き場に水は全くなかった。どこに水があるか全く分からなかった。案内のまま干上がった湖底を1マイル(1.6㎞)ほど歩くとまだ水が残っている場所があり、そこが今年のボート乗り場だった。ボートに乗り、更に車に乗り換え、ようやくVVRに到着した。満水時ならトレイル側の船着き場からボートでそのままVVRの船着き場までいけるのだったが、景色も歩き方も例年とは一変していた。
ヨセミテに積もる雪はカリフォルニアの農業を支えていると言われている。これだけ水が少ないと、山麓にある大規模農家にも大きな影響があるのだろうと思う。食糧の多くを輸入に頼っている日本だって対岸の火事では済ませることはできない。今更ながら地球温暖化の深刻さを歩く度に感じる。
トレイルの序盤のマンモスレイク辺りで日本人のハイカー2人にそれぞれ偶然に出会った。そしてなんとなく3人で歩き続け、JMTを踏破した。これは、僕が今まで体験したことのない歩き方だった。これまでさまざまなトレイルで見かけたアメリカ人ハイカーは、こうして出会って一緒に歩いているのだろうと感じさせてくれる出会いだった。
加藤則芳さんがJMTを歩いて20年。当時は日本人の姿も全くなかった。しかし、今はこうして日本人ハイカーが普通に歩いている。すでにJMTに関しては、1年で何人の日本人が歩いているか全く把握できないほどハイカーが増加している。加藤さんの歩いた方向に向かって、当時加藤さんが出会うことのなかった日本人ハイカーと共に歩く。PCTを歩いた時より少しゆったりとしたペースで歩くと、ヨセミテ公園の優しい森や湖がある森から、マウントホイットニー山麓の森林限界線を越えた乾いた岩々がそり立つ力強い景色が広がっていく。変化の過程も含め改めて美しいトレイルだと思った。加藤さんが自身のフィールドとして愛したJMT。彼が長年かけて種を巻き、育んできたその芽が、日本に「トレイルカルチャー」として根づき始めていることをまさに現していた。一方で、歩き始める前にテッドに言われた一言が、僕は消化できずにいた。テッドは「日本人ハイカーがトレイルを学び、安全に歩けるように学校を作ってくれないか」と僕に言った。JMTを歩く日本人ハイカーが増えて来たことを喜ぶ一方で、トレイルのルールも何も知らずに来て、歩くことが出来ずに日本に帰る人も少なからずいるようだった。
いくら日本人ハイカーが増加しているとはいえ、当時の日本ではオンラインで学ぶ環境は整備されておらず、地方で活動する僕にとって、学校を作るのは簡単な作業では無かった。それにまだまだ駆け出しのプロハイカーだった僕は、日々生活していくだけの収入を作ることで精一杯だったのは説明するまでもない。

トレイルはアメリカ発祥の概念で、山野に付けられた道を歩く、いわゆる「山歩き」。 北米ではポピュラーなアクティビティであり、文化として根付いている。 山に登るのではなく、山を歩くとはどういうことか。なぜ人々は山を歩くのだろうか。 20年にわたり国内外のトレイルを歩き、日本におけるトレイルカルチャーの普及に努めてきたプロハイカーが、その豊富な実体験を通して「山歩きの哲学」を伝える。
プロフィール

(さいとう まさふみ)
プロハイカー
1973生まれ。山形県新庄市出身。アパレルブランドやディベロッパー企業などに勤務後、
2012年より日本で唯一のプロハイカーとして活動。トレイルカルチャー普及のため、海外のトレイルを歩き、アウトドア媒体を中心に寄稿、講演やイベントを行う傍ら、地元山形にトレイルのコースを作る活動「YLTクラブ(山形ロングトレイル)」に携わる。スルーハイク(単年で一気にルートを歩く方法)にこだわり、踏破した国内外のトレイルだけで25,000km(地球半周以上)を超える。
公式HP https://hikermasa.wixsite.com/
Instagram @hikermasa
Facebook https://www.facebook.com/saito.masafumi.3
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