ページをめくる前に、読者はまずその装幀に目を奪われるだろう。表紙のデザインには、自筆の絵コンテや創作メモなど、本来なら滅多に公開されない「映画の設計図」が惜しむことなく使われているのだ。
400ページを超える大著は、構想8年を経て生まれた。テレビ業界と日本映画界の最前線を走りながら27年間。この期間を振り返り、創作活動の軌跡をつぶさに綴るのは映画監督の是枝裕和氏だ。
1995年のデビュー作『幻の光』以来、代表作となる『誰も知らない』『そして父になる』他、最近では『海街diary』『海よりもまだ深く』と立て続けにヒットを飛ばしてきた。
映像の世界に生きる原点は、テレビ番組制作会社「テレビマンユニオン」時代にある。当時、手がけた数々のドキュメンタリーは教育、福祉、部落問題、在日朝鮮人など、社会派に分類される硬派なテーマが多い。
本書『映画を撮りながら考えたこと』は、「演出とは何か」と常に自問自答してきたテレビディレクター時代や、映画監督デビュー以降の自作への思い、創作秘話、影響を受けた人々など、様々な思いが凝縮された語りおろしをベースとしている。是枝氏は言う。
「映画監督の自分を、テレビディレクターの目線で取材している感じですね。だからこそ、これほど自分をさらけ出せたのかもしれません。今は、節目ごとに自分のしてきたことが整理できてよかったと思っています」
つまり「是枝監督」が自身をドキュメントした一冊ということになるのだろう。本書では自作を振り返るだけでなく、今までかかわってきたテレビ・映画業界の陥穽(かんせい)を突いた批評も含め、そのときどきの心のありようが静かに語られていく。
プロフィール
映画監督、テレビディレクター。1962年、東京都生まれ。87年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。2004年、映画『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭で映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞、話題を呼ぶ。近作に『そして父になる』(13年)、『海街diary』(15年)、『海よりもまだ深く』(16年)、『いしぶみ』(16年)など。著書に『歩くような速さで』(ポプラ社)、『雲は答えなかった 高級官僚 その生と死』 (PHP文庫)など。