20代のころは主人公への共感が強く、物語の主語は「ぼく」だった。それが『誰も知らない』を撮り始めたころから、是枝氏の目線は「大人」としての第三者のものに変化したという。また、子どもたちの日常生活を描く際に、登場人物の独白(モノローグ)ではなく対話(ダイアローグ)を用いるという方法論は、ドキュメンタリーの現場で発見したものであるとのことだ。
こうしたフィクション(映画)での試行錯誤もまるで時代を映し出す鏡のようだ。映像のスタイルを超えて取り組む是枝氏の姿勢が色濃く浮かび上がり興味深い(第5章)。
「最初は、自分の作品について語ることにどれだけ意味があるのだろうかと、疑心暗鬼だったんですよ」
そう語る是枝氏の心をほぐしていったのは、編集者とライターから投げかけられる素朴な疑問の数々だった。
「お二人とも映画の専門家ではないので、わかりやすく説明しようと思ったために、文字になったときにかえって読みやすくなったのだと思います。本書の企画が立った8年前というと、まだテレビマンユニオン在籍中でした。当時の愛憎半ばを正直に書きすぎたかなという思いもありますが(笑)、今読み返すと、その時代時代の気持ちや考え方が素直に出ていますね。
映画に関して言えば、前と比べて最近の3作品(『そして父になる』『海街diary』『海よりもまだ深く』)では自分のかかわり方や距離感が変わってきているので、その違いがわかっておもしろかったですね」
プロフィール
映画監督、テレビディレクター。1962年、東京都生まれ。87年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。2004年、映画『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭で映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞、話題を呼ぶ。近作に『そして父になる』(13年)、『海街diary』(15年)、『海よりもまだ深く』(16年)、『いしぶみ』(16年)など。著書に『歩くような速さで』(ポプラ社)、『雲は答えなかった 高級官僚 その生と死』 (PHP文庫)など。